エピペン®を使用したのに未注射だった——安全キャップを外し忘れるだけで命を落とすリスクがあります。
エピペン®注射液(アドレナリン自己注射薬)は、アナフィラキシー発現時の緊急補助治療剤として処方される薬剤です。その承認条件として、登録医師によるオンライン講習の受講と、処方ごとのインフォームドコンセント実施が義務付けられています。
ヴィアトリス製薬合同会社が定める「エピペン®注射液 適正使用のための理解確認事項」は、全10項目で構成されています。この書類は3枚綴り1セットになっており、1枚目が詳細説明、2枚目・3枚目が複写式の理解確認事項・適正使用同意書です。医療機関と患者がそれぞれ1部ずつ保管します(ヴィアトリス製薬への送付は不要)。
10項目の内容は以下の通りです。
| 番号 | 確認内容 |
|---|---|
| ① | アナフィラキシーの基礎知識 |
| ② | エピペン®は緊急補助のため、使用後は必ず医療機関を受診すること/必ずしも有効とは限らないこと |
| ③ | 使用時の副作用(急激な血圧上昇、脳出血等)と誤注射リスク(指の痛み・蒼白・冷感等) |
| ④ | 適正な使用方法および保管方法 |
| ⑤ | 使用するタイミング |
| ⑥ | 日頃から使用方法を訓練しておく必要性 |
| ⑦ | 連絡先シールへの処方医師名・医療機関名等の記入と携帯用ケースへの貼付 |
| ⑧ | 使用後に医療機関で治療を受けた際は使用済み製剤を医師へ返却すること |
| ⑨ | 使用期限切れの製剤は返却し、新たな処方を受けること/「重要なお知らせ通知プログラム」への登録 |
| ⑩ | 新たに処方を受ける際は改めて指導を受けること |
これが全10項目の骨格です。
重要なのは、再処方の際も⑩の通り改めてインフォームドコンセントが必要である点です。「前回説明した」では済まず、処方のたびに全項目の確認と同意書取得が求められます。これが省略された場合、承認条件違反となるため注意が必要です。
参考:ヴィアトリス製薬 エピペン登録医向け適正使用のお願い(処方手順と指導内容の詳細)
https://med.epipen.jp/pdf/Epipen_correct_usage.pdf
理解確認事項の各項目を患者に説明し、「はい/いいえ」のチェックを確認したうえで、処方医師と患者(必要に応じて保護者)の双方が適正使用同意書に署名します。これが処方の前提条件です。
インフォームドコンセントの中核は「練習用エピペン®トレーナーを用いた実演指導」です。口頭説明だけでは不十分とされており、トレーナーを実際に操作させて正しい手順を確認することが求められています。口頭で「カチッと押す」と伝えるだけでは指導として不十分です。
実際のヒヤリ・ハット事例として、薬剤師が家族Aへ正しく指導したにもかかわらず、現場では別の家族B(指導を受けていない)がエピペンを操作し、安全キャップを外さずに押し当てたため作動しなかったというケースが報告されています。患者本人が高齢や小児など、自己注射が難しい場合は「誰が代わりに注射するか」を特定したうえで、その人物に直接指導することが不可欠です。
指導の対象者を把握する。これが基本です。
また、連絡先シールの記入・貼付(⑦)も重要です。エピペン使用後に診療にあたる医師が処方医師と異なるケースを想定しています。治療担当医が処方担当医へ連絡し、診療記録を確認する必要が生じるため、携帯用ケースへの貼付を患者に必ず指導してください。
院外処方の場合は、患者自身がシールに処方医師連絡先を記入してケースに貼るよう指導が必要です。院外処方だからといって、この指導を省略することはできません。
参考:エピペン処方手順PDF(ヴィアトリス製薬合同会社)−連絡先シール貼付と重要なお知らせ通知プログラム登録の詳細
https://med.epipen.jp/pdf/EPI_SyohoTejun.pdf
多くの医療従事者が患者に「アナフィラキシーショックになったら打つ」と伝えてしまう場面があります。しかし、これは誤りです。
ショック状態になってからでは遅すぎます。
エピペン®を使用すべきタイミングは「アナフィラキシーを疑う」段階であり、具体的には以下のような症状が1つでもあれば速やかに使用します。
なぜ早期投与が重要かというと、食物によるアナフィラキシー発現から呼吸停止・心停止までの時間は平均わずか30分と報告されているからです。「アレルギー症状が出てから30分以内にアドレナリンを投与できるかどうか」が致死的転帰を左右するポイントとされています(環境再生保全機構・国立病院機構相模原病院 佐藤さくら氏の報告より)。
また、アドレナリン投与の遅れ(発症から30分以上)は二相性反応の出現にも関連することが、アナフィラキシーガイドライン2022で示されています。二相性反応とは、一度症状が改善した後に数時間〜48時間以内に再度アナフィラキシーが起こる現象で、遅延投与群で発生率が高まるとされています。
つまり、使用のタイミングが遅れると2つのリスクが生じます。①初回発作での致命的転帰、②二相性反応の誘発です。
患者への指導では「様子を見てから打つ」のではなく、「疑ったらすぐ打つ」という原則を明確に伝えることが、適正使用のための理解確認事項⑤の本質的な目標です。
参考:環境再生保全機構「アナフィラキシー時のエピペン®の使用について」(使用タイミングと症状リスト)
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/sukoyaka/column/202102_2/
