エリスパン錠0.25mgで長期管理されていた患者の「代替薬なし」は、実はジアゼパム換算で3種類の薬が1対1で置き換えできます。
住友ファーマ株式会社は2022年7月8日付で、マイナートランキライザー「エリスパン錠0.25mg」の販売中止を正式に告知しました。告知文では「諸般の事情により」という表現が用いられており、具体的な製造中止理由は公表されていません。出荷終了時期は2023年3月頃とされ、在庫状況によって若干の前後があることも記載されています。
エリスパン錠0.25mgには4つの包装形態(PTP100錠・PTP500錠・PTP1000錠・バラ1000錠)がありましたが、すべての規格で同時に販売中止となりました。つまり「小さい規格だけ残る」という逃げ道はありません。
その後、保険請求上の経過措置期限は2024年3月31日とされました。この期限を過ぎると、在庫品が院内に残っていたとしても保険算定ができなくなります。これが条件です。
重要なのは、フルジアゼパム(エリスパンの有効成分)を含む後発品・ジェネリック医薬品が国内に存在しない点です。先発品である住友ファーマが製造中止した時点で、フルジアゼパム製剤そのものが日本市場から完全に消えたことになります。後発品への切り替えで乗り切るという選択肢は、最初から存在しないということですね。
フルジアゼパムは第三種向精神薬に指定されており、処方日数は1回30日分を限度とする規制が設けられていました(厚生労働省告示第75号、平成24年3月5日付)。この規制の枠組みは、代替薬に切り替えた後も引き続き意識しておく必要があります。
医療用医薬品供給状況データベース(DSJP):エリスパン錠0.25mg販売中止の告知日・実施日・包装形態一覧
エリスパン錠0.25mgの有効成分フルジアゼパムは、ベンゾジアゼピン系の中間型〜長時間型に分類される抗不安薬です。脳内のGABAA受容体に結合することで、抗不安作用・催眠作用を発揮します。
作用時間の特性として特筆すべきは半減期が約20時間前後という点です。これは「長時間型」に位置づけられ、1日2〜3回の定期服用で安定した血中濃度を維持しやすいという利点がありました。承認適応は「心身症(消化器疾患、高血圧症、心臓神経症、自律神経失調症)における身体症候並びに不安・緊張・抑うつ及び焦躁、易疲労性、睡眠障害」です。抗不安薬としての使用が主体ですが、不眠への使用例も少なくありません。
代替薬を選ぶうえで押さえておくべき指標は3つあります。① 効能・効果(同じ適応を持つか)、② 作用時間(半減期がどれくらい近いか)、③ 力価(抗不安作用の強さ)、この3点が基準です。
力価の比較には「ジアゼパム換算」を用います。ジアゼパム5mgと同等の効果を得るために必要な各薬剤の用量を示したもので、エリスパン0.25mgのジアゼパム換算値は1.25mg(エリスパン0.5mgでジアゼパム5mgと等価)です。
以下に主要代替薬との比較を整理します。
| 薬剤名(一般名) | エリスパン1錠相当量 | 半減期の目安 | 作用時間分類 |
|---|---|---|---|
| ソラナックス(アルプラゾラム) | 0.4mg | 約12〜15時間 | 中間型 |
| リーゼ(クロチアゼパム) | 5mg | 約6時間以下 | 短時間型 |
| デパス(エチゾラム) | 0.75mg(0.25+0.5) | 約6時間以下 | 短時間型 |
| セルシン(ジアゼパム) | 1.25mg | 約20〜100時間 | 長時間型 |
| メイラックス(ロフラゼプ酸エチル) | 参考値 | 約90時間以上 | 超長時間型 |
この比較から「作用時間が近い」という条件でまず候補に挙がるのはソラナックス(アルプラゾラム)です。これは使えそうです。ただし後述するとおり、ソラナックス自体が供給不足という問題を抱えているため、一択で考えることは危険です。
抗不安薬一覧(内服)・ジアゼパム換算値一覧PDF:各薬剤の力価・半減期・薬価の比較表として参考になります
代替薬への切り替えで最初にぶつかる問題は、「ソラナックスも不足している」という現実です。エリスパン販売中止の時期と前後して、ソラナックス(アルプラゾラム)は後発品を含めて世界的な供給不足の状態にありました。つまり最有力候補の代替薬自体も入手困難という状況が重なっていたわけです。厳しいところですね。
