フィラグリン遺伝子変異のある患者でも、温暖・湿潤な環境で育てばアトピーを発症しないことがあります。
フィラグリン(filaggrin)は、表皮の顆粒層で産生される大型タンパク質です。角化細胞の分化過程において、ケラチン線維を凝集・束ねることで角層の構造を強固にし、皮膚バリアの「骨格」を支えています。さらに分解産物はアミノ酸となり、天然保湿因子(NMF)として角層内の水分保持に直接貢献します。
フィラグリン遺伝子(FLG)は第1染色体長腕(1q21)の「表皮分化複合体」と呼ばれる領域に存在します。この遺伝子に機能喪失型変異(ナンセンス変異・フレームシフト変異など)が生じると、フィラグリンタンパクの産生量が著しく低下または消失します。その結果として、角層のバリア機能が低下し、経皮水分蒸散量(TEWL)が増加、乾燥肌(ドライスキン)の状態が慢性的に持続します。
つまり「FLG変異→バリア低下→経皮感作→アトピー発症」という流れが基本です。
FLGとアトピー性皮膚炎の関連が世界的に注目されるようになったのは、2006年のスコットランドのMcLeanらの研究報告がきっかけでした。彼らは尋常性魚鱗癬(IV)の原因遺伝子を解析する中でFLGの機能喪失型変異を発見し、さらにアトピー患者の多くにも同変異が存在することを示しました。この発見はアトピー性皮膚炎の「Th2免疫優位モデル」から「バリア機能破綻優位モデル」へのパラダイムシフトを促した画期的な研究として、現在もその重要性は揺るぎありません。
意外ですね。アレルギー炎症が「先」ではなく、バリア破綻が「先」という考え方が今では主流です。
参考:尋常性魚鱗癬とFLG変異の歴史的発見経緯および皮膚バリア機能との関連(羊土社・実験医学キーワード)
尋常性魚鱗癬 - 羊土社 実験医学キーワード
FLG変異の頻度と種類には、民族間で明確な差異があります。これは臨床現場で見落とされがちな重要な点です。
欧米人のアトピー性皮膚炎患者ではFLG変異の保有率が約40〜50%に達するのに対し、日本人患者では27〜30%程度にとどまります。さらに重要なのは「変異の種類が全く異なる」という事実です。欧州人で最も頻度の高い変異である「R501X」および「2282del4」は、日本人患者では確認されていません。日本人では「3321delA」「S2889X」「K4022X」「S2554X」など、日本人に固有の変異スペクトラムが存在します。
名古屋大学の秋山真志らのグループは2010年に、日本人アトピー性皮膚炎患者の27%でFLG変異が発症因子となっていることを報告しました(J Invest Dermatol, 2010)。また、北海道大学の乃村俊史らが行った北海道スタディ(7歳児1,065名を対象)では、一般人口の約9.3%がFLG変異を保有していることが明らかになっています。これは「人口の10人に1人」に相当します。
地域差も見逃せません。同じ日本人でも、FLG変異を持つアトピー患者の割合は北海道で高く、東京、石垣島の順に低くなるという傾向が報告されています。石垣島のような温暖・湿潤な地域では、遺伝的にFLG変異を持っていても環境的なバリア補完が働き、発症が抑制される可能性があります。これが原則です。
この事実は、FLG変異検査を日本人患者に行う際、欧米向けの変異パネルを使用しても意味がないことを強く示唆します。日本人固有の変異スペクトラムに対応した検査系が必要であり、この点は臨床検査オーダー時に注意すべき実践的な情報です。
参考:日本人アトピー患者のFLG変異保有率・変異の種類・地域差に関する報告(名古屋大学皮膚科)
FLG変異が実際にどのようにアトピー発症・アレルギーマーチへとつながるのかを、病態の流れとして整理します。
正常な角層では、フィラグリンが産生されることで角層細胞どうしが密接に結合した「レンガと漆喰」のような強固なバリアが形成されます。FLG変異があるとこのバリアの「漆喰」が不足した状態になり、外界の刺激物・アレルゲンが容易に表皮内へ侵入できる状態になります。また、内側からは水分が蒸散しやすくなり(TEWL上昇)、皮膚の乾燥が慢性化します。
