119番に通報すれば、救急隊は必ずCPRを始めてくれると思っていませんか?実はDNARを希望している患者でも、119番通報があれば救急隊は原則として心肺蘇生を開始します。
日本に自動交換式のダイヤル電話が普及したのは、1926年(大正15年)のことです。それ以前は電話局の交換手を介して消防へつないでもらう仕組みでした。ダイヤル式の登場に合わせ、一刻も早く回せる番号として「1」を多用した「112番」が消防・火災報知の緊急番号として正式に制定されました。
ところがここに意外な落とし穴がありました。「1」と「2」はダイヤル盤上で隣り合っており、緊急時に焦ってしまうとかけ間違いが多発したのです。導入からわずか1年後の1927年(昭和2年)10月1日、番号は現在の「119番」に改められます。
「9」が選ばれた理由は2つあります。まず当時の局番として「9」始まりのものが存在しなかったこと。もう一つは、ダイヤルを回す距離が長い「9」にすることで、通報者が心を落ち着かせる時間を確保できるという心理的な配慮でした。つまり「112」から「119」への変更は、単なる番号の置き換えではなく、人間の生理・心理までを考慮した設計変更だったのです。
一方、警察の「110番」が全国統一されたのは消防よりもずっと遅く、1954年(昭和29年)です。太平洋戦争後にGHQの指導のもと1948年に制定されたものの、大阪・京都・神戸では「1110番」、名古屋では「118番」と地域によってバラバラでした。新警察法の施行により全国統一が実現しています。
この「112→119」という歴史を知ると、現在の119番がいかに試行錯誤の末に生まれたかがよくわかります。医療従事者として患者に説明する際や、救急搬送の連携時にも、番号の背景を理解しておくと対応の根拠が深まります。
参考:119番と110番の制定経緯について(乗りものニュース)
警察「110」番/消防「119」番になったワケ すぐに消えた「112」番の話—乗りものニュース
参考:東京消防庁による119番の歴史解説
火事があると電話局が困る(119番の歴史)—東京消防庁
救急番号が112から119に変わって約100年。現代の救急需要はどれほどの規模になっているのでしょうか?
総務省消防庁の発表によれば、令和5年中の救急自動車による全国の救急出動件数は763万8,558件にのぼり、集計開始の昭和38年以来、過去最多を記録しました。これは1日平均で約2万928件、つまり約4.1秒に1回の割合で全国のどこかで救急車が出動している計算になります。人間が1回の深呼吸をする間に1件の通報が入る、というイメージです。
搬送人員も664万1,420人と過去最多で、高齢化の進行と夏季の猛暑が出動増加の主な要因とされています。
一方で深刻なのが不適切通報の多さです。令和2年のデータでは、全国の119番受付件数793万2,672件のうち、27.5%にあたる218万件以上が「間違い」「いたずら」「問い合わせ」など緊急性のない通報でした。約4件に1件が本来の緊急通報ではないということです。東京消防庁では令和6年中に受け付けた109万件の通報のうち、緊急性の低い通報が全体の2割を占めることを発表しています。
これは問題ですね。不適切通報が増えると、本当に緊急な傷病者への対応が遅れるリスクが高まります。
こうした状況を踏まえ、「救急安心センター(#7119)」の活用が推奨されています。「救急車を呼ぶべきかどうか迷う」という場面で看護師などが電話相談に乗ってくれるサービスです。医療従事者が患者の家族や施設スタッフに事前に案内しておくと、不要不急の119番通報を減らすことにもつながります。
参考:救急・救助の現況(総務省消防庁、令和6年版)
1.救急業務の現況|令和6年版 消防白書—総務省消防庁
112番の廃止理由が「かけ間違い」だったように、現代の119番通報にも新たな技術的課題が生まれています。その代表が、携帯電話・スマートフォンからの通報時の位置情報問題です。
消防庁の調査によれば、携帯電話からの119番通報が全体に占める割合は約5割に達しています。しかし、スマートフォンでGPS機能をオフにしていたり、屋内や電波の弱い場所からの通報では、位置情報が消防本部に正確に届かないケースが多くあります。場所の特定に時間がかかれば、それだけ救急車の到着が遅れます。心停止から1分ごとに生存率は約10%低下するとされており、数分の遅れが文字通り命取りになりかねません。
さらに盲点となるのが、電波の状況によって管轄外の消防本部につながってしまうことです。市町村の境界付近での通報では、隣の市の指令センターが受信してしまい、改めて転送の手続きが必要になる場合があります。これは一般市民はもちろん、医療従事者も知らないケースが少なくありません。
