アトピー性皮膚炎の病態はTh2が主役だという前提で治療設計すると、ILC2介在性の炎症を見落とし患者の治療反応が得られない場合があります。
ILC2(group 2 innate lymphoid cells:2型自然リンパ球)は、2010年に初めて報告された自然免疫系リンパ球のサブセットです。従来、アレルギー疾患の病態はIgEと獲得免疫系(Th2細胞)が中心と考えられてきましたが、ILC2の発見によりその理解は根本から書き換えられつつあります。
ILC2はT細胞やB細胞と同じリンパ系共通造血前駆細胞(common lymphoid progenitor)から分化します。しかしT細胞と決定的に異なる点は、抗原特異的な受容体(TCR)を持たないことです。つまり、ダニや花粉といったアレルゲンへの感作が成立していなくても、IL-25・IL-33・TSLP(胸腺間質性リンパ球新生因子)という上皮由来サイトカインに反応して速やかに活性化されます。これが自然免疫系としての最大の特徴です。
活性化したILC2はGATA3という転写因子を発現し、IL-4・IL-5・IL-13・IL-9などのTh2型サイトカインを大量に産生します。つまり、ILC2はTh2細胞が担うはずの「2型サイトカインの洪水」を、抗原感作なしに引き起こせる細胞といえます。これが臨床上の重要な盲点になりえます。
ILC2は皮膚・肺・脂肪組織に特に多く常在しており、アトピー性皮膚炎(AD)・気管支喘息・アレルギー性鼻炎といったアレルギーマーチのすべてのステージに関与しています。病原体などの外界刺激を受けた皮膚上皮がTSLP・IL-33・IL-25を放出すると、ILC2が即座に活性化し2型炎症の火蓋を切ります。その後、活性化ILC2はTh2細胞の分化を促進し、B細胞からのIgE産生にも寄与することが明らかになっています。ILC2は自然免疫と獲得免疫の橋渡し役として機能しているということですね。
| 特性 | ILC2 | Th2細胞 |
|---|---|---|
| 分類 | 自然免疫系リンパ球 | 獲得免疫系リンパ球 |
| 抗原特異的受容体 | なし(TCRを持たない) | あり(TCRを持つ) |
| 活性化トリガー | TSLP・IL-33・IL-25(上皮由来サイトカイン) | 抗原提示細胞による抗原提示+IL-4 |
| 産生サイトカイン | IL-4・IL-5・IL-13・IL-9 | IL-4・IL-5・IL-13・IL-21 |
| 反応速度 | 非常に速い(自然免疫として即応) | 遅い(感作と分化に時間が必要) |
| 常在する主な臓器 | 皮膚・肺・脂肪組織 | リンパ節・血中・炎症局所 |
参考:ILC2の発見経緯と基本的な役割を概説した研究報告
理化学研究所「自然リンパ球によるアレルギー抑制機構を解明」(2015年)
アトピー性皮膚炎の皮膚では、フィラグリン(Filaggrin)遺伝子変異などを背景にバリア機能が低下しています。このバリア機能障害こそが、ILC2活性化カスケードの出発点です。
バリアが破綻した皮膚上皮細胞(ケラチノサイト)は、乾燥・掻破・微生物・プロテアーゼなどの刺激に対して過敏に反応し、TSLP・IL-33・IL-25を放出します。これらの上皮系サイトカインが皮膚に常在するILC2の受容体(ST2・IL-25受容体・TSLP受容体)に結合すると、ILC2が活性化されてIL-5・IL-13などを大量産生します。IL-13が産生されると、それがさらにケラチノサイトに働いてフィラグリンの発現を抑制し、バリア機能をさらに低下させます。バリア破綻とILC2活性化の悪循環というメカニズムです。
さらに、兵庫医科大学の今井康友らによるシングルセルRNA-seq解析(2021年・JID Innovations誌)の研究では、皮膚ILC2に2つの機能的サブセットが存在することが初めて明らかにされました。一方は「Skin-Resident ILC2」で、皮膚に留まりTh2サイトカインを高産生することで局所炎症を維持します。もう一方は「Circulating ILC2」で、MHCクラスII関連遺伝子を発現してリンパ節に遊走し、獲得免疫系のTh2細胞分化を促進する役割を担います。これは興味深いですね。2種類のILC2が分業して、局所炎症の維持と全身のアレルギー感作の両方を担っていることになります。
