ADTを長期継続すると、認知症の発症リスクがハザード比2.02倍に上がるデータが出ています。
アンドロゲン遮断療法(ADT:Androgen Deprivation Therapy)は、前立腺がん細胞が男性ホルモン(アンドロゲン)の刺激を受けて増殖するという特性を利用した治療法です。テストステロンの産生を抑制するか、その受容体への結合を阻害することでがんの増殖シグナルを断ち切ります。つまり「兵糧攻め」のアプローチです。
使用される薬剤は大きく4つに分類されます。
| 分類 | 代表的な薬剤 | 作用の場所 |
|---|---|---|
| LH-RHアゴニスト | リュープロレリン(リュープリン®)、ゴセレリン(ゾラデックス®) | 視床下部−下垂体軸 |
| LH-RHアンタゴニスト | デガレリクス(ゴナックス®) | 下垂体LH-RH受容体 |
| 抗アンドロゲン薬(第1世代) | ビカルタミド(カソデックス®)、フルタミド(オダイン®) | アンドロゲン受容体 |
| 新規ARSI(第2世代) | エンザルタミド(イクスタンジ®)、アパルタミド(アーリーダ®)、ダロルタミド(ニュベクオ®)、アビラテロン(ザイティガ®) | アンドロゲン受容体/アンドロゲン合成 |
各カテゴリは作用点が異なるため、病期・既往歴・合併症によって使い分けを行います。これが基本です。
前立腺がんは精巣由来のテストステロン(全体の約95%)だけでなく、副腎由来のテストステロン(約5%)もがん細胞の増殖に関与します。この点が、なぜCAB(Combined Androgen Blockade)療法が日本で広く用いられるかの背景にもなっています。LH-RHアゴニスト/アンタゴニストに抗アンドロゲン薬を上乗せすることで、精巣と副腎の両方からのアンドロゲンを遮断できる点が重要です。
日本泌尿器科学会の「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」では、転移性前立腺がんに対してADT単独よりも、ARSIやドセタキセルの併用が推奨されており、近年では初期治療からの多剤併用が標準化しつつあります。ADT単独という選択肢は急速に縮小しています。
日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」(PDF)- ADTの適応とARSI併用の推奨グレードを確認できます
LH-RHアゴニスト(リュープリン®、ゾラデックス®など)とアンタゴニスト(ゴナックス®)は、どちらも視床下部−下垂体経路に作用しますが、作用のタイミングに決定的な差があります。これは使い分けの根拠になります。
アゴニストは投与直後に下垂体LH-RH受容体を持続的に刺激するため、一時的にテストステロンが急上昇します。この「フレア現象」により、投与初期に骨転移部位での疼痛増強や排尿困難の悪化が起こることがあります。脊髄圧迫のリスクがある患者には特に注意が必要です。
一方、アンタゴニスト(デガレリクス)は下垂体のLH-RH受容体を直接的にブロックするため、投与後から速やかにテストステロンが低下します。フレア現象が起きないのが最大の特長です。
臨床的に注目されるのは心血管リスクの差異です。アンタゴニストのほうがアゴニストよりも心血管イベント(心筋梗塞・狭心症など)の発生頻度が低いという報告があり(Albetrsen Eur Urol 2014)、とりわけ心疾患の既往がある患者ではアンタゴニストを優先的に選択すべきとする考え方が普及しています。2025年11月の研究でも、高リスク前立腺がん患者への放射線治療+ADT併用においてアンタゴニストがアゴニストより良好な転帰を示すデータが報告されています。
意外なポイントがあります。アゴニストには1ヵ月・3ヵ月・6ヵ月の持続製剤があるのに対し、アンタゴニストのデガレリクスは現状では皮下注射しかなく、注射部位反応(発赤・腫脹)の頻度がアゴニストより多い傾向があります。患者のアドヒアランスを考慮した製剤選択も必要です。
