飲み薬でHRTを始めた患者が、貼り薬より血栓リスクが約2倍高い状態にあります。
HRT(ホルモン補充療法)の中核をなすのが、エストロゲン製剤です。現在、国内で使用できるエストロゲン製剤は大きく「経口薬」「経皮薬(貼付剤・ジェル剤)」「経腟薬」の3タイプに分けられます。
経口製剤の代表は、プレマリン®錠(結合型エストロゲン)とジュリナ®錠(17βエストラジオール)です。プレマリン®はウマ尿由来で10種以上のエストロゲン様物質を含む古くからの製剤であり、WHI試験でも使用されました。ジュリナ®は生体内エストロゲンと同一構造を持ち、0.5mgの低用量から使用できます。
経皮製剤には、エストラーナ®テープと、ジェル型のル・エストロジェル®・ディビゲル®があります。皮膚から直接吸収されるため、肝臓を経由しない(肝初回通過効果がない)のが最大の特徴です。これにより、血中凝固因子の増加が起こりにくく、血栓リスクが経口製剤より有意に低いことが大規模コホート研究で示されています。
つまり、投与経路の選択がリスク管理に直結します。
なお、エストラーナ®の低用量規格(0.36mg以下)は更年期障害への保険適用がなく、「性腺機能低下症」などに限られる点に注意が必要です。HRT目的で処方する場合は0.72mgが通常量として保険適用となります。これは見落とされがちな実務上の重要ポイントです。
経腟薬はホーリンV®腟用錠・エストリール®腟錠(いずれもエストリオール)が主で、萎縮性膣炎・性交痛・頻尿など泌尿生殖器症状(GSM)に有効です。全身への吸収が少ないため、乳がん既往患者にも専門医判断のもとで使用されるケースがあります。
🔷 代表的なエストロゲン製剤まとめ
| 製品名 | 成分 | 投与経路 | 血栓リスク |
|--------|------|----------|-----------|
| プレマリン®錠 | 結合型エストロゲン | 経口 | 上昇あり |
| ジュリナ®錠 | 17βエストラジオール | 経口 | 上昇あり |
| エストラーナ®テープ | 17βエストラジオール | 経皮 | ほぼ上昇なし |
| ル・エストロジェル® | 17βエストラジオール | 経皮 | ほぼ上昇なし |
| ホーリンV®腟用錠 | エストリオール | 経腟 | 全身影響少 |
血栓リスクの高い患者(喫煙者・肥満・高血圧・糖尿病など)には経皮剤が第一選択です。
日本産科婦人科学会「更年期障害に対するホルモン補充療法(HRT)」— HRT処方の基本方針や製剤一覧が記載された権威あるガイドライン解説ページ
子宮を有する女性にエストロゲン製剤を単独投与すると、子宮内膜が過剰に増殖し、子宮体がんリスクが2〜10倍に増加すると複数のコホート研究で報告されています。これは単に「リスクがある」という話ではなく、子宮のある患者への黄体ホルモン未併用は臨床上の重大な過誤になりえます。黄体ホルモン製剤の併用は絶対原則です。
現在、国内でHRTに使用できる主な黄体ホルモン製剤は3種類です。プロベラ®錠(メドロキシプロゲステロン酢酸エステル:MPA)・デュファストン®錠(ジドロゲステロン)・エフメノ®カプセル(天然型プロゲステロン)の3つが臨床現場で使われます。
ここで医療従事者が知っておくべき重要な事実があります。黄体ホルモンの「種類」によって、乳がんリスクへの影響が明確に異なるという点です。フランスの大規模研究(E3N研究)などの知見によれば、天然型プロゲステロン(エフメノ®)の乳がんリスク比は1.0と上昇しないのに対し、合成型の黄体ホルモンでは乳がんリスク比が約1.69と有意に高くなると報告されています。これは「どの黄体ホルモンを使うか」が乳がんリスク管理に直結することを意味します。
意外ですね。
