DKK1がWntシグナルを抑えているのに、がん患者の血清DKK1が高いほど予後が悪くなります。
Wnt/β-カテニンシグナル(カノニカルWnt経路)は、細胞増殖・分化・幹細胞維持において中心的な役割を果たします。通常、Wntリガンドが7回膜貫通型受容体Frizzled(Fz)と共受容体LRP5/LRP6に結合すると、細胞内タンパクDishevelled(Dvl)が活性化されます。この連鎖反応は「破壊複合体(Destruction complex)」の形成を阻害し、β-カテニンのリン酸化・ユビキチン化・プロテアソーム分解を防ぎます。
安定化されたβ-カテニンは核内に移行し、TCF/LEF転写因子と結合して下流の標的遺伝子(Cyclin D1、c-Mycなど)の転写を活性化します。これが正常な幹細胞維持や組織修復の基盤となっています。
DKK1(Dickkopf-1)はこの経路の強力な細胞外阻害因子です。つまり解説するとこうなります。
DKK1は分泌型タンパク質として、LRP5/6の第3・第4プロペラドメインに高親和性(KD≈0.34〜0.5 nM)で直接結合します。この結合によりWnt-Fzd-LRP6の三者複合体形成が物理的に遮断され、β-カテニンは破壊複合体によって分解されるため、核内の標的遺伝子転写が停止します。さらにDKK1はKremen1/2(膜貫通タンパク)との三者複合体を形成することでLRP5/6の細胞膜からの内在化を促進し、受容体密度を下げる二重のブレーキ機構も持ちます。
注目すべき点として、DKK1自身の遺伝子はβ-カテニン/TCFシグナルの標的遺伝子でもあります。つまりWntシグナルが活性化するとDKK1の転写も上昇し、自己を抑制するネガティブフィードバックループが形成されるということです。この自己調節機構が、DKK1とβ-カテニンの血清・組織中での正の相関(TCGA解析:相関値0.13、P<0.0001)という一見逆説的な所見の一因となっています。
| 分子 | 役割 | DKK1の影響 |
|------|------|------------|
| LRP5/6 | Wnt共受容体 | DKK1が直接結合・内在化を促進 |
| Frizzled | Wnt受容体 | LRP6遮断により複合体形成阻害 |
| β-カテニン | 核内転写活性化因子 | 分解促進 |
| Kremen1/2 | 膜受容体 | DKK1と三者複合体を形成 |
| TCF/LEF | 転写因子 | β-カテニン非存在下では抑制因子に |
DKK1のタンパク質はアミノ酸266個、分子量約26 kDaで構成されます。2つのシステインリッチドメイン(N末端:CRD1/NドメインおよびC末端:CRD2/Cドメイン)を持ちます。Wnt抑制に必要かつ十分なのはCドメインであり、N末端ドメインはCドメインとLRP6の相互作用を調節する補助的役割を担っています。この構造的な理解が、後述する抗体医薬品の開発において重要な標的設計の根拠となっています。
参考リンク(DKK1阻害剤の構造・機序・開発状況の包括的レビュー)。
DKK1がWnt/β-カテニンを抑制するならば、本来はがん抑制に働くはずです。この認識は部分的には正しいのですが、臨床データは全く別の実態を示しています。
Wntシグナルの過剰活性化ではがんが促進されるため、DKK1が腫瘍抑制因子として機能することは確かにあります。腎細胞がんや大腸がん、一部の乳がんでは、DKK1遺伝子がメチル化により発現抑制されており、その再発現が細胞増殖の抑制とアポトーシスの誘導をもたらすという報告があります。結論はこうです。
DKK1は外胚葉・内胚葉由来の腫瘍では腫瘍抑制因子として機能する確率が有意に高く、中胚葉由来の腫瘍ではその逆の傾向が示されています(Frontiers in Oncology, 2023)。
一方、まったく逆のメカニズムも存在します。DKK1はカノニカルWnt経路の抑制を通じて、非カノニカルWntシグナル(JNK経路、PCP経路)を逆説的に活性化することがあります。その仕組みはこうです。
