後発品に切り替えると、先発品のセルシンより薬価が約44%高くなるケースがあります。
セルシン注射液(一般名:ジアゼパム)は、T's製薬が製造し武田薬品工業が販売してきた、ベンゾジアゼピン系のマイナートランキライザーです。てんかん重積状態の治療、麻酔前投薬、集中治療下の鎮静など、幅広い救急・急性期領域で長年使用されてきた注射製剤です。
2024年4月10日、武田テバ薬品はセルシン注射液5mg・10mgの販売中止を正式に発表しました。その時点での案内では、在庫消尽見込み時期を「2025年1月頃」としていました。販売中止の具体的な理由は公式には「諸般の事情」とされていますが、業界全体として見ると、低薬価品の製造コスト上昇や採算性悪化の問題が背景にあるとみられています。
その後、同年9月13日には一時的に限定出荷(D-④)へ移行し、11月25日付けで改めて販売中止の告知が出され、実施日は2024年12月1日に前倒しとなりました。これが最終的なセルシン注射液10mgの販売中止タイムラインです。
先発品が2品目存在することも重要な点です。セルシン注射液とホリゾン注射液(丸石製薬)は、ともにジアゼパムを有効成分とする先発品の"併売品"です。つまり、片方が中止されても同成分の先発品が残るという状況になっています。これは過去にもサイレースとロヒプノール、エナデールとセパゾンなどで見られたパターンと同じです。
| 品目 | 規格 | 販売中止実施日 | 経過措置期限 |
|---|---|---|---|
| セルシン注射液5mg | 5mg/1mL×10管 | 2025年1月1日(在庫消尽後) | 2026年3月31日 |
| セルシン注射液10mg | 10mg/2mL×10管 | 2024年12月1日(在庫消尽後) | 2026年3月31日 |
経過措置期限の2026年3月31日は、本記事執筆時点(2026年3月26日)のわずか数日後に迫っています。現在もまだ院内在庫として残っているケースでは、経過措置終了と同時に保険請求・調剤ができなくなる点に要注意です。
経過措置医薬品告示情報(2025年3月7日)- データインデックス:セルシン注射液5mg・10mgの経過措置期限2026年3月31日に関する告示情報が確認できます
セルシン注射液の販売中止発表直後、最も大きな影響を受けたのは代替品の供給体制でした。在庫消尽後の切り替え先として最初に注目されたのがホリゾン注射液10mg(丸石製薬)です。
ところが、2024年4月15日、丸石製薬はセルシン注射液の販売中止の影響を受けるかたちで、ホリゾン注射液10mgの限定出荷を開始することを発表しました(出荷量:Aプラス「出荷量増加」、区分:③「限定出荷(他社品の影響)」)。代替品へ注文が集中した結果、ホリゾンも安定供給が一時的に困難になったという状況です。
これは重大なポイントです。「セルシンが使えなくなったらホリゾンに変えれば大丈夫」と考えていた施設は、この時点で在庫確保の見直しを迫られることになりました。
現場レベルでは、特に精神科・神経内科・救急・麻酔科領域に影響が出ました。ジアゼパム注射は主に以下の場面で使用されます。
特に5mg製剤は、精神科領域でのパニック状態や強度の不安・興奮への筋注に使われることが多く、静注と違い「じわりと効く」という特性が臨床上有用でした。一定の施設では10mgよりも5mgの臨床ニーズが高く、この規格が早期に消尽した点が悩みの種となりました。
つまり、「どちらかの規格があれば代用できる」とは単純に言い切れないのが実情です。5mgと10mgでは投与場面や投与経路が異なることがあるため、規格の違いも含めた代替計画が必要になります。
ホリゾン注射液10mgの限定出荷のお知らせ(丸石製薬、2024年4月):セルシン注販売中止を受けた限定出荷の詳細が記載されています
代替薬として現在流通しているジアゼパム注射製剤は以下の通りです。
| 製品名 | 製造会社 | 規格 | 薬価(管) | 区分 |
|---|---|---|---|---|
| ホリゾン注射液10mg | 丸石製薬 | 10mg/2mL | 83円 | 先発品 |
| ジアゼパム注射液5mg「NIG」 | 日医工岐阜工場 | 5mg/1mL | 120円 | 後発品 |