エフメノ®は2021年11月に国内初の経口天然型黄体ホルモン製剤として承認され、現在はHRT適応で唯一保険が適用される黄体ホルモン製剤です。マイクロナイズド化(微粒子化)により経口吸収性を高めた製剤で、就寝前1回投与(100〜200mg)という用法です。
また、プロベラ®・デュファストン®には「閉経後ホルモン補充療法」の直接的な保険病名がない点にも注意が必要です。これらを使用する場合、「月経周期異常」などの病名での算定になるケースがあります。実臨床での保険請求において見落とされやすいポイントです。
🔷 黄体ホルモン製剤の比較
| 製品名 | 種類 | 乳がんリスク | HRT保険適用 |
|--------|------|-------------|------------|
| プロベラ® | 合成型(MPA) | やや高い(約1.69) | なし(HRT病名での直接適用外) |
| デュファストン® | 合成型 | 比較的低い | なし(同上) |
| エフメノ® | 天然型(MP) | 上昇なし(1.0) | あり(子宮内膜増殖症の発症抑制) |
ミラザ新宿つるかめクリニック「天然型の黄体ホルモン製剤 エフメノ®カプセルについて」— 乳がんリスクや血栓症への影響について詳しく解説されているページ
HRTを安全に運用するには、禁忌と慎重投与の区別を正確に把握しておく必要があります。「更年期症状があるから全員に使える」は危険な思い込みです。特に患者の既往歴の確認が不十分なまま処方されるケースは医療トラブルの温床になります。
絶対禁忌(使ってはいけないケース)は以下のとおりです。
- 現在の乳がんおよびその既往
- 現在の子宮内膜癌(子宮体がん)・低悪性度子宮内膜間質性肉腫
- 原因不明の不正性器出血
- 急性血栓性静脈炎または静脈血栓症・肺塞栓症とその既往
- 心筋梗塞および冠動脈に動脈硬化性病変の既往
- 脳卒中の既往
- 重度の活動性肝疾患
- 妊娠が疑われる場合
これが大前提です。
一方、慎重投与(条件付きで投与を検討できる)に該当するのは、子宮内膜症・子宮筋腫・乳がん家族歴・60歳以上または閉経後10年以上での新規投与・肥満・偏頭痛などです。この場合は投与経路や製剤を吟味し、定期的なモニタリングを前提とします。
「60歳以上は必ずNGか?」という疑問もよく生じます。答えは「ノー」です。
HRTガイドライン2017年度版では「明確な適応があり、その効果がリスクを上回る場合には可能」とされており、年齢だけで一律に否定はできません。ただし閉経から10年以上が経過した高齢者への新規投与では、血栓症・脳卒中リスクが高まりやすいため、経皮剤を選択し血栓リスク評価(肥満・高血圧・喫煙歴など)を丁寧に行うことが求められます。
HRTが「5年以上やってはいけない」と信じている医療従事者がいますが、これは誤解です。WHI研究の影響で広まったものの、ガイドラインでは「継続を制限する一律の年齢や投与期間はない」と明記されています。継続の判断は年齢ではなく、患者個別の健康状態・リスク評価・本人意志によって行うべきものです。これが原則です。
桑原産婦人科医院「ホルモン補充療法(HRT)の禁忌と慎重投与」— 絶対禁忌・相対禁忌の区分が整理されたページ
HRTの投与方法は、患者の「子宮の有無」と「閉経からの経過時期」によって選択が変わります。この判断を誤ると、出血トラブルや子宮内膜保護の不足につながります。
① 子宮あり・周閉経期(閉経が確定していない)の場合:「周期的併用投与法」が適している
周期的投与法では、エストロゲンを連続投与しながら黄体ホルモンを12〜14日間追加し、消退出血(生理様の出血)を定期的に起こします。まだ卵巣からのホルモン分泌が残っているこの時期に持続投与法を選ぶと、予測不能な不正出血が頻発しやすくなります。周期的投与の方がコントロールしやすいという理由です。
② 子宮あり・閉経確認後の場合:「持続的併用投与法」が標準
