ハルトマン液とは何か成分・効果・禁忌を解説

ハルトマン液(乳酸リンゲル液)は輸液の現場で日常的に使われる細胞外液補充液ですが、その成分や禁忌・使い分けを正確に理解できていますか?医療従事者が知っておくべき基礎知識を詳しく解説します。

ハルトマン液とは何か:成分・効果・禁忌・使い分けを徹底解説

生理食塩液を選んでいるつもりが、実は患者の腎機能に高クロール性アシドーシスを起こしているかもしれません。


この記事の3ポイント
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ハルトマン液=乳酸リンゲル液

一般名は「乳酸リンゲル液」。Na⁺・K⁺・Ca²⁺・Cl⁻・乳酸イオンを含む細胞外液補充液で、血漿の電解質組成にもっとも近い輸液製剤のひとつです。

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禁忌は「高乳酸血症」の患者

乳酸イオンを含むため、高乳酸血症患者には投与禁忌。肝障害がある患者への慎重投与も必須です。添付文書の確認が原則です。

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生理食塩液との使い分けが重要

大量投与が必要な症例では、生理食塩液よりハルトマン液(乳酸リンゲル液)のほうが高クロール血症リスクを抑えられるとする報告があります。


ハルトマン液とは:名前の由来と乳酸リンゲル液との関係

「ハルトマン液」という名前を聞いて、その由来をすぐに答えられる医療従事者は意外と少ないかもしれません。実はこの名称は、1898年にミズーリ州セントルイスで生まれたアメリカ人小児科医、アレクシス・フランク・ハルトマン(Alexis Frank Hartmann, 1898-1964)に由来しています。


ハルトマンは1932年、リンゲル液に乳酸ナトリウムを加えた溶液を考案し、代謝性アシドーシスの治療に有効であることを初めて発表しました(Journal of Clinical Investigation, 1932)。彼は自分が考案した輸液剤に自身の名を冠することを強く望み、「乳酸リンゲル液」と同義で「ハルトマン液」という名称を広めました。これが日本で現在も使われている名称の起源です。


一般名は乳酸リンゲル液(Lactated Ringer's Injection)であり、米国薬局方(USP)や英国薬局方(BP)にも収載されています。名称が違うだけで、乳酸リンゲル液・ラクテック・ハルトマン液は本質的に同じ種類の輸液製剤です。これは基本です。


現在、日本国内では「ハルトマン液『コバヤシ』」(ネオクリティケア製薬)や「ハルトマン輸液『NP』」(ニプロ)など複数のメーカーから販売されています。剤形は500mL袋・500mLボトルが主流です。


参考:輸液史に残るハルトマンの業績と歴史的背景について
点滴史を築いた人びと(4)〜アレクシス・ハルトマン(CC JAPAN 連載再掲)


ハルトマン液の組成:電解質と血漿との比較を理解する

ハルトマン液がなぜ「生理的」と言われるのかを理解するためには、その電解質組成を血漿と比べてみることが効果的です。


ハルトマン液(コバヤシ)500mLの電解質組成(理論値 mEq/L)は次のとおりです。




















































電解質 ハルトマン液 生理食塩液 血漿(参考)
Na⁺(ナトリウム) 130 mEq/L 154 mEq/L 142 mEq/L
K⁺(カリウム) 4 mEq/L 0 mEq/L 4〜5 mEq/L
Ca²⁺(カルシウム 2.7 mEq/L 0 mEq/L 4〜5 mEq/L
Cl⁻(クロール) 109 mEq/L 154 mEq/L 103 mEq/L
乳酸イオン(Lact⁻) 28 mEq/L 0 mEq/L 1〜2 mEq/L(HCO₃⁻として24)
pH 6.0〜7.5 約5.0 7.35〜7.45
浸透圧比(生食対比) 0.8〜1.0 1.0


この表から見えてくることがあります。生理食塩液のNa⁺は154 mEq/Lと血漿より高く、Cl⁻に至っては154 mEq/Lと血漿の約1.5倍に達します。一方でK⁺・Ca²⁺はゼロです。