この二重の供給問題に対応するには、代替薬の選択肢を1種類に絞らず、患者の使用状況に応じて複数のシナリオを事前に用意することが重要です。具体的には以下の分類で考えると整理しやすくなります。
切り替えは漸減法が原則です。エリスパンを急に中止すると、不安感の増強・不眠・振戦・発汗・頭痛などの離脱症状が出現するリスクがあります。一般的には1〜2週間かけて25%ずつ減量しながら代替薬を導入する方法が推奨されています。
代替薬を導入した最初の2〜4週間は週1回程度の外来フォローを行い、症状の変化を把握することが理想的です。患者自身に症状日記をつけてもらうと、次回診察時の確認がスムーズになります。これが基本です。
また、代替薬の変更に伴い、既存の併用薬との相互作用パターンが変わります。特にCYP3A4阻害薬(フルコナゾール、クラリスロマイシンなど)が処方されている患者では、アルプラゾラムへの切り替え時に血中濃度が想定外に上昇するリスクがある点は見落とされやすいです。切り替え前に必ず全ての併用薬を確認する、という姿勢が不可欠です。
エリスパン代替薬選択指針と切り替え戦略:ジアゼパム等価換算表と患者背景別アプローチをまとめた解説記事
代替薬への切り替え対応として、多くの医療者がまず「等価換算」と「漸減」を意識します。ただ、それだけでは見落としやすいリスクがあります。意外ですね。
その一つが「パラドックス反応(逆説的反応)」です。ベンゾジアゼピン系薬剤は鎮静・抗不安を目的として使用しますが、一部の患者ではむしろ興奮・攻撃性・易刺激性の増強といった正反対の反応が現れることがあります。特に高齢者・小児・脳器質性疾患を持つ患者で報告されており、新たな代替薬を導入した直後に「なぜか怒りっぽくなった」「落ち着かなくなった」という訴えがあった場合は、このパラドックス反応を疑う必要があります。
もう一つは「認知機能への長期的影響」です。近年の研究では、ベンゾジアゼピン系薬剤の長期使用が認知症発症リスクを高める可能性が指摘されており、フランスの大規模コホート研究(PAQUID研究)では長期服用者の認知症リスクが1.5倍以上に上昇したとするデータも報告されています。
エリスパンから代替薬への切り替えは、単純な薬剤の差し替えではありません。この機会に「ベンゾジアゼピン系薬剤を長期服用している患者の総合的なリスク評価」を行うことが推奨されています。非ベンゾジアゼピン系への移行や、タンドスピロン(セディール)など依存性のない抗不安薬への転換も含めて検討することが、患者の長期的な健康管理につながります。
高齢者の場合は特に、「転倒リスク評価」と「認知機能評価(MMSEやHDS-Rなど)」を初回切り替え時に実施しておくことが望ましいです。これにより、切り替え前後の変化を客観的に記録でき、副作用や認知機能低下の早期把握が可能になります。
エリスパン錠0.25mgの販売中止は、フルジアゼパムという有効成分の後発品がゼロであったにもかかわらず、先発メーカーが「諸般の事情」のみを理由に市場から撤退したという点で、現場に強いインパクトを与えました。代替薬なしと告知した病院が多数であったことが、その混乱の大きさを示しています。
同時期の薬事委員会記録を見ると、エリスパン錠0.25mgと同じタイミングで複数の医薬品(レスタス錠2mg、オルガラン静注など)も「代替薬なし」として一括削除された事例が確認されています。つまり一つ一つの販売中止品目ごとに個別対応が求められるという状況が常態化していることを示しています。
この状況から学べる教訓は大きく2点あります。
また、医薬品供給情報のリアルタイム把握には、DSJP(医療用医薬品供給状況データベース)やCloseDiなどのウェブツールが有用です。これらのツールを日常業務に組み込むことで、次の販売中止薬が出てきたときに慌てない対応ができます。これは使えそうです。
エリスパン錠0.25mgの販売中止対応は、個別の薬剤問題にとどまらず、ベンゾジアゼピン系薬剤全体の処方見直し・長期管理の在り方を問い直す機会でもあります。代替薬選択と切り替えのスキルを磨くとともに、非ベンゾジアゼピン系への移行を含む長期的な治療戦略を意識することが、医療の質向上につながります。
PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)調査結果報告書:フルジアゼパムの第三種向精神薬指定および処方日数制限30日の根拠が確認できます