なお、経口LH-RHアンタゴニスト(レルゴリクス)は海外では使用されていますが、日本での前立腺がんへの適用承認状況は要確認です。投与形態の選択肢が限られている点は、現場での悩みどころですね。
前立腺がんに対するホルモン療法について(中野駅前ごんどう泌尿器科)- アゴニスト・アンタゴニストの違いをわかりやすく解説
ADTの副作用は短期と長期に分けて考えることが重要です。短期的にはホットフラッシュ(治療中の50〜80%に出現)、性欲低下、疲労感が問題になります。しかし、医療従事者が特に把握しておくべきなのは、治療が長期化したときに現れる骨・代謝・神経系への影響です。
骨密度低下・骨折リスクについて、ADT開始時点で前立腺がん患者の約1/3(32%)にすでに椎体骨折が存在するという報告があります(J Bone Oncol)。治療開始前からのベースラインが低い状態でさらにADTを行うと、骨折リスクは治療期間とともに増大します。ADTによる骨密度低下は年間2〜3%程度とされており、通常の加齢による低下(年間0.5〜1%)と比較すると約3〜5倍のスピードです。これは骨粗鬆症の早期スクリーニングと介入を計画すべき水準です。
骨折リスクの対策としては、ビスホスホネート製剤やRANKL抗体(デノスマブ)による骨修飾剤の使用が骨粗鬆症ガイドラインでも示されています。ADT開始時に骨密度測定(DXA)を実施し、必要に応じて骨修飾剤の導入を検討するのが原則です。
代謝への影響では、ADT期間が長くなるにつれてBMI増加・中性脂肪上昇・インスリン抵抗性増大などのメタボリック症候群の要素が蓄積します。一方、2025年7月の研究ではメトホルミンによるADT中の代謝症候群リスク低減は主要評価項目を達成できなかったという報告もあり、薬物介入の効果はまだ確立していません。食事・運動療法を含めた生活指導が現実的なアプローチです。
認知機能への影響が最も見落とされやすいリスクです。ADTの累積曝露と認知症の発症には有意な関連があり、ハザード比は2.02(95%CI 1.40〜2.91)とされています(m3.com, 2021年報告)。12ヵ月以上のADT継続患者や70歳以上の高齢者では特にリスクが高くなります。また、第2世代ARSI(エンザルタミドなど)は従来のホルモン療法に比べて認知・機能毒性リスクをさらに増大させる可能性も報告されており(JAMA Oncol)、治療前からの認知機能ベースライン評価が推奨されます。
副作用のモニタリング計画を立てることが条件です。骨密度・血糖・脂質・認知機能の定期評価を治療計画に組み込むことで、QOLの維持と治療継続率の向上につながります。
HOKUTO「ADT開始時の前立腺癌患者、椎体骨折の有病率は32%」- 骨折リスクのデータを参照する際に有用
ADTを継続していると、やがて前立腺がん細胞がホルモン療法の効果を回避する機序を獲得します。去勢状態(テストステロン値50ng/dL未満)であるにもかかわらず病勢が進行する状態を去勢抵抗性前立腺がん(CRPC:Castration-Resistant Prostate Cancer)と呼びます。
CRPCへの移行後も、アンドロゲン受容体シグナル伝達経路はがんの増殖に関与し続けていることが知られています。前立腺細胞内のアンドロゲンのうち約40%は副腎由来であり、LH-RHアゴニストで精巣由来を抑えても副腎由来のアンドロゲンが残ります。これがCRPCになっても新規ARSIが効く背景の一つです。
現在日本で使用可能な新規ARSIは以下の通りです。
| 薬剤名 | 商品名 | 主な適応 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| エンザルタミド | イクスタンジ® | nmCRPC・mCRPC・mHSPC | 発作リスク(てんかん既往に注意) |
| アパルタミド | アーリーダ® | nmCRPC・mHSPC | 皮疹の発現頻度がやや高い |