医療施設や福祉施設のスタッフとして患者から119番を代わりに通報する場面を想定するなら、以下の点を事前に確認しておくことが重要です。
- スマートフォンのGPS(位置情報サービス)を常時オンにしておく
- 施設の住所・建物名・フロアを即座に伝えられる状態にしておく
- 近くの固定電話の場所を把握しておく(GPS不要で位置情報が正確)
これが条件です。特に施設管理者の方は、スタッフ全員に周知しておくことが救命の連鎖を途切れさせないための第一歩になります。
参考:スマートフォンのGPS機能と119番通報の関係について
スマートフォンで119通報するときはGPS機能を有効にしてください—横須賀市
医療従事者がとりわけ直面しやすい問題が、DNAR(Do Not Attempt Resuscitation:心肺蘇生を試みない)を希望している患者への119番通報です。
現行のルール上、DNARの意思表示があっても、119番通報があれば救急隊は原則として心肺蘇生を開始します。これは救急隊員の活動プロトコルに明記されており、現場で個別の医師指示書が提示されない限り、蘇生を見合わせることができません。
つまり、患者本人やその家族が「心肺蘇生は望まない」という意思を持っていたとしても、誰かが119番を押した時点で、救急隊は蘇生処置を実施することになります。これは医師・看護師が関わる介護施設や在宅医療の現場でも起きうる問題です。
意外ですね。この問題への対策として、各都道府県のメディカルコントロール協議会では「DNAR対応プロトコル」の整備が進んでいます。特定の様式を持つ医師の指示書(かかりつけ医の意思確認文書)が現場で確認できれば、救急隊が蘇生を控えられるケースも出てきています。
在宅医療や緩和ケアに携わる医療従事者であれば、患者・家族と「119番をどのような状況で呼ぶか」「呼ばない場合にかかりつけ医への連絡をどうするか」を事前に共有しておくことが非常に重要です。DNAR対応については各都道府県の消防本部やメディカルコントロール協議会の最新のプロトコルを確認することをお勧めします。
参考:心肺蘇生を望まない患者への救急対応(岡山市)
心肺蘇生を望まない患者(DNAR)への救急対応について—岡山市
参考:傷病者の意思に沿った救急現場における心肺蘇生の実施に関する検討(J-STAGE)
最後に、医療従事者が119番通報の「通報者」になった場合に押さえておくべき実践的なポイントを整理します。
総務省消防庁の教育テキストには、通信指令員が口頭指導(Dispatcher-Assisted CPR)を行うことで、救急隊到着前のバイスタンダーCPR実施率が大きく上がり、蘇生率・1ヶ月生存率・社会復帰率の向上に直結すると明記されています。さらに、バイスタンダーがCPRと除細動を適切に行うと生存率は最大3倍になるというデータもあります。
ところが意外な落とし穴があります。通報者が医師や看護師など医療従事者だとわかると、指令員が口頭指導を「この人はわかっているだろう」と省略しがちなケースが報告されています。しかし現場の混乱状況では、熟練の医療従事者でも正確な判断が難しいことがあります。つまり、指令員からの指導を「プロだから必要ない」と思わずに、むしろ積極的に活用するくらいの姿勢が大切です。
通報時に必ず伝えるべき情報は次の4点です。
| 伝えるべき情報 | 具体例 |
|---|---|
| ① 何の通報か | 「救急です」 |
| ② 場所 | 市区町村名から建物名・フロアまで |
| ③ 症状・状況 | 「意識なし、呼吸なし」など簡潔に |
| ④ 通報者の名前と電話番号 | 折り返し連絡のため必須 |
これだけ覚えておけばOKです。加えて、心肺停止が疑われる場合は通報後も電話を切らず、指令員の指示に従いながらCPRを継続することが原則です。電話のスピーカーモードを活用すれば、両手でCPRをしながら指令員と連絡を取り続けることができます。
救急隊の到着まで全国平均で約10分かかると言われています。この間に質の高いCPRが継続されるかどうかが、傷病者の転帰を大きく左右します。医療従事者として「自分はプロだから通報の手順は大丈夫」という過信を持たず、正確・迅速な通報を徹底することが、救命の連鎖を守ることにつながります。
参考:口頭指導によるバイスタンダーCPRの効果(消防救急振興財団)
通信指令の機能強化—効果的な口頭指導の研究報告書(一般財団法人 救急振興財団)
参考:JRC蘇生ガイドライン(一次救命処置・BLS)
一次救命処置(BLS)—JRC日本蘇生協議会