実は、真皮縫合の仕上がりの7割は運針ではなく「糸結び」で決まります。
真皮縫合を正確に実施するうえで、まず皮膚の層構造を正確に把握しておくことが不可欠です。皮膚は表面から「表皮・真皮・皮下組織(脂肪組織)」の3層で構成されており、真皮縫合はこのうち「真皮層」を選択的に縫合する手技です。表皮まで縫合糸が貫通しないため、suture mark(糸の縦横縫合痕)が残らず、整容性に優れた閉創が実現します。
元来は形成外科領域で発達した技術ですが、消化器外科でも約20年前から一般化しており、腹腔鏡手術の小切開創にも積極的に適用されるようになっています。2013年にはLancet誌(Tsujinaka T, et al. Lancet 382: 1105-1112)に掲載された大規模比較試験(真皮縫合群562例 vs ステープラ群518例)で、下部消化管手術での創合併症減少と肥厚性瘢痕の発生率有意抑制が確認されました。意外ですね。
<strong>適応となる状況は以下の通りです。
相対的禁忌として押さえておくべきなのは、真皮層が著しく薄い場合と、十分に清浄化できない汚染創です。動物を除く汚染創、比較的古い創傷、咬傷・刺創・高速弾丸損傷などには、いかなる縫合も禁忌となりうるため、真皮縫合を選択する前に創の状態を必ず評価してください。禁忌の判断が原則です。
MSD マニュアル(プロフェッショナル版)には適応・禁忌・手順が詳しく記載されており、エビデンスに基づいた実践の参考になります。
MSD マニュアル プロフェッショナル版:真皮埋没縫合による形成外科的修復(適応・禁忌・ステップバイステップ手順を網羅)
真皮縫合には原則として吸収性縫合糸(合成吸収糸)を使用します。代表的なものとしてポリジオキサノン(PDS)とポリグリコール酸(PGA)が挙げられます。この2種類は特性が異なるため、状況に応じた選択が重要です。
PDSはモノフィラメント構造で、組織反応が少なく引張強度保持期間が長い(6週間前後)という特長があります。市場にある吸収糸の中でも最も長く抗張力を保つ素材のひとつです。一方でPGAはブレイデッド(編み糸)構造のものが多く、取り扱いやすい一方、組織反応がやや高めになる場合があります。つまり選ぶ素材で術後経過が変わります。
糸の太さ(号数)の目安はこちらです。
糸の太さのイメージを持ちにくい場合は、4-0の直径0.15mmを「髪の毛の直径(約0.08mm)の約2倍」と考えると把握しやすくなります。
器具については、持針器はヘガール持針器が標準的です。鑷子に関しては、一般的に消化器外科ではアドソン鑷子が広く使われていますが、より細身のマッカンドー鑷子のほうが組織を愛護的に把持しやすいという意見もあります。好みもあるため施設ごとの標準に従いつつ、「組織を愛護的に扱う」という原則だけは変わりません。縫合後は皮膚接合用テープで創縁のズレと張力を補助することが推奨されます。
実際の縫合手順に入りましょう。MSDマニュアルのステップバイステップを基軸に解説します。
まず、創傷の清浄化・局所麻酔・洗浄・必要に応じてデブリドマンを行った後、滅菌ドレープをかけます。真皮縫合は無菌操作である必要はありませんが、創傷に接触する器具(鑷子・針・縫合糸)は必ず滅菌されたものを使用してください。これは基本です。
運針の手順は以下の流れで進めます。
ここで最も重要なのが「外反(evert)」の考え方です。皮膚が内側にめくれ込む「内反」になると表皮が癒合せず、隙間が生じて二次治癒(肉芽形成・瘢痕化)の原因になります。これを防ぐには、まん丸の弧ではなく「ハート型(♡型)の運針」を意識することが鍵です。具体的には、針を深部から表皮方向へ進める際に、皮膚の立ち上がり部分が最も薄くなるよう角度をつける必要があります。
この♡型運針を実現するために、左手の役割が決定的に重要になります。左手の鑷子で皮膚の角度を調整しながら、針の背で脂肪を除けつつ、皮膚の立ち上がり部にカウンター(対抗力)をかけることで、自然に外反した仕上がりが得られます。左手と右手の連動が全てを支配します。
