ステロイド依存例の52.7%は、いまもステロイドだけで"放置"されています。
潰瘍性大腸炎(UC)の治療においてステロイドは強力な寛解導入薬ですが、すべての患者で長期的な有効性が担保されるわけではありません。初回ステロイド投与での改善率はおよそ8割とされており、一見すると非常に頼れる薬剤に思えます。しかし実態は異なります。
問題は、その後にあります。改善した患者の半数以上が再燃し、ステロイドの再投与が繰り返されるパターンに陥ることが多いのです。そのまま減量するたびに症状が悪化するようになれば、それが「ステロイド依存」と呼ばれる状態です。
ステロイド依存の定義(診断基準)は以下の通りです:
- プレドニゾロン(PSL)を減量・中止しようとすると病状が悪化(再燃)する
- 3ヵ月以上のステロイド継続が必要な状態
- ステロイドを完全に中止できず、PSL 10mg/日以上が長期に必要な状況が続く
つまりステロイド依存ということですね。これはステロイドそのものが病気を「治している」のではなく、炎症を「抑えているだけ」という状態であることを示しています。
一方で、「ステロイド抵抗例」とは似て非なる概念です。抵抗例は適正量のステロイドを1〜2週間使っても明らかな改善が得られない場合を指します。ステロイド依存例と抵抗例を合わせて「難治例」と呼び、ステロイド難治症例全体のうち依存例は約80%、抵抗例は約20%を占めるとされています。
臨床の現場では、「前回は有効だったのに今回は減量で悪化した」という経過を繰り返している患者が依存例の候補となります。患者の経過記録を丁寧に見返すことが、診断の第一歩です。依存か抵抗かの見極めが条件です。この分類が、次の治療方針の全体像を規定するからです。
参考資料:潰瘍性大腸炎・クローン病 診断基準・治療指針(厚生労働省研究班)
http://www.ibdjapan.org/pdf/doc15.pdf
ステロイド依存例に対してガイドラインが第一選択として推奨するのが、チオプリン製剤(アザチオプリン:AZA、6-メルカプトプリン:6-MP)です。ステロイドとの併用から入り、漸減しながらチオプリンへ移行していく流れが基本となります。
コクランレビューのデータでは、アザチオプリン投与患者の56%が1年後も無再燃を維持したのに対し、プラセボ群では35%にとどまっています。また国内のデータでは、チオプリン投与6ヵ月後の累積寛解維持率は77%、12ヵ月後には57%とされています。数字でみると有効性は一定以上あるといえます。
ただし、現実的な課題も見落とせません。チオプリン製剤は効果発現までに数ヵ月かかるため、急性増悪期には即効性を期待できません。また副作用が問題になることも多く、アザチオプリン(イムラン®)で治療しても約50%の患者は長期服用が困難になるというデータがあります。主な副作用は骨髄抑制(白血球減少)、急性膵炎(リスク約2%)、肝障害、消化器症状などです。
厳しいところですね。さらに踏み込んだデータとして、アザチオプリンを用いて長期ステロイドフリー寛解を達成できる割合は全体で20%程度、ロイケリン(6-MP)でも35%程度にとどまるという報告があります。つまり「チオプリンで全員が救われるわけではない」という現実を念頭に置く必要があります。
チオプリン製剤の投与量は個人差が大きく、代謝酵素(TPMT活性)の確認や開始後の定期的な血液検査(白血球数、肝機能)によるモニタリングが必須です。投与初期には2〜4週ごとの血算チェックが推奨されています。チオプリンが条件です。それを怠ると、骨髄抑制の発見が遅れるリスクがあります。
参考資料:コクランデータベース「潰瘍性大腸炎の寛解維持のためのアザチオプリン及び6-メルカプトプリン」
https://www.cochrane.org/ja/evidence/CD000478_are-azathioprine-and-6-mercaptopurine-effective-drugs-long-term-treatment-ulcerative-colitis
チオプリン製剤で寛解維持が不十分な場合、またはチオプリン不耐の場合、次のステップとして生物学的製剤やJAK阻害薬が検討されます。これが難治例のステロイド依存患者に対する「先進的治療」への移行です。
現在使用できる主な薬剤は以下の通りです。
- 抗TNF-α抗体製剤:インフリキシマブ(レミケード®)、アダリムマブ(ヒュミラ®)、ゴリムマブ(シンポニー®)
- リンパ球輸送阻害薬:ベドリズマブ(エンタイビオ®)
- 抗IL-12/23抗体製剤:ウステキヌマブ(ステラーラ®)
- JAK阻害薬:トファシチニブ(ゼルヤンツ®)、フィルゴチニブ(ジセレカ®)、ウパダシチニブ(リンヴォック®)
これは使えそうです。大規模治験データにおける1年後ステロイドフリー寛解率のランキングでは、ゼルヤンツ(トファシチニブ)、ステラーラ(ウステキヌマブ)、レミケード(インフリキシマブ)などが上位に挙げられています。実臨床での抗TNF-α抗体の長期ステロイドフリー寛解率は、寛解導入に成功した患者では約60%を維持するとされています。全体では30%程度という報告もあります。
薬剤選択に明確な単一の指針はなく、重症度・治療歴・安全性・患者背景(年齢、妊娠希望、既往歴)などを総合的に判断するのが原則です。例えば高齢者や多くの併存症を持つ患者では、感染リスクが相対的に低いベドリズマブや抗IL-23抗体製剤が適する場合があります。一方で迅速な効果発現が求められる重症例では、抗TNF-α抗体やJAK阻害薬が優先されることがあります。