つまり生理食塩液は「浸透圧が体液と同じ」だけで、イオン組成の面では決して生理的ではありません。意外ですね。


ハルトマン液はK⁺(4 mEq/L)・Ca²⁺(2.7 mEq/L)を含み、Cl⁻濃度も109 mEq/Lと血漿に近い値となっています。さらに乳酸イオン(28 mEq/L)は体内で代謝されてHCO₃⁻となり、酸塩基平衡の維持に寄与します。血漿の電解質組成に近い輸液製剤が基本です。


参考:各種輸液の電解質組成と特徴が詳しく解説されています
リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液の違いは? - ナース専科


ハルトマン液の効能・効果と作用機序:なぜショック時に使うのか

ハルトマン液の添付文書に記載された効能・効果は次の2点です。



  • 💧 循環血液量及び組織間液の減少時における細胞外液の補給・補正

  • ⚖️ 代謝性アシドーシスの補正


投与されたハルトマン液は等張液であるため、血管内に入った後に細胞外液(血漿+組織間液)全体に分布します。生理食塩液1,000mLを点滴した場合、血管内に残るのはその約25%(250mL前後)に過ぎません。残りは組織間液へ移行します。ハルトマン液も同様の分布を示すため、出血性ショックや大量脱水など循環血液量が急激に低下した状況での細胞外液補充に適しています。


もう一つの重要な作用が代謝性アシドーシスの補正です。含まれる乳酸イオン(28 mEq/L)は、主に肝臓で代謝されてHCO₃⁻(重炭酸イオン)に変換されます。これにより緩衝能を発揮し、血液pHの低下を是正します。


ハルトマン液「コバヤシ」500mLは、7%炭酸水素ナトリウム注射液(メイロン)約20mLに相当する抗アシドーシス作用を持ちます。ただし、その作用は乳酸が代謝されるにつれて徐々に発現するため、急激なpH上昇によるアルカローシスを起こすリスクが低い点が特徴です。


通常の用法・用量は成人で1回500〜1,000mLを点滴静注。投与速度や総量は患者の状態に応じて調整します。


参考:ハルトマン液の薬効・作用機序の詳細が確認できます
医療用医薬品 : ハルトマン(KEGG MEDICUS)


ハルトマン液の禁忌・慎重投与:乳酸血症と肝障害に注意すべき理由

ハルトマン液を投与する際に最も重要な注意点が禁忌と慎重投与の把握です。これだけは覚えておけばOKです。


禁忌(投与してはいけない患者)



  • ❌ <strong>高乳酸血症の患者:乳酸イオンを含むため、乳酸が体内に蓄積するリスクがある。高乳酸血症がさらに悪化するおそれがあります。

  • ❌ 製品によっては高カリウム血症・乏尿・アジソン病・重症熱傷・高窒素血症の患者も禁忌(カリウムを含む製剤のため)。


慎重投与が必要な患者



  • ⚠️ 重篤な肝障害のある患者:乳酸の代謝は主に肝臓で行われます。肝機能が著しく低下している場合、乳酸を十分に代謝できず乳酸性アシドーシスを招く可能性があります。

  • ⚠️ 腎不全・腎機能障害のある患者:水分・電解質の排泄が障害されており過剰投与になりやすいため。

  • ⚠️ 心不全のある患者:循環血液量の増加により肺水腫や心不全の悪化リスクがあります。

  • ⚠️ 高張性脱水症の患者:本症では水分補給が主目的であり、電解質を多く含む本剤は適さない場合があります。


ここで重要な落とし穴があります。「腎不全の患者にはカリウムを含む輸液は禁忌」と思い込んでいる医療従事者も多いですが、実際には「無尿の場合には禁忌」であり、腎機能低下があっても尿量が保たれていれば慎重投与で対応できるケースもあります。患者の尿量と腎機能の数値を両方確認することが条件です。


また、副作用として大量・急速投与による肺水腫・脳浮腫・末梢浮腫が報告されています。速度管理には十分な注意が必要です。


参考:添付文書に基づく禁忌・使用上の注意の全文が確認できます
ハルトマン液「コバヤシ」の効能・副作用(ケアネット)


ハルトマン液と生理食塩液・酢酸リンゲル液の使い分け:臨床で迷わないための知識

臨床の現場では「とりあえず生食(生理食塩液)」という選択が今もなお多くみられます。しかし、大量輸液が必要なケースでこの判断を続けることには、見過ごされやすいリスクがあります。