理解確認事項④は「適正な使用方法および保管方法」です。ここには、規格の使い分けから保管温度まで、現場での誤りが起きやすい実務的な内容が含まれています。
📦 規格の選択基準
エピペン®には0.15mgと0.3mgの2規格があります。
体重15kg未満の小児には現行の国内承認では対応できないため、主治医と慎重に相談のうえ処方の可否を判断します。なお、アメリカでは0.15mg製剤が体重10~25kgに推奨されており、国によって基準が異なる点は知識として持っておくと良いでしょう。
🌡️ 保管温度の落とし穴
エピペン®の保管温度は15〜30℃の室温(遮光)です。冷蔵庫保管(0〜10℃)は厳禁です。
実際のヒヤリ・ハット事例では、「夏場に室温が30℃を超えるため」という理由で保育園がエピペンを冷蔵庫保管し、作動不良が懸念されるとしてメーカーが再処方を指示したケースがあります(低温下での安定性試験が行われておらず、作動上の不具合が確認されている)。冷蔵庫は不可です。
患者・保護者だけでなく、学校・保育園・職場などの管理者へも「冷蔵庫に入れないこと」を明示的に伝えることが求められます。書面での情報提供が効果的です。
📅 使用期限管理
エピペン®の使用期限は約1年です。期限が切れる前に返却・再処方が必要で、使用期限が近づいた際のリマインドとして「重要なお知らせ通知プログラム」への登録を患者に促します。登録方法はアプリ(マイエピ)・Webサイト・ハガキの3種類があり、使用期限の約1ヶ月前に通知が届きます。
使用期限管理は理解確認事項⑨に該当します。「期限切れになってから病院に行く」という患者は少なくないため、能動的な通知の仕組みを活用するよう積極的に伝えましょう。
参考:食物アレルギー対応ガイドブック(環境再生保全機構)−保管方法・使用期限・管理方法の解説
https://www.erca.go.jp/yobou/pamphlet/form/00/pdf/archives_24514.pdf
理解確認事項③は「副作用と誤注射のリスク」です。この項目は、患者・家族が過度に怖がって打てなくなることを防ぐためにも、正確な情報提供が必要です。
💉 誤注射(指・手への注射)のリスク
エピペン®はオレンジ色のニードルカバー先端が注射針側です。パニック状態では、誤って指や手に打ってしまうリスクがあります。誤注射した場合の症状は「指の痛み・蒼白・冷感」であり、重症化すれば血流障害を起こす可能性があります。
電子添文には「指または手等をオレンジ色のニードルカバー先端にあてないよう注意すること。誤って注射した場合には、直ちに医師の診察を受けること」と記載されています。
誤注射は即座に受診が必要です。
トレーナーを使った反復練習が重要なのは、緊急時に正確な操作ができるよう「身体で覚える」ためです。知識として理解するだけでは不十分であることを患者指導の場で明確に伝えましょう。
⚠️ アドレナリン投与による副作用
エピペン®の主成分はアドレナリンであるため、正常な生理反応として以下の副作用が生じ得ます。
ただし、エピペン®の有害事象発現率は3.7%と報告されており、有効性82%と比較すると命を救う効果の方が圧倒的に大きいです。副作用情報は「怖いから打たない」という誤判断を防ぐため、リスクとベネフィットを併せて伝える構成にすることが重要です。
また、患者本人や家族への指導として「エピペン使用後、受診した医療機関では使用済み製剤を担当医師に渡す」という点(理解確認事項⑧)も合わせて説明します。使用済み製剤から投与された薬剤量の確認や、その後の治療方針決定に役立つためです。使用済みを持参することは医療連携の観点からも重要です。
参考:厚生労働省 アドレナリン製剤の使用上の注意改訂について(誤注射リスクと副作用の公式通知)
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000341843.pdf
医師が処方し理解確認事項を取得した後も、適正使用を継続的に担保するには多職種の関与が欠かせません。これは、検索上位の記事では十分に論じられていない視点です。
2025年に日本病院薬剤師会誌(Vol.51, No.3)に掲載された研究では、小児アドレナリン自己注射患者の保護者を対象とした「エピペン薬剤師外来」の成果が報告されています。薬剤師がAAI(アドレナリン自己注射)指導を専任で実施し、「エピペン®注射液適正使用のための理解確認事項・適正使用の同意書」の取得を支援した結果、患者・保護者の理解度と手技の習熟度が向上したとされています。
薬剤師外来は有効な手段です。
この取り組みが示すのは、「医師が1回説明して同意書をとる」だけでは適正使用の実効性が担保されないという現実です。特に小児患者の場合、保護者が変わる・成長に伴い患者本人が使用するようになる・保育園や学校の担当者が変わるなど、指導の対象者が変化し続けます。
実務的な対策として次の3点が有効です。
医師・薬剤師・看護師・学校教職員が情報を共有する体制があれば、適正使用の連続性が保たれます。処方時の書類取得はスタート地点にすぎません。
なお、エピペン®は自己注射指導管理料の対象薬剤であり(2011年9月より保険適用)、定期的な在宅自己注射指導管理に関する算定と組み合わせることで、継続的な指導体制を制度的に裏付けることができます。制度の活用が継続的なフォローを可能にします。
参考:日本薬局方 アドレナリン注射液 電子添文・インタビューフォーム(日本病院薬剤師会誌による薬剤師外来研究の背景情報)