乾燥・バリア破綻した皮膚にアレルゲンが繰り返し侵入すると、Th2優位の免疫応答が誘導され、IgE産生と好酸球浸潤を特徴とするアトピー性皮膚炎の炎症状態が成立します。これを経皮感作と呼びます。皮膚バリアが「先に」壊れることで免疫が異常応答する、という順序が重要です。
さらにここで止まらない点が臨床上きわめて重要です。FLG変異を持つ乳幼児では、皮膚から取り込まれたアレルゲンに感作が成立することで、気道においても感作状態が形成されやすくなります。この結果として、アトピー性皮膚炎→気管支喘息→アレルギー性鼻炎という「アレルギーマーチ(アトピックマーチ)」が誘発されるリスクが有意に高まります。
これは使えそうです。乳幼児期の早期保湿介入を積極的に勧める強力な根拠になります。
2016年の乃村らの研究(北海道スタディ)では、FLG変異を持つ児では2歳時・4歳時にアトピー性皮膚炎のリスクがオッズ比1.5〜1.6倍となることが示されています。また変異保有群は非保有群と比べてアトピー症状の重症度が有意に高いことも確認されています。バリア機能が壊れていると、炎症の広がりも深刻になるということです。
参考:フィラグリン遺伝子変異を保有するアトピー患者の重症度・喘息発症リスクの比較研究(北海道大学・乃村俊史)
FLG変異の知見は「診断」にとどまらず、「発症前予防」という新しいステージへと医療を進化させています。
名古屋大学のグループが提案するテーラーメイド予防の骨子は「FLG変異スクリーニング→変異保有児への積極的早期介入」という2ステップです。具体的には、FLG変異が確認された乳幼児に対して、①保湿剤を用いた皮膚バリア補強スキンケアを生後早期から継続的に実施すること、②ダニや花粉など主要エアロアレルゲンへの暴露を意識的に減らすこと、を組み合わせます。これだけが予防の柱です。
この考え方を支持するエビデンスとして特に重要なのが、日本の早期保湿介入RCTです。アトピー性皮膚炎発症リスクの高い新生児を対象に、生後すぐから保湿剤を塗布し続けたところ、対照群と比較してアトピー発症率が有意に低下したというデータが複数の研究グループから示されています。バリアを「壊れる前に補う」アプローチが機能することを実証したものです。
フィラグリン変異の有無による保湿剤・ステロイド外用の治療効果の差異についてもUMIN-CTRに臨床試験が登録されており(UMIN000008083)、変異保有群・非保有群で治療反応性が異なる可能性が検証されています。この結果が蓄積されれば、将来的に変異の有無に応じた薬剤選択が現実的になるかもしれません。
また、母親がFLG変異を保有している場合、その子どものアトピーリスクが1.5倍に上昇するという報告(CareNet, 2015)もあります。「子どもが産まれたら母親のFLG変異も確認しておく」という視点は、今後の周産期・小児科領域での予防的介入において意義を持ちます。
参考:テーラーメイド医療・FLG変異スクリーニングを用いたアトピー予防の研究概要(厚生労働科学研究)
アトピー性皮膚炎の予防・治療法の開発及び確立に関する研究 - 厚生労働科学研究成果データベース
保湿剤や既存の免疫抑制療法とは根本的に異なる、FLG変異そのものをターゲットとした治療法開発が進んでいます。これは医療従事者として知っておくべき最前線の情報です。
日本人アトピー患者のFLG変異の80%以上がナンセンス変異(早期終止コドンを生じさせる変異)であるという特徴から、北海道大学の乃村俊史らは「リードスルー療法」の開発に取り組んでいます。リードスルーとは、リボソームがmRNA翻訳中に生じた早期終止コドンを「読み飛ばして」タンパク質合成を続行させる現象のことです。これを薬剤で誘導できれば、変異FLGが存在する患者でもフィラグリンタンパクの産生を回復させ、バリア機能を根本から是正できる可能性があります。
