ナイロン製の非吸収性縫合糸は、体内で長期留置すると加水分解で強度が落ちます。
非吸収性縫合糸とは、体内で吸収・分解されずに長期間残存する縫合糸のことです。皮膚・血管・神経・骨・靭帯など、治癒に長い時間がかかる組織や、持続的な張力保持が必要な部位に使用されます。
素材は大きく「合成素材」と「天然素材」に分かれます。合成素材は組織反応が極めて少なく、抗張力が強いのが特徴です。天然素材であるシルク(絹糸)は扱いやすさで優れる一方、異種タンパク質として免疫系に認識されやすく、組織反応が高いとされています。
現在、臨床で広く用いられる非吸収性縫合糸の主な素材は以下の通りです。
| 素材 | 構造 | 特徴 | 主な使用部位 |
|---|---|---|---|
| ポリプロピレン(PP) | モノフィラメント | 組織反応が極めて低い・滑らか・柔軟 | 心臓血管外科・血管吻合 |
| ナイロン(ポリアミド) | モノフィラメント/ブレイド | 強度が高い・硬め・長期留置で加水分解あり | 皮膚縫合・神経縫合 |
| ポリエステル(ダクロン) | ブレイド(マルチフィラメント) | 低組織反応・扱いやすい・バランスが良い | 心臓弁縫合・整形外科 |
| シルク(絹糸) | ブレイド(マルチフィラメント) | 非常に柔らかく扱いやすい・組織反応が高い | 口腔・口唇・眼瞼など限定的 |
| ステンレス鋼 | モノフィラメント/ブレイド | 最高強度・腐食耐性あり・硬くて扱いにくい | 骨・腱・胸骨閉鎖 |
| ポリブテステル(PVDF) | モノフィラメント | 弾性あり・創傷浮腫に追従して伸縮する | 血管・皮膚縫合 |
合成素材が主流です。天然糸であるシルクは扱いやすさから長く使われてきましたが、近年は組織反応の高さから使用が限定的になっています。
MSDマニュアルでは、シルクについて「一般に口・口唇・眼瞼・口腔内での使用に限られる」と記載しており、その使用場面は明確に絞られています。合成素材が基本と覚えておけばOKです。
縫合糸の素材一覧(MSDマニュアル プロフェッショナル版)|各素材の特徴・備考が表形式で確認できます
非吸収性縫合糸を選ぶとき、素材と並んで重要なのが「構造」の違いです。糸の構造はモノフィラメント(単糸)とブレイド(マルチフィラメント・編糸)の2種類があり、これが感染リスクと操作性に直接影響します。
モノフィラメントは1本の単一フィラメントで構成されています。表面が滑らかで毛細管現象が起きないため、細菌が糸に入り込む経路がありません。感染には有利です。ただし、コシが強くて硬いため、結び目が大きくなりやすく、確実な結紮には複数の結節が必要になります。
ブレイド(マルチフィラメント)は複数の細い繊維を編み込んだ糸です。しなやかで結びやすく、結び目のほつれも少ないのが大きなメリットです。一方、キャピラリー(毛細管現象)が起きやすく、糸の編み目のすき間に細菌が入り込んで感染を悪化させるリスクがあります。
| モノフィラメント | ブレイド(マルチフィラメント) | |
|---|---|---|
| 感染リスク | 🟢 低い(ノンキャピラリー) | 🔴 高い(キャピラリー) |
| 操作性 | やや扱いにくい(コシが強い) | 🟢 扱いやすい(しなやか) |
| 結節保持 | 緩みやすい(複数回の結節が必要) | 🟢 緩みにくい |
| 組織通過性 | 🟢 良好(表面が滑らか) | 通過抵抗がやや大きい |
| 代表素材 | ナイロン・ポリプロピレン | シルク・ポリエステル |
感染リスクのある創部にはモノフィラメントが原則です。確実な結紮が必要な部位では、ブレイドが選択されることもあります。つまり「どちらが優れている」ではなく、「場面によって使い分ける」が正解です。
整形外科医の立場から縫合糸の分類と選択をわかりやすくまとめた解説記事も参考になります。
縫合糸の種類・使い分け(整形外科医による解説)|モノフィラメントとブレイドの違い・感染リスクへの影響を詳しく解説
非吸収性縫合糸の素材選択は、縫合する部位の特性・求められる強度・感染リスクの3点を軸に考えます。これが基本です。
ポリプロピレン(プロリーン®・ネスピレン®など) は、組織反応が極めて低く、疎水性のため組織酵素による分解を受けません。表面の滑らかさから組織通過性にも優れており、心臓・大血管の吻合に広く選ばれています。心臓外科手術では6-0・7-0・8-0の細径ポリプロピレン糸が血管吻合で頻用されています。弱点は結節保持力がやや低いことで、確実な結びの数が求められます。
ナイロン(モノナイル®など) は強度が高く、モノフィラメント構造のため感染リスクが低い点が優れています。皮膚縫合で広く使われており、顔面の皮膚縫合では6-0〜7-0が標準的です。ただし、長期間体内に留置すると加水分解により強度が徐々に低下するという重要な特性があります。長期縫合保持が必要な組織構造の手術では推奨されないとされており、この点は見落とされやすいため注意が必要です。
ポリエステル(エチボンド®・メルシレン®など) は低組織反応でバランスが良く、ブレイド構造のため扱いやすく結節保持力も良好です。心臓弁輪縫合・人工関節固定・整形外科手術での腱・靭帯縫合などに多く使われます。マルチフィラメント構造のため、感染リスクが高い部位への使用は避けるのが原則です。
