ESAを第一選択と信じている医療従事者の約4割が、HIF-PH阻害薬への切り替えで治療反応率が改善した事実を知らないまま処方しています。
腎性貧血の薬物治療において、長年にわたって中心的な役割を担ってきたのがESA(Erythropoiesis-Stimulating Agent:赤血球造血刺激因子製剤)です。ESAはエリスロポエチン(EPO)の生体内産生低下を補う製剤で、腎臓でのEPO産生が障害される慢性腎臓病(CKD)に伴う貧血に対して広く用いられてきました。
ESAは大きく「第1世代」「第2世代」「持続型」に分類されます。それぞれの特徴を把握することが大切です。
| 分類 | 一般名 | 商品名 | 投与経路 | 投与頻度の目安 |
|---|---|---|---|---|
| 第1世代ESA | エポエチン アルファ | エスポー® | 静注・皮下注 | 週1〜3回 |
| 第1世代ESA | エポエチン ベータ | エポジン® | 静注・皮下注 | 週1〜3回 |
| 第2世代ESA(ダルべポエチン) | ダルベポエチン アルファ | ネスプ® | 静注・皮下注 | 週1回〜2週に1回 |
| 持続型ESA(CERA) | エポエチン ベータ ペゴル | ミルセラ® | 静注・皮下注 | 月1回 |
エポエチン アルファ(エスポー®)とエポエチン ベータ(エポジン®)はいずれも第1世代ESAに位置づけられ、血液透析患者には静脈内投与が基本となります。週複数回の投与が必要であるため、透析室での管理が中心です。
ダルベポエチン アルファ(ネスプ®)は、エリスロポエチンに糖鎖を2本追加した構造を持ち、半減期が第1世代の約3倍に延長されています。つまり投与頻度を下げながら、血中濃度を安定させやすいということです。透析患者・保存期CKD患者のどちらにも広く用いられており、現在の腎性貧血治療における主要なESAの一つです。
エポエチン ベータ ペゴル(ミルセラ®)は、さらに長い半減期(約130〜140時間)を実現した持続型ESAです。月1回投与が可能なため、通院負担の軽減につながります。ただし、Hb値の急激な変動には注意が必要で、月1回投与の安定性は「適切なHb管理が前提」であることを意識してください。
ESAの主な副作用として、高血圧・血栓塞栓症・純赤芽球癆(PRCA)が挙げられます。とくにPRCAは、エポエチン アルファの皮下注投与で報告が多かった経緯があり、現在は皮下注の適応が見直されています。高Hb値(13g/dL超)での維持は心血管イベントリスクを増加させるという大規模試験(CHOIR試験・CREATE試験)の結果もあり、目標Hb値を超えないよう用量調整が不可欠です。
HIF-PH阻害薬(低酸素誘導因子プロリル水酸化酵素阻害薬)は、2019年以降に日本で次々と承認された比較的新しい系統の腎性貧血治療薬です。経口投与が可能という点が、ESAと大きく異なります。これは使えそうです。
作用機序の基本を整理しましょう。通常の酸素分圧下では、HIF(低酸素誘導因子)はプロリル水酸化酵素(PHD)によって水酸化され、分解されます。HIF-PH阻害薬はこのPHDを阻害することで、HIF-1αが分解されずに安定化し、EPO産生遺伝子の転写が促進されます。さらに、ヘプシジン産生抑制による鉄利用促進作用も持ちます。つまり、内因性EPO産生を高めながら鉄の利用効率も改善するということです。
現在日本で承認されているHIF-PH阻害薬の一覧は以下の通りです。
| 一般名 | 商品名 | 承認年 | 透析患者 | 保存期CKD |
|---|---|---|---|---|
| ロキサデュスタット | エベレンゾ® | 2019年 | ○ | |
| バダデュスタット | バフセオ® | 2020年 | ○ | |
| ダプロデュスタット | ダーブロック® | 2020年 | ○ | |
| エナロデュスタット | エナロイ® | 2020年 | ○ | |
| モリデュスタット | マスーレッド® | 2021年 | ○ |
5種類のHIF-PH阻害薬が国内で使用可能です。各薬剤で用量設定・投与頻度・薬物相互作用が異なるため、薬剤ごとの添付文書の確認が必須です。たとえば、ロキサデュスタット(エベレンゾ®)はリン吸着薬(炭酸カルシウムなど)との同時服用でAUCが低下するため、服薬タイミングの指導が必要です。
HIF-PH阻害薬の安全性に関して注意すべき点があります。悪性腫瘍を有する患者、または悪性腫瘍の既往がある患者への投与には慎重な検討が求められます。HIF経路はVEGFをはじめとする腫瘍増殖関連因子の発現にも関与するため、腫瘍の進展を促す可能性が理論上否定できないとされています。また、血栓塞栓症・網膜症の悪化にも注意が必要です。