また、ILC2とケラチノサイトの共培養実験では、ILC2が存在する条件下で皮膚バリア機能(経表皮電気抵抗・細胞間隙透過性)が有意に低下することも確認されています(KAKENHI-PROJECT-18K08268)。ILC2が局所にいるだけでバリアが崩れるということですね。これは治療戦略を考える上で非常に重要な知見です。
参考:ILC2の皮膚サブセット分類に関する研究(兵庫医科大学)
科学研究費助成事業「皮膚2型自然リンパ球がアトピー性皮膚炎に与える影響の研究」(兵庫医科大学・今井康友)
ILC2が産生するサイトカインは、アトピー性皮膚炎の典型的な臨床症状に直接対応しています。これを理解することで、どの治療薬がどの経路をブロックするかが明確に見えてきます。
IL-5は好酸球の産生・活性化・生存延長の中心的なサイトカインです。皮膚病変部への好酸球浸潤はILC2由来のIL-5によって主に誘導されており、組織破壊や慢性炎症の持続に寄与します。骨髄から1日あたり約5億個もの好酸球が産生されるといわれていますが、IL-5はその産生を大幅に増幅させます。IL-13は、好酸球浸潤の誘導に加えて、皮膚のバリア機能低下(フィラグリン抑制)・掻痒関連神経の活性化・皮膚の表皮肥厚など、アトピー性皮膚炎の主要症状のほぼすべてに関与しています。つまりIL-13はADの中心的サイトカインです。
さらに、IL-33によって誘導されるIL-4がILC2自身の増殖・活性化を促進するという正のフィードバックループも存在します(医学書院UNITAS誌)。一度活性化したILC2は自己増幅的に炎症を拡大する性質を持つため、早期に炎症の上流を止めることが重要になります。
病変部皮膚ILC2はST2(IL-33受容体)・IL-25受容体・TSLP受容体をすべて発現しており、複数の上皮系サイトカインシグナルに同時に反応できる状態にあります。一方、患者の末梢血中のILC2割合は健常者との間で有意差がないことも重要な点です。つまり、血液検査のみで皮膚局所の炎症状態を推定することには限界があります。ILC2は血中で測定しても皮膚の状態がわからないことが多いということです。これは日常診療でのモニタリングに直接影響する知見といえます。
参考:アトピー性皮膚炎のサイトカインネットワークに関するレビュー
アトピー性皮膚炎の治療は近年大きく進歩しており、その多くがILC2の産生するサイトカインまたは活性化トリガーを標的としています。ILC2の活性化カスケードを起点として治療薬を整理すると、どの段階をブロックするかによって治療の特性が見えてきます。
現在わが国で使用可能な生物学的製剤の中で最も広く用いられているのが、デュピルマブ(デュピクセント®・抗IL-4Rα鎖抗体)です。IL-4とIL-13の両方の受容体をまとめてブロックするため、ILC2が産生する2型サイトカインの主要な作用をひとつの薬剤で遮断できます。2018年の国内承認以来、2023年9月には生後6か月以上の小児にも適応が拡大されており、全年齢に使用できる生物学的製剤です。3割負担の場合、初回投与は約32,000円、2回目以降は1本あたり約16,000円が目安となります(最新の薬価は確認が必要です)。
IL-4Rα抗体以外にも、IL-13を直接標的とするトラロキヌマブ(アドトラーザ®)・レブリキズマブ(イブグリース®)が国内で承認されています。これらはILC2が産生するIL-13のみをブロックする選択性があります。IL-4経路を維持しつつIL-13を選択的に遮断するため、デュピルマブで見られる結膜炎などの副作用プロファイルに違いが生じる可能性があります。
さらにILC2の活性化トリガーであるTSLPを標的とした抗TSLP抗体テゼペルマブ(テゼスパイア®)については、気管支喘息に対しては2022年9月に国内承認されていますが、アトピー性皮膚炎への適応においては中期段階の試験で有効性評価項目を十分に満たせなかったとの報告があります(Global Industry Analysts 2025年報告)。上流での介入戦略には今後の研究の進展が期待されます。