| ジアゼパム注射液10mg「NIG」 | 日医工岐阜工場 | 10mg/2mL | 118円 | 後発品 |
ここで医療従事者が注目すべきポイントがあります。後発品であるジアゼパム注射液「NIG」は、先発品のホリゾン注射液(83円/管)よりも薬価が高い(118〜120円/管)という逆転現象が起きています。通常、後発品は先発品より安価であるという"常識"がありますが、このケースでは後発品の方が約44%高い薬価となっています。
これは後発品市場特有の事情によるもので、製造コストや市場参入時の競合状況、また注射製剤は経口薬よりも製造工程が複雑なことが関係しています。院内の薬事委員会でNIG採用を検討する際には、コスト面の事前計算が欠かせません。
代替薬への切り替えにあたって確認すべき事項は以下の通りです。
切り替え作業を1件ずつ対処するのではなく、まず自施設でジアゼパム注射液を使用している診療科・病棟を一覧化することが先決です。
ジアゼパム注射液の薬剤一覧 - MedPeer:現在流通している各製品の薬価・規格一覧が確認できます
セルシン注射液5mg・10mgの経過措置期限は2026年3月31日です。この日を過ぎると、薬価基準から削除され、保険医療機関・保険薬局ともに算定・請求ができなくなります。
「在庫が残っているから使い続けても大丈夫だろう」という考えは正しくありません。経過措置終了後に使用・請求した場合、レセプト審査での査定対象となり、返戻・減点のリスクが生じます。経過措置期限は"販売の期限"ではなく、"保険上の使用可能な期限"だということです。
特に電子処方箋を運用している施設では、追加の注意が必要です。調剤結果登録の際、経過措置が終了した医薬品の情報は電子処方箋管理サービスに登録できません。調剤年月日が経過措置期間内であっても、調剤結果登録日が経過措置期間外の場合にはエラーが発生します。これは実務担当者が特に把握すべき点です。
実務上チェックすべき事項は以下です。
これらは薬剤部だけでなく、医事課・情報システム担当部門との連携が必要になります。期限ぎりぎりに気づいて慌てることのないよう、早期に院内への周知と対応完了を目指すことが重要です。
CloseDi:セルシン注射液5mgの経過措置期限(2026年3月31日)の確認ページ
セルシン注射液の販売中止は、単なる"銘柄変更"ではなく、ジアゼパム注射の臨床的な役割を改めて整理する機会でもあります。これは現場でしばしば見落とされがちな視点です。
ジアゼパム注射は長らく「てんかん重積の第一選択」として使われてきました。しかし、現在の診療ガイドラインでは、成人のてんかん重積状態に対する初期治療として、ミダゾラム筋注・ロラゼパム静注・ジアゼパム静注が同等のエビデンスレベルで位置づけられています。小児領域ではミダゾラム口腔用液(ミダフレッサ等)が選択肢として加わっています。
つまり、セルシン注が使えなくなったからといって、必ずしも同成分のホリゾン注や後発品に固執する必要はないということです。現在の薬剤セットで対応できている施設では、この機会に処方プロトコルを見直し、代替手段(ミダゾラム静注・筋注など)の整備状況を確認しておくことも有益です。
一方で、精神科領域での5mg筋注ニーズについては代替が難しい面があります。ASD患者や重症神経症患者のパニック状態・亜昏迷に対するジアゼパム5mg筋注は、血中濃度がゆっくり上昇することによる安全性が評価されています。セレネース(ハロペリドール)やトロペロン(チミペロン)などの抗精神病薬への切り替えも選択肢に入りますが、使用場面・患者背景によって適否が異なります。いずれの薬剤を使うにしても、静注より筋注の方が急激な血中濃度上昇を回避しやすく安全面での考慮が必要であることは変わりません。
また、ジアゼパム注射は向精神薬(第三種向精神薬)に該当します。管理・廃棄・記録の手続きは通常の医薬品と異なり、代替薬として採用した製品についても向精神薬管理台帳への記録や定期的な棚卸しが必要です。銘柄が変わっても管理義務は継続されることを、関係部署全体で確認しておきましょう。
ホリゾン注射液10mg 医薬品インタビューフォーム(丸石製薬):代替品の成分・禁忌・注意事項の詳細確認に活用できます