DKK1がLRP5/6を競合的に占有すると、Wntリガンドが遊離した状態でFrizzled受容体に結合しやすくなり、Dvl→Rac→JNK経路が優先的に活性化されます。骨肉腫の研究では、このJNK経路の活性化によりがん幹細胞マーカーALDH1(アルデヒドデヒドロゲナーゼ1A1)が上昇し、腫瘍増殖が促進されることが示されています。
さらに、DKK1の「第二の受容体」であるCKAP4(細胞骨格関連タンパク4)を介した新経路も判明しています。これは意外ですね。DKK1-CKAP4-PI3K複合体の形成がAKT経路を活性化し、Wntシグナルとは独立してがん細胞の増殖を促します。膵管腺がん患者において、DKK1とCKAP4がともに高発現の症例は、どちらか一方のみ陽性の症例よりも5年生存率・無再発生存率が有意に低いことが報告されています。
TCGAデータを用いたパン・キャンサー解析では、27がん種のうち14種でDKK1 mRNAが正常組織よりも有意に高発現しており(P<0.05)、特に食道がん、頭頸部扁平上皮がん(HNSC)、肺扁平上皮がん(LUSC)、胃がん、大腸がん、肝細胞がん、前立腺がんなどで血清・組織の両方でDKK1高値が示され、予後不良と相関していました。これは使えそうです。
DKK1と骨代謝の関係を最もよく示すのが多発性骨髄腫(MM)です。骨は正常では骨芽細胞(骨形成)と破骨細胞(骨吸収)のバランスで維持されています。Wnt/β-カテニン経路は骨芽細胞の分化・活性化に不可欠で、このシグナルが活性化することで正常な骨形成が起こります。
MMの溶骨性病変のメカニズムはシンプルです。骨髄腫細胞が高濃度のDKK1を産生・分泌し、骨芽細胞のWnt/β-カテニン経路を遮断することで骨芽細胞の分化が阻害されます。これにより骨形成が著しく低下する一方で、破骨細胞の活性化は維持または亢進するため、溶骨性病変が形成されます(NEJM, 2003; Tian et al. 引用回数1900超)。
臨床的に重要な数字があります。MMにおける骨病変の発生率は診断時点で約90%に上り、血清中のDKK1高値は溶骨性病変の存在と強く相関します。171例のMM患者を解析した研究では、骨溶解病変の範囲がDKK1の過剰発現と正比例していました。また、骨髄穿刺液中のDKK1濃度も骨病変の程度を反映することが示されています。
DKK1は骨組織以外にも影響を及ぼします。
- 骨粗鬆症(特に閉経後):卵巣摘出マウス・アカゲザルを用いた実験で、抗DKK1抗体投与により骨密度(BMD)と骨梁の微細構造が有意に改善しました
- 骨折修復:DKK1とスクレロスチン(別のWnt拮抗因子)を同時に中和する二重特異性抗体(Hetero-DS)が、単独抗体よりも骨折治癒を促進することがラットと霊長類モデルで示されています
- 強直性脊椎炎(AS):仙腸関節のびらん・骨癒合にWnt経路が関与し、DKK1遮断が骨びらんを防ぎ、同時に骨強直を促進するという複雑な役割が明らかになっています
一方、骨粗鬆症治療の文脈で見落とされがちな視点があります。DKK1の血清値と腰椎骨密度は正の相関を示す一方で、椎体骨折との有意な関連は認められていないというデータもあり(Garcia-Martin et al., 2014)、骨折リスクの予測マーカーとしての有用性はまだ確立されていません。これは注意が必要です。
NEJM 2003「多発性骨髄腫のWntシグナル拮抗因子DKK1の役割」 - 溶骨性病変とDKK1の臨床的関連を初めて大規模に示したランドマーク論文
近年、DKK1の研究で最も注目されているのが免疫逃避への関与です。免疫チェックポイント阻害薬が普及した今、腫瘍微小環境(TME)の免疫抑制メカニズムの理解は臨床上の急務となっています。
DKK1はTMEを免疫抑制性に傾けるいくつかの経路を持っています。
まず最も重要なのがMDSC(骨髄由来免疫抑制細胞)の動員です。DKK1はβ-カテニンを低下させることでMDSCの骨髄・脾臓・腫瘍局所への蓄積を促進します。MDSCはCD8+T細胞の活性化を直接抑制するため、PD-1/PD-L1阻害療法への一次抵抗性の原因の一つとも考えられています。
TCGAデータを用いた包括的解析では、DKK1発現レベルとMDSCの浸潤レベルが20がん種において有意な正の相関を示しました。一方でDKK1高発現はHNSC、TGCT、CESC、LUSCの4がん種でCD8+T細胞との有意な負の相関が確認されました。