シルク は現代の外科手術での使用は大きく限定されています。口腔内・口唇・眼瞼など、柔らかさや患者の快適性が優先される場面に限られており、感染リスクのある部位や全身麻酔下の腹部手術などには適しません。異種タンパクとして組織反応を引き起こし、長期的には感染・肉芽腫形成のリスクもあります。
ステンレス鋼 は最高レベルの強度と生体適合性を持ち、骨の縫合・胸骨閉鎖・腱の縫合など、極めて強い張力保持が必要な場面で使用されます。硬くて扱いにくいため、専門的な技術が要求されます。
近年、非吸収性縫合糸の領域で注目されているのがトリクロサンコーティング(PLUSシリーズ) による抗菌機能の付加です。これは縫合糸表面に抗菌剤トリクロサンをコーティングし、糸への細菌のコロニー形成を局所で阻害する技術です。
手術部位感染(SSI:Surgical Site Infection)は、手術を受けた患者の術後クオリティ・オブ・ライフを大きく下げる合併症の一つです。全体のSSI発生率はおよそ5%台とされており、依然として解決されていない臨床課題です。
大阪大学消化器外科共同研究会大腸疾患分科会によるプロスペクティブ多施設共同研究(国内24施設・2,207例)では、大腸がん手術における抗菌縫合糸(トリクロサンコーティング)と非コーティング縫合糸を比較した結果が明確に示されました。
- 🔵 抗菌縫合糸群のSSI発生率:4.21%
- 🔴 非抗菌縫合糸群のSSI発生率:6.74%
- 📉 SSI発生率の差:約2.53%の有意な減少(p=0.028)
この数字はシンプルに見えますが、大腸がん手術が年間数千件規模で行われる施設環境では、この2.5%の差が多くの患者に直結します。さらに6つの第III相試験を含む4,797例のメタ解析でも、トリクロサン抗菌縫合糸が有意に優れた結果を示しています(OR:0.71、95%CI:0.53〜0.95)。
この結果は重要です。CDCや米国外科学会(ACS/SIS)もトリクロサンコーティング縫合糸の使用を推奨しており、日本環境感染学会の手術部位感染対策に関する見解でも条件付き推奨の中で言及されています。
ただし、抗菌コーティングの有効性は現時点では主に閉鎖創での研究が中心です。開放創や特定の専門領域では適用が異なる場合もあり、各施設のプロトコルと合わせて確認することが求められます。
抗菌縫合糸のSSI予防効果(ケアネット)|国内24施設・2,207例による大規模研究の結果を詳しく解説
手術部位感染対策(日本環境感染学会誌)|トリクロサンコーティング縫合糸の推奨根拠・各種ガイドラインの整理が掲載
非吸収性縫合糸を選ぶ際、多くの医療従事者は「今の手術」に最適な素材を考えます。強度・操作性・感染リスク、これらは当然重要です。しかし、「数年後・数十年後に体内に残り続けた糸がどうなるか」という視点は、案外見落とされがちです。
非吸収性縫合糸は名称通り「吸収されない」ものですが、「変化しない」わけではありません。代表例がナイロンの加水分解です。ナイロンは体液中で緩やかに加水分解が進み、長期留置の場合には抗張強度が低下していきます。このことは海外メーカーの製品情報にも「長期縫合保持が必要な組織構造には推奨されない」と明記されています。抜糸が前提の皮膚縫合であれば問題ありませんが、体内に長期残留させる前提で使う場合には、ポリプロピレンやポリエステルの方が安定性に優れています。
もう一つ注目すべき素材はシルクです。シルクは「非吸収性」に分類されているものの、実際には組織内で非常にゆっくりと分解が進む場合があります。これは厳密には「非吸収性」というカテゴリと矛盾するように見えますが、短期的な臨床評価の期間内では吸収が確認されないためこの分類が維持されています。意外ですね。
加えて、体内に残る非吸収糸は長期的に慢性的な異物反応を引き起こす可能性があります。特にマルチフィラメントの非吸収糸では、糸の周囲に線維性被膜が形成されることが知られており、感染が起きた場合には糸が感染巣の「足場」になり得ます。呼吸器外科領域では、「体内に残る糸(非吸収糸)は吸収糸より感染が多いという指摘がある」と明記している医療機関もあります。
これらの長期的影響を考慮すると、「手術に使える非吸収糸の素材なら何でも同じ」という考え方はリスクがあると言えます。長期残留を前提とした部位・用途では、組織反応の低い合成素材(ポリプロピレン・ポリエステル)を優先する、もしくは感染リスクが高い場面では吸収糸との組み合わせを検討するといった判断が求められます。長期的な視点が条件です。
術後の長期フォローアップが求められる現代外科では、縫合糸の素材選択が「手術中だけの話」ではないという認識が広まっています。使用後の転帰まで含めた素材選択こそが、真のエビデンスベースの実践につながります。
呼吸器外科診療Q&A(国立病院機構 埼玉病院)|非吸収糸と吸収糸の感染リスクの違いについての現場の見解が記載
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