また「脂肪を縫い込まない」ことも絶対原則です。糸で締め込まれた脂肪組織は阻血に陥り、術後数日〜1週間以内に脂肪融解を起こします。その結果、糸の輪に対して組織量が減少し、減張効果が失われ、創離開(SSI)につながります。縫い込む脂肪が1mmでも多ければ、きれいな仕上がりは程遠くなります。脂肪は絶対縫い込まないが鉄則です。
創縁の密着具合を確認し、段差がある場合は、皮膚用テープ(サージカルテープなど)で表面を補正することも有効です。表皮縫合を追加する場合は、6-0などの細い糸で連続縫合を行い、裂創の全長に沿って創縁を外反させながら、創の長軸に対して45度の角度で針を進めていきます。
西宮敬愛会病院COKUの記事:きれいに治すための3つのポイント(外反・組織密着・張力緩和)をイラスト付きで解説
真皮縫合の仕上がりを決定づける最大の要素は「運針」ではなく「糸結び」です。これが意外と知られていません。
ある医療教育チャンネルでは「9割の人が、真皮縫合の糸結びで必要なSlip Knotを理解していないため、真皮縫合自体が締まっていない」と指摘しています。いくら丁寧な♡型運針をしても、糸の輪が緩んでいれば減張効果はゼロになります。緩んだ糸は結局、意味をなしません。
Slip Knot(スリップノット)とは何でしょうか? 通常の外科結びでは、最初の結び目(first throw)を作った時点で糸が固定されてしまい、組織に合わせた微調整が効きません。Slip Knotでは、最初の投げ結びを「すっぽ抜けない程度の仮固定」にとどめ、その状態で創縁の盛り上がり具合や張力を確認しながら糸の締め具合を調整できます。締め具合の確認が可能なことが最大の利点です。
正しいSlip Knotのポイントを整理すると、次の通りです。
医療教育の専門家によれば、糸結びの仕上がりが最終的な瘢痕の出来映えの7割を左右します。縫合パットを使った練習では「運針だけ」を繰り返しがちですが、糸結びを正確に習得することにこそ時間を割くべきです。これは使えそうです。
練習段階では、真皮層を模した縫合シミュレーターを活用すると、実組織に近い感触でSlip Knotの習得が可能です。医学書院の「縫合の基本」シリーズ(Antaa Slideでも一部無料公開)なども補助教材として活用できます。
臨床現場で見落とされやすいのが、真皮縫合加算の保険算定ルールです。手技の質と同じくらい、算定の正確さも求められます。これは重要です。
真皮縫合を伴う縫合閉鎖を行った場合、K000(創傷処理)に対し460点の加算が認められています。ただし算定できるのは「露出部の創傷」に限られます。露出部とは、頭部・頸部・上肢においては肘関節以下、下肢においては膝関節以下の部位を指します。
さらに注意が必要なのは、露出部であっても算定が原則認められない部位があることです。令和6年3月29日付の支払基金統一事例(審査情報提供事例104)にて、以下の部位での算定は原則不可と明確化されました。
これらの部位は「真皮が存在しない」または「通常、真皮縫合は行われない」という解剖学的・臨床的根拠によって除外されています。
たとえば、眼瞼の裂創を縫合した際に「露出部だから460点加算できる」と判断してレセプトに記載してしまうと、査定リスクが発生します。460点の査定は金額として小さく見えますが、繰り返せば累積損失となり、施設にとって無視できません。算定前の部位確認が条件です。
施設内で縫合手技を担当するスタッフ全員が、この算定ルールを共有しておくことを強くお勧めします。算定可否に迷う場合は、診療報酬算定早見表や保険医TV、しろぼんねっとなどの信頼できる資料を参照するか、コーディングスペシャリストに確認する体制を整えておくと安心です。
支払基金の審査情報提供事例(PDF)は公式一次資料として活用できます。
支払基金統一事例104「真皮縫合加算の算定について」(令和6年3月29日):眼瞼・手掌・趾での算定不可の根拠が記載された公式PDF
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