次に重要なのがT細胞分化の偏りです。血小板由来のDKK1は、CD4+T細胞においてp38 MAPK・SGK-1経路を介してTh1からTh2への分極を促します。Th1免疫(IFN-γ産生)はがん細胞の排除に有利なのに対し、Th2免疫はがんの進展・免疫逃避に関与するため、DKK1によるTh2偏位はがん促進的に働きます。
さらにDKK1はPD-L1発現との正の相関が肝細胞がん(HCC)で示されており、CD8+T細胞の腫瘍浸潤との逆相関も明確に確認されています(Yang et al., 2023)。これはがんの免疫逃避戦略のひとつとして捉えることができます。
独自の視点として見逃せないのが「血小板がDKK1の主要な循環源である」という事実です。血小板のDKK1産生は、がん患者では非がん患者より有意に高く、血小板は腫瘍の転移・免疫逃避に積極的に関与することが示唆されています。これが新たな血小板標的療法の研究につながっています。
DKK1の臨床的重要性が明らかになるにつれ、複数の抗DKK1抗体が開発・臨床試験に入っています。現在最も進んでいるのはDKN-01(Leap Therapeutics社)とBHQ880(Novartis社)です。
DKN-01(IgG4ヒト化モノクローナル抗体)は、DKK1のCドメインを特異的に認識し、その結合親和性はKD 28 pmol/Lという極めて高い値を示します。DKK1-LRP6の結合を競合的に遮断することで、Wnt/β-カテニンシグナルを回復させる設計です。
臨床試験の主な成績は次のとおりです。
| 試験 | 対象 | 主な結果 |
|------|------|----------|
| Phase II(NCT04363801)| DKK1高発現食道胃接合部・胃がん(2次治療)| DKN-01+tislelizumab(PD-1阻害剤)で有望な奏効率 |
| Phase Ib(pembrolizumab併用)| 再発・難治性上部消化管がん | DKK1-high症例でORR 50%、DCR 80%、PFS中央値22週以上、OS中央値32週 |
| Phase I(NSCLC)| 進行非小細胞肺がん単独療法 | 中央値OS 6.6ヶ月、PFS 2.2ヶ月(有害事象はGrade 1-2が主体) |
| Phase Ib(胆道がん)| DKK1高発現胆道がん | DKN-01+ゲムシタビン/シスプラチンで一定の抗腫瘍効果 |
これが原則です。DKN-01の有効性はDKK1高発現(DKK1-high)の患者に偏在しており、血清DKK1値や腫瘍組織のDKK1発現がコンパニオンバイオマーカーとなりえる点が重要です。DKK1-lowの患者では効果が限定的で、適切な患者選択なしに使用するとリソースの無駄になるリスクがあります。
BHQ880(Novartis)は主に多発性骨髄腫の骨病変を対象としたPhase IBが完了しています。28例中96.4%が有害事象を経験しましたが、Grade 3-4の重篤な有害事象はなく、主なものは関節痛・倦怠感・発熱などGrade 1-2レベルでした。骨芽細胞数・機能の改善が確認されているものの、腫瘍縮小効果は直接的ではなく、骨髄間質細胞(BMSC)を介した間接的効果が主体と考えられています。
抗DKK1モノクローナル抗体の単剤療法の奏効率には限界があり、今後は以下の方向性が有望視されています。
- PD-1/PD-L1阻害薬との併用:MDSCを標的にしつつCD8+T細胞活性化を補完する
- スクレロスチン同時中和(二重特異性抗体Hetero-DS):骨病変に対する相乗効果
- DKK1ワクチン療法:CD4+・CD8+T細胞を惹起する積極的免疫療法
小分子DKK1阻害剤についても研究が進んでいます。NCI8642(ガロシアニン)はDKK1-LRP5/6結合を競合阻害することが示されており、エピメジウム由来フラボノイドもDKK1発現を抑制する天然物候補として注目されています。ただしいずれも現時点ではマイクロモル(μM)レベルの効力であり、in vivo応用には更なる最適化が必要です。
JCO 2024「DKN-01+tislelizumab+化学療法の第II相試験:DKK1高発現進行胃がんへの有望なデータ」