JAK阻害薬は経口薬という利便性が大きな特長ですが、帯状疱疹や心血管イベントのリスクに留意が必要です。2剤目のJAK阻害薬への切り替えでも、全体の約47.9%がステロイドフリー寛解を達成したという報告があります。これは選択肢として十分に検討する価値があります。
また注目の動きとして、2025年6月にS1P受容体調整薬のエトラシモド(ベルスピティ®)が承認されています。既存治療で効果不十分な中等症〜重症UCへの適応で、1日1回経口投与という利便性も評価されています。治療の幅が広がっているということですね。
参考資料:難治性潰瘍性大腸炎治療(診断と治療社、2026年3月)
https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.34433/dt.0000001700
ステロイドは優れた寛解導入薬ですが、寛解維持効果はほとんどありません。にもかかわらず、長期に使い続けた場合のリスクは非常に大きなものです。
2025年に発表されたJ Crohns Colitis誌の事後解析では、UC臨床試験においてステロイドを使用した患者は非使用患者と比べて1年後の有害事象(AE)発生率が有意に高く(75.2% vs 67.6%、p<0.001)、多変量解析でステロイドはAEの独立したリスク因子であることが確認されました(オッズ比1.5、95%CI 1.3〜1.8)。痛いですね。つまりステロイド継続それ自体が、治療リスクを1.5倍に引き上げているということです。
代表的な有害事象を整理すると以下の通りです。
- 🦴 骨粗鬆症・骨折リスク:長期ステロイド治療患者の30〜50%に骨折が起こるとの報告がある。投与3ヵ月以内に終了すれば骨粗鬆症は回避できるが、栄養状態が悪い患者では短期でも骨折を起こすケースがある
- 🦠 易感染性・日和見感染:免疫抑制作用により肺炎・真菌感染・サイトメガロウイルス(CMV)感染のリスクが上昇する
- 🩸 副腎皮質機能不全:長期投与後の急な中止・急病時には副腎クリーゼのリスクがある
- 👁 白内障・緑内障:長期使用で視力障害リスクが上昇する
- 🍬 耐糖能異常・糖尿病:血糖値の上昇が起こりやすく、既存糖尿病の悪化にも注意が必要
さらに、ステロイドで寛解導入を繰り返すほど次回の有効性が低下するというデータも存在します。これはなぜ早期に次の治療へ切り替えるべきかを裏づける重要な根拠となります。
また、レクタブル(注腸フォーム)などの局所ステロイドも、長期間投与すれば経口ステロイドと同様の副腎不全・ムーンフェイス・ざ瘡などの全身性副作用が出現することが確認されています。「局所だから安全」という思い込みは危険です。注意すれば大丈夫です。でも定期的な評価が必要です。
参考資料:潰瘍性大腸炎治療におけるステロイド併用は有害事象リスクを1.5倍に増加(ケアネット・アカデミア)
https://academia.carenet.com/share/news/89af94d5-56a1-4344-a9c1-bae8ed2e56f4
その結果は衝撃的なものでした。ステロイド依存性と分類された429例のうち、チオプリン製剤による治療を開始したのは128例(29.8%)、先進的治療を開始したのは75例(17.5%)にとどまり、残る226例(52.7%)はチオプリン製剤も先進的治療への切り替えもないまま、ステロイド治療のみを継続していることが明らかになりました。
これが基本です。つまり約半数以上の依存例が、ガイドラインの推奨する次の一手を踏めていないという現実があります。
なぜこうした状況が生まれるのでしょうか?考えられる背景として、「とりあえずステロイドで症状が落ち着いているから」という短期的評価に留まること、チオプリンや生物学的製剤の副作用・管理の煩雑さへの懸念、患者側の治療変更への抵抗感、そしてフォローアップ体制の問題などが挙げられます。
しかし、長期のステロイド継続がもたらす有害事象リスクはすでに述べた通りです。「動かさないことのリスク」を正しく評価することが、医療従事者として求められる視点です。
また、ステロイド開始から3ヵ月以内の中止率は治療法にかかわらず3〜6%と非常に低いという同研究のデータも存在します。依存例は「なんとなく継続」ではなく、積極的な治療最適化のアクションが必要な状態と認識し直すことが重要です。結論は早期介入が原則です。
特に消化器内科専門医・IBDセンターとの連携体制が整っていない施設では、専門医へのコンサルトを積極的に検討することで、患者の治療アウトカムを大きく改善できる可能性があります。
参考資料:ステロイド依存性潰瘍性大腸炎患者の半数以上が治療ガイドラインに沿わず(ケアネット・アカデミア)
https://academia.carenet.com/share/news/b71ddc31-645d-4fb4-95ca-8b14eca75be3
参考資料:日本消化器病学会 炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2020
https://www.jsge.or.jp/committees/guideline/guideline/pdf/ibd2020_.pdf