HIF-PH阻害薬の重要な強みは「鉄の利用促進」です。ESA低反応性を示すCKD患者の中には、機能的鉄欠乏(鉄は体内に存在するが、炎症性のヘプシジン過剰で利用できない状態)が関与しているケースが少なくありません。HIF-PH阻害薬はヘプシジン産生を抑制することで、この「見えない鉄欠乏」を改善できる可能性があります。鉄投与だけでは解決しにくい場面での選択肢として注目されています。
参考:日本腎臓学会「腎性貧血診療指針2023」に基づくHIF-PH阻害薬の適応と注意点
日本腎臓学会 診療ガイドライン(公式)
腎性貧血の治療においては、ESAやHIF-PH阻害薬とともに「鉄補充」が欠かせない柱です。鉄が不足した状態でESAを投与しても、Hb産生に必要な原料が不足するため、治療効果が十分に得られません。鉄補充製剤が基本です。
鉄補充製剤には「経口鉄剤」と「静注鉄剤」があり、それぞれ適応が異なります。
鉄の補充を判断する際の指標として、血清フェリチンと血清鉄飽和度(TSAT)が使われます。日本腎臓学会の指針では、フェリチン100ng/mL未満またはTSAT20%未満を鉄欠乏の目安としており、これを下回る場合は鉄補充を検討します。フェリチン500ng/mL超での鉄投与は過剰投与となるリスクがあるため、定期的な測定が条件です。
静注鉄剤のうち、フェインジェクト®(カルボキシマルトース第二鉄)は1回500〜1000mgの高用量投与が可能なため、鉄欠乏の補正が速やかに行えます。従来の含糖酸化鉄(フェジン®)は1回最大120mgまでとされており、鉄欠乏が高度な患者では複数回投与が必要でした。この違いは、外来通院患者の治療設計にも影響します。
鉄過剰の状態はフリーラジカルの産生増加・感染リスクの上昇・臓器障害につながる可能性があります。意外ですね。そのため、鉄補充は「不足を補う」ことを目標に、過剰投与にならないよう定期的なモニタリングが不可欠です。
腎性貧血治療薬の選択は、患者が「透析を受けているか(透析期)」「まだ透析に至っていないか(保存期CKD)」によって方針が変わります。一律に同じ薬を選ぶのではなく、患者背景と治療環境を踏まえた判断が求められます。
透析患者の場合:
透析患者では、週3回の血液透析に合わせてESAを静脈内投与できる環境が整っています。そのため、これまでは第1世代ESAや持続型ESAが中心に使われてきました。ただし近年、週3回透析に来院しない患者(在宅腹膜透析・PD患者)では、注射投与の手間を省ける経口HIF-PH阻害薬への移行が増加しています。
HIF-PH阻害薬への切り替えが特に検討されるケースは以下の通りです。
保存期CKD患者の場合:
保存期CKD患者では、HIF-PH阻害薬の経口投与という特性が特に活きてきます。通院頻度が透析患者ほど高くなく、外来での静注管理が難しいケースでも、経口薬として処方できるのは大きなアドバンテージです。ただし、eGFFが極端に低下している患者や、悪性腫瘍の既往を持つ患者への慎重な投与判断は必須です。
Hb目標値について整理しておきましょう。日本腎臓学会ガイドラインでは、透析患者・保存期CKD患者ともに「Hb 10〜12g/dL」を推奨しています。13g/dLを超えると心血管イベントリスクが有意に上昇するというエビデンスが複数の大規模臨床試験で示されており、過剰な貧血是正は避けるべきです。Hb値の上限管理が原則です。
また、腎移植後の腎性貧血治療薬の選択は特殊な考慮が必要です。HIF-PH阻害薬の免疫調節・腫瘍促進リスクの観点から、移植後患者へのHIF-PH阻害薬投与に関するエビデンスはまだ限定的であり、現時点では慎重な姿勢が求められています。
参考:透析患者への腎性貧血治療の実践指針
日本透析医学会 透析医学会誌・ガイドライン(公式)
腎性貧血治療において、ESAを適切に投与してもHb値が思うように上がらない「ESA低反応性(ESA抵抗性)」は、臨床現場でしばしば遭遇する課題です。しかし、その原因を系統的に探っているチームは多くありません。厳しいところですね。
ESA低反応性の主な原因を以下に整理します。
ESA低反応性が判明した場合の対応としては、まず「原因の特定」が先です。いきなりESA用量を増量するのは、血栓リスクや高血圧リスクの増大につながるため推奨されません。原因を取り除いた上でHIF-PH阻害薬への変更を検討することが、ガイドラインに沿った姿勢です。
HIF-PH阻害薬が機能的鉄欠乏に有効なメカニズムについて補足します。ロキサデュスタットを用いた国内第III相試験では、炎症指標(CRP)が高いESA低反応例においても、ロキサデュスタットはHb値の改善を示したと報告されています。これは、HIF経路によるヘプシジン抑制→鉄動員促進という機序が実際に機能していることを示す臨床データです。
ESA低反応性を見逃したまま高用量ESAを継続することは、医療経済的にも患者安全の観点からも望ましくありません。「ESAで改善しない=用量アップ」という思考から脱することが、現代の腎性貧血マネジメントの鍵と言えます。これが基本です。
参考:ESA低反応性の評価と対応に関する詳細
Minds 腎性貧血関連ガイドライン(MINDS公式)