この手法の利点は対症療法ではなく原因への直接アプローチである点です。乃村らは約2万種類の化合物ライブラリーを用いたスクリーニングを行い、130個のヒット化合物を一次選別し、その後の再テストで約50個の有力候補を絞り込んでいます(コスメトロジー研究報告, 2016)。
ただし、現状の限界についても正確に把握しておく必要があります。厳しいところですね。現時点でヒトへの投与が可能なリードスルー活性化合物は、アミノグリコシド系抗生物質(ゲンタマイシンなど)とPTC124という薬剤のみであり、前者は重篤な副作用(腎毒性・耳毒性)のために長期投与は不可能です。PTC124については効果が弱く、臨床的な実用レベルには達していません。
現在はモデル動物を用いた有効性・安全性の検証段階にあります。リードスルー療法が実際の外来診療に使える選択肢になるまでには、今後さらなる臨床試験の蓄積が必要です。とはいえ、FLG変異を持つ重症アトピー患者への根治的アプローチとして、その将来的な可能性は非常に高く、フォローアップしておくべき研究領域です。
参考:リードスルー療法・フィラグリンを標的とした新規治療法のスクリーニング研究詳細(北海道大学乃村俊史)
ここからは、あまり語られない独自視点のトピックです。FLG変異陽性例ばかりに目が向きがちですが、日本人アトピー患者の約7割はFLG変異を「持っていない」という事実は、臨床診療に直接影響します。
FLG変異が検出されない患者のバリア機能はなぜ低下しているのでしょうか? 研究が示す答えの1つは「炎症そのものがフィラグリンの発現を抑制する」という二次的バリア障害の存在です。Th2炎症に関与するIL-4やIL-13といったサイトカインは、FLG遺伝子の発現そのものをダウンレギュレートすることが確認されています。つまり炎症→FLG発現低下→バリア機能悪化→更なる炎症という悪循環が成立します。
この点から考えると、変異陰性のアトピー患者であっても保湿によるバリア補強は有効です。遺伝子変異の有無に関わらず、「バリアを守る」という戦略は全員に適用できるということです。一方で、変異陰性例では免疫制御側のアプローチ(デュピクセント®などのIL-4/IL-13阻害薬・JAK阻害薬)が病態の中心に直接作用するため、これらの生物学的製剤・分子標的薬の適応を積極的に検討することが合理的です。
また、東京医科大学のグループは、外因性AD(FLG変異を持ちIgE高値)と内因性AD(変異なし・IgE正常・金属アレルギー高率)では病態が異なることを示しています。変異陰性かつIgE正常のアトピー患者では、金属アレルギーや環境因子の関与を精査することが、適切な治療選択への近道になります。
結論は「FLG変異検査は診断の補助ツールであり、陰性=バリア正常ではない」です。FLG変異の有無に囚われすぎず、目の前の患者のバリア機能・免疫動態・環境因子を個別に評価する姿勢が重要です。バリア補強と炎症制御を組み合わせることが、変異陰性患者への最も実践的なアプローチです。
| 比較項目 | FLG変異陽性(外因性型の一部) | FLG変異陰性(内因性型など) |
|---|---|---|
| 日本人アトピー患者中の割合 | 約27〜30% | 約70〜73% |
| 血清IgE値 | 高値になりやすい | 正常〜軽度上昇も多い |
| 尋常性魚鱗癬の合併 | あり | なし |
| アレルギーマーチリスク | 高い | 比較的低い |
| 金属アレルギーの合併 | まれ | 高率 |
| 主な治療標的 | バリア補強(保湿)+炎症制御 | 免疫制御中心+環境因子精査 |
参考:外因性・内因性アトピー性皮膚炎の病態比較と診断・治療アルゴリズム(東京医科大学皮膚科)
本邦におけるアトピー性皮膚炎とフィラグリン遺伝子変異の研究 - 東京医科大学皮膚科