| ダロルタミド | ニュベクオ® | nmCRPC・mHSPC | 薬物相互作用が比較的少ない |
| アビラテロン | ザイティガ® | mCRPC・mHSPC | プレドニゾロン併用必須・肝機能に注意 |
実臨床データでは、nmCRPC患者に対してダロルタミドを投与された患者は、エンザルタミドやアパルタミドと比較して治療継続期間が長かったとの報告があります(ケアネット、2025年10月)。有害事象による治療中止率はニュベクオ群10.2%に対し、エンザルタミド群14.4%、アパルタミド群15.1%という数字も示されています。これは使えそうなデータです。
一方、2025年3月の報告では、転移性CRPCに対してPARP阻害薬タラゾパリブとエンザルタミドの併用がエンザルタミド単剤より全生存期間を改善したとされており、BRCA変異などのバイオマーカー検査を組み合わせた治療選択が今後さらに重要になります。HRR遺伝子変異の有無が治療戦略を左右する時代に入っています。
薬剤選択にあたっては、合併症・他剤との相互作用・投与コンプライアンスを包括的に評価するのが原則です。特にアビラテロンはプレドニゾロンの併用が必須であり、糖尿病や骨粗鬆症が懸念される患者では慎重なモニタリングが求められます。
ニュベクオ(ダロルタミド)医療従事者向けサイト「nmCRPC患者に対するARSI3剤の実臨床における使用と転帰の比較」
ADTは継続することによる治療効果が期待できる一方、前述のような副作用が治療期間とともに蓄積します。そこで近年注目されているのが間欠的ホルモン療法(IHT:Intermittent Hormone Therapy)です。
間欠的ADTとは、PSAが十分低下した段階で一旦治療を中止し、PSAが一定値まで上昇したら再開するサイクルを繰り返す方法です。副作用の発現頻度を抑え、QOLを維持しつつ治療を継続できる可能性があります。骨密度低下やホットフラッシュなどの症状が治療中止期間中に一定程度回復するため、総合的な患者負担を軽減できます。
ただし重要な点があります。非転移性前立腺がんに対する間欠的ADTと持続的ADTの比較では、有効性に関するRCTデータが十分蓄積されているとは言えません。高リスク転移性患者への安易な応用はガイドラインでも推奨されておらず、適切な患者選択が条件です。PSA倍加時間が長い(>12ヵ月)、治療反応性が良好、転移巣が少ないなどのケースで考慮されやすいと言えます。
ここで、副作用管理の観点から見落とされがちな点を一つ紹介します。ADTによるホットフラッシュは患者の50〜80%に出現しますが、その管理には薬物療法だけでなく行動療法(吸湿性のよい衣類・寝具の使用、アルコール・香辛料の回避など)も有効です。酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA)や漢方薬(加味逍遙散など)による症状緩和も選択肢に入ります。
また、ADTに伴うサルコペニア・フレイルの予防として、レジスタンス運動と有酸素運動の組み合わせが推奨されています。高齢前立腺がん患者へのADTはフレイルリスクを有意に高めるとされており(国立長寿医療研究センターのデータ)、治療前からの運動療法介入が全生存期間の改善にもつながるとする報告があります。
患者の生活背景・年齢・PS・認知機能まで考慮した副作用管理計画の立案が、ADT治療の質を高める鍵です。薬剤師・看護師を含む多職種チームによる定期的な副作用評価の仕組みを設けることが、長期治療成功の条件といえます。副作用管理が治療継続率に直結します。
🏃♂️ ADT施行中の運動療法プログラム構築において、理学療法士との連携や運動指導ツールの活用も一つの選択肢です。患者への運動処方を指導する際には、日本運動療法学会や各施設の理学療法部門と協働することを検討してみてください。
国立長寿医療研究センター「高齢前立腺癌患者に対するアンドロゲン除去療法がフレイルに与える影響」(PDF)- ADT×フレイルの関連を詳細に論じた資料