生理食塩液のCl⁻濃度は154 mEq/Lと血漿(103 mEq/L)よりも大幅に高く、大量に投与すると高クロール血症や高クロール性代謝性アシドーシス(HCA)を引き起こすことがあります。2017年に発表されたCritical Care Medicine誌の論文によれば、重症患者において輸液中のクロール負荷が100 mEq増えるごとに1年死亡率が5.5%増加したと報告されています。厳しいところですね。


こうした背景から、大量輸液が見込まれる症例(敗血症性ショック、大量出血など初期24時間で60 mL/kg以上の輸液が必要な場合)では、ハルトマン液(乳酸リンゲル液)や酢酸リンゲル液などのバランス輸液(balanced crystalloid)を選択することが推奨される傾向にあります。


一方で酢酸リンゲル液との違いも把握しておく必要があります。乳酸は主に肝臓で代謝されますが、酢酸は肝臓に加えて筋肉でも代謝されます。そのため、重篤な肝障害がある患者にはハルトマン液(乳酸リンゲル液)よりも酢酸リンゲル液(ヴィーン®Fなど)のほうが適しているケースがあります。これは使い分けの原則です。


実際の使い分けの目安をまとめると以下のとおりです。





























輸液製剤 主な適応シーン 注意が必要な場合
ハルトマン液(乳酸リンゲル液) 出血・ショック・手術時の細胞外液補充、代謝性アシドーシスの補正 高乳酸血症、重篤な肝障害、腎不全(無尿)
生理食塩液 高カリウム血症、アルカローシス補正、輸血前後のライン確保 大量投与時の高クロール血症リスク
酢酸リンゲル液 肝障害患者への細胞外液補充 高度の肝障害+酢酸代謝障害(重症糖尿病など)
重炭酸リンゲル液 より生理的な補液を優先したい場合 乳酸・酢酸の代謝に依存しないが価格が高め


「生食で始めて大量になったらリンゲル液へ切り替える」という戦略を採用している施設もあります。これは実臨床に即した合理的なアプローチで、文献的にも一定の支持が得られています。


参考:生理食塩液vs乳酸リンゲル液の比較に関する文献レビューが読めます
生食 VS リンゲル液(札幌東徳洲会病院 救急外来ジャーナルクラブ)


ハルトマン液の「独自視点」:ハルトマン自身は生涯"ハルトマン液"と呼ばれることを望んでいたが普及しなかった経緯

ここでは、検索上位の記事ではほとんど触れられない視点をご紹介します。ハルトマン液の「名前にまつわる逆説」です。


アレクシス・ハルトマンは乳酸リンゲル液を考案した後、リンガー(Ringer)がリンゲル液として歴史に名を残したように、自らも「ハルトマン液」という名で後世に記憶されることを強く望んでいました。しかし現実には、米国や欧州では「Lactated Ringer's Solution(乳酸リンゲル液)」の名称が定着し、「ハルトマン液」という名前が広く使われている国は日本を含む一部に限られます。


これは面白い逆説です。ハルトマンは「自分の名前で呼ばれたい」と思っていたにもかかわらず、彼の名が最も活きているのが、彼自身が想定していなかった日本の医療現場だったのです。


また、ハルトマンは乳酸リンゲル液の考案者として知られる一方で、膵臓の内分泌作用の研究でノーベル賞に手が届きかけた人物でもあります。1922年、彼はインスリン抽出に関連した研究を恩師と共に進め、糖尿病児の治療にもインスリンを試みていました。しかし、ノーベル賞は翌1923年にバンティングとマックロードに贈られ、ハルトマンは惜しくも受賞を逃しました。


この「もうひとりのインスリン研究者」としての側面は、輸液の教科書には載っていない情報です。しかし、この逸話はハルトマンが単なる輸液開発者ではなく、小児科と生化学の両分野にまたがる傑出した臨床研究者であったことを示しています。


日々使用しているハルトマン液の袋の名前の裏に、こうした歴史が刻まれていることを知っておくことは、輸液選択の判断に深みをもたらすことにつながります。使い慣れた輸液でも、その背景まで知ると理解が変わります。


参考:ハルトマンの生涯と輸液史上の位置づけについて詳しく記述されています
点滴史を築いた人びと(4)〜アレクシス・ハルトマン - CC JAPAN 連載