| 薬剤名(商品名) | 標的分子 | ILC2経路との関係 | アトピー性皮膚炎での国内承認年齢 |
|---|---|---|---|
| デュピルマブ(デュピクセント®) | IL-4Rα鎖 | ILC2産生のIL-4/IL-13をまとめて遮断 | 生後6か月以上 |
| トラロキヌマブ(アドトラーザ®) | IL-13 | ILC2産生のIL-13を選択的に遮断 | 成人 |
| レブリキズマブ(イブグリース®) | IL-13 | ILC2産生のIL-13を選択的に遮断 | 12歳以上 |
| ネモリズマブ(ミチーガ®) | IL-31RA | 掻痒シグナルの遮断(ILC2直接標的ではない) | アトピー性皮膚炎に伴う掻痒(成人) |
| テゼペルマブ(テゼスパイア®) | TSLP | ILC2活性化トリガーを上流で遮断 | 喘息のみ承認(ADは未承認) |
参考:日本アレルギー学会が公開している最新の分子標的治療の包括的な手引き
日本アレルギー学会「アレルギー総合診療のための分子標的治療の手引き 2025」(PDF)
ILC2研究が医療従事者にとって重要な理由は、アレルギーマーチそのものへの介入可能性にあります。アレルギーマーチとは、乳児期のアトピー性皮膚炎を起点として、食物アレルギー・気管支喘息・アレルギー性鼻炎が加齢とともに次々に発症していく一連の経過です。ILC2が皮膚・腸管・肺のすべてに常在して局所炎症を誘導できることを踏まえると、皮膚での早期ILC2活性化を抑制することがアレルギーマーチ全体を断ち切る糸口になる可能性が考えられています。これは臨床的に非常に大きな意義を持ちます。
個別化医療の観点からも、ILC2関連研究は重要です。慶應義塾大学の研究グループは2025年6月に、アトピー性皮膚炎170名の血中サイトカインを解析し、デュピルマブ治療を受けた24名を6か月間縦断的に評価した研究結果を発表しました。この研究では、血中CCL17(TARC)が2型炎症の代表的バイオマーカーとして治療前重症度評価に有用である一方、デュピルマブ治療中は血中IL-22とIL-18が疾患活動性を反映するバイオマーカーとして有用である可能性が示されています(2026年3月発表)。加えて、兵庫医科大学の研究(2021〜2024年)では、ILC2の2つのサブセット(Skin-ResidentとCirculating)が独立した役割を持つことが明らかにされており、サブセット別を標的とした治療や個別化医療の実現が期待されています。
千葉大学の研究グループは2024年7月、ILC2の新規分化メカニズムを解明したと発表しました。Th2細胞はIL-4/STAT6経路の活性化により分化するのに対して、ILC2はSTAT6が関与しない別経路で分化することが確認されています。これは重要な知見です。Th2細胞が完全に制御されてもILC2が残存して炎症を維持できることを示唆するためです。すなわち、STAT6シグナルを介さないILC2固有の分化経路を標的とした新薬開発が、既存治療で効果不十分な患者への新たな選択肢になりえます。
ILC2が単に炎症の「悪者」ではなく、寄生虫排除などの生体防御においては重要な役割も担っている点も忘れてはなりません(秋田大学研究)。つまりILC2を丸ごと抑制する治療戦略は、生体防御への影響も含めた慎重な評価が求められます。アレルギー疾患に選択的に関与するILC2のサブセットや、活性化メカニズムの特定が今後の研究の鍵です。
参考:千葉大学によるILC2の新規分化メカニズムに関する研究発表
千葉大学「2型自然免疫細胞(ILC2)の新規分化メカニズムを解明」(2024年7月)
参考:デュピルマブ治療中のAD患者における最新バイオマーカー解析(慶應義塾大学)
慶應義塾大学「デュピルマブ治療中のアトピー性皮膚炎において疾患活動性を反映する血中サイトカインを同定」(2026年3月)