エストロゲンと黄体ホルモンを毎日継続して投与し、子宮内膜を萎縮させることで原則的に出血をなくす方法です。ただし開始当初の40〜60%に破綻出血が起こり、1年後には10〜20%に減少します。この経過を事前に患者に伝えておくことが服薬継続のカギになります。厳しいところですね。
持続投与法は周期投与法に比べて子宮体がん予防効果が高く、用法が一定で飲み忘れも起こりにくいメリットがあります。
③ 子宮摘出後の場合:エストロゲン単独療法(ET)
子宮内膜が存在しないため、黄体ホルモンの併用は不要です。経口・経皮いずれかのエストロゲン製剤を選択します。ただし子宮内膜症による子宮摘出のケースでは、残存病巣の悪性転化リスクを念頭に、黄体ホルモン併用の要否を個別に検討する必要があります。
🔷 子宮の有無・閉経状態による投与法まとめ
| 状態 | 推奨投与法 | 使用製剤 |
|------|-----------|---------|
| 子宮あり・周閉経期 | 周期的併用投与法 | エストロゲン+黄体ホルモン(12〜14日) |
| 子宮あり・閉経後 | 持続的併用投与法 | エストロゲン+黄体ホルモン(毎日) |
| 子宮摘出後 | エストロゲン単独療法 | エストロゲン製剤のみ |
冬城産婦人科医院「子宮がある方とない方のホルモン補充療法の違い」— 子宮の有無によるHRTの薬剤・投与法の違いが詳しくまとめられているページ
HRTを患者に説明するうえで、「乳がんのリスク」は最も誤解されやすいテーマです。「HRTをすると乳がんになる」という過度な恐怖感が、治療を必要とする患者の機会を奪っているケースも少なくありません。正確な数字と文脈を理解することが、質の高い患者説明につながります。
まず現在のコンセンサスを整理します。エストロゲン+プロゲスチン併用療法(EPT)では長期使用(5年以上)で乳がんリスクがわずかに増加します。WHI試験ではハザード比1.24(95%CI:1.01〜1.54)と報告されており、統計的には有意ですが「24%増」という数字の意味を絶対リスクで考えることが重要です。
具体的には、50歳の女性1,000人を10年間観察した場合、HRTなしで乳がんになる人は約30人前後です。HRTありではそこから数人程度の増加にとどまると試算されています。東京ドームの観客数(約5万5,000人)に換算して考えると、HRTを10年続けた集団の中でリスク増加に相当する人数はその中の数十〜百数十人という規模感です。
この数字だけ覚えておけばOKです。
一方で、乳がんリスクへの影響は「どの黄体ホルモンを選ぶか」によって大きく変わります。天然型プロゲステロン(エフメノ®)では乳がんリスク比が1.0とほぼ上昇しない一方、従来の合成型黄体ホルモン(MPA)では約1.69まで上昇するという研究があります。つまり、「HRT全体が危険」ではなく「どの製剤の組み合わせで、何年使うか」が問題の本質です。
またHRTによる乳がんリスクの上昇は、運動不足・アルコール摂取・出産未経験・肥満といった一般的な生活習慣リスク因子と同等か、それ以下と評価されています(相対リスク1.1〜2.0のカテゴリー)。HRTは決して突出したリスク因子ではなく、他の慢性疾患リスクとのバランスの中で評価されるべきものです。
HRTと骨粗鬆症・心血管疾患への効果(ベネフィット)も見落とせません。50歳代・閉経後10年以内の女性においては、HRTは動脈硬化の予防効果が高く、冠動脈疾患リスクはむしろ低下するとされています。乳がんリスクとこれらのベネフィットを総合的に評価した上で、個々の患者に最適な判断を示すことが医療従事者の役割です。
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【中古】更年期外来診療プラクティス エキスパ-トがこたえる女性ホルモン補充療法Q&A/医学書院/青野敏博(ペーパーバック)