加水分解食を使っても、犬の食物アレルギーの約80%はリンパ球介在型のため症状が改善しないケースがあります。
除去食試験とは、原因となりうる食材をすべて除いた食事を一定期間与え、症状の変化を観察することで食物アレルギーを診断する検査法です。犬の食物アレルギーは、体が特定のタンパク質を「異物」と認識し、免疫反応を引き起こすことで、顔まわり・足先・脇・腹部の痒みや赤み、繰り返す外耳炎、あるいは慢性的な下痢・嘔吐などの消化器症状として現れます。
重要なのは、この疾患の診断において血清IgE検査は補助的な位置づけにとどまるという点です。IgE検査の陽性的中率は15〜100%と報告ごとに大きくばらつきがあり、偽陽性・偽陰性の両方が起こり得ます。また犬の食物アレルギーの約80%はIgEではなくリンパ球が介在する遅延型(IV型)アレルギーであるため、IgE検査のみを根拠にフードを選択することは科学的根拠に乏しく、診断を遠回りさせるリスクもあります。
つまり診断の基本は除去食試験です。この試験は「検査」と「治療」を兼ねており、食物アレルギーの可能性が高い症例において最も信頼性の高い手段として位置づけられています。
診断手順に入る前に忘れてはならないのが、他疾患の除外です。疥癬症・毛包虫症・膿皮症・マラセチア皮膚炎などの非アレルギー性皮膚疾患が混在していないことを皮膚検査や細胞診で確認してから、はじめて除去食試験に進むのが原則です。これが条件です。
湘南ルアナ動物病院|犬の食物アレルギーの診断の流れ(他疾患除外から負荷試験まで)について詳しく解説
除去食試験に使用するフードは大きく「加水分解タンパク食」「新奇タンパク食」「手作り食」の3種類に分けられます。それぞれの特性を正確に理解することが、試験の成功率を左右します。
加水分解タンパク食は、タンパク質の分子を酵素処理によって極限まで小さく分解し、免疫系から「タンパク質」として認識されにくくしたフードです。ロイヤルカナンの「アミノペプチドフォーミュラ」やヒルズの「z/d」などが代表例で、動物病院専売の療法食として流通しています。食歴が不明な症例や、多数のタンパク源に暴露歴のある症例で有効な選択肢となります。
ただし重要な留意点があります。IgEタイプ(I型)のアレルギーには有効ですが、犬の食物アレルギーの多くを占めるリンパ球介在型(IV型)では、加水分解処理されていても反応する可能性があります。また、市販フードによってタンパク質の加水分解度はさまざまで、十分に分解されていない製品では試験が不成立になることもあります。加水分解食が有効なら食物アレルギーの存在は示唆されますが、どのタンパク質が問題かは特定できません。
新奇タンパク食は、その症例が過去に一度も摂取したことのない食材(新規タンパク源)で構成されたフードです。鹿肉・カンガルー・ウマなど珍しいタンパク源が採用されることが多く、セレクトプロテインシリーズ(ロイヤルカナン)やヒルズのオールスキンバリア(エッグ&ライス)などが例として挙げられます。アレルゲンとなるタンパク質の種類を絞り込んでいけるため、診断的価値が高いとされています。これが原則です。
ただしこちらにも落とし穴があります。「新奇」の定義は個体ごとの食歴に完全に依存するため、正確な生涯栄養歴を事前に聴取することが必須です。また、牛肉・鶏肉・乳製品・小麦など、市販フードに広く使用されているタンパク源は多くの症例がすでに暴露済みのため除外する必要があります。過去に少量でも摂取歴があれば、その時点で「新奇」とは言えず、試験は成立しません。
手作り食は市販フードでは対応できない多アレルゲン症例に使われますが、栄養バランスの維持が難しく、除去食試験期間限定の使用にとどめ、アレルゲン特定後は総合栄養食に切り替えることが推奨されます。
| 種類 | メリット | デメリット・注意点 |
|---|---|---|
| 加水分解食 | 食歴不明例・多暴露例に対応できる | IV型アレルギーに無効なケースがある。アレルゲン特定不可 |
| 新奇タンパク食 | アレルゲンを絞り込める。診断的価値が高い | 正確な食歴聴取が前提。猫は選択肢が少ない |
| 手作り食 | 食材を完全にコントロールできる | 栄養バランス維持が困難。長期使用は不適 |
「完全な除去食試験用フードというものは存在しない」という事実は、臨床現場ではよく知られています。そのため一度の除去食試験で診断がつかないことも多く、同じ症例に対して複数のフードを試みることがあります。この認識を飼い主に事前に共有しておくと、試験が長期化した際のコンプライアンス低下を防ぐことにつながります。
めぐり動物病院 元代々木|除去食試験に使用されるフードの種類と臨床的な使い分けの解説
除去食試験の推奨期間は皮膚症状の場合、一般的に8〜12週間とされています。この根拠は皮膚のターンオーバーサイクルが約3週間であること、また適切な除去食を用いた場合に4週間で症例の約50%が、8週間で約90%以上が改善するというデータに基づいています。消化器症状(下痢・嘔吐)が主訴の場合は1〜2週間で反応が見られることが多く、比較的早期に判定できます。
試験開始時に痒みスコアを10段階で数値化し、可能であれば患部の写真記録を残しておくことが重要です。試験の途中経過を「見た目」だけで評価すると改善の程度を過小・過大に評価しやすく、客観的な記録が判定精度を高めます。これは使えそうです。
痒みが強い状態で試験を開始した場合は注意が必要です。すでに強い炎症が起きている状態では、フードを変えても炎症の鎮静化だけで2〜3週間かかるため、除去食の効果が評価しにくくなります。この場合はステロイド(プレドニゾロン)または抗掻痒薬(オクラシチニブ・イルノシチニブなど)を短期間使用して炎症を落ち着かせ、休薬後に除去食の有効性を判定する変法が有効です。
判定結果は大きく3パターンに分けられます。
結論はこの3パターンで整理できます。なお、試験期間中に選択したフード自体に当該症例のアレルゲンが含まれていた場合は改善しないため、「効果なし=食物アレルギーでない」とは即断できません。その場合は別のタンパク源のフードで再試験することを検討します。
21動物病院おおたかの森|痒みスコアの活用・除去食試験の判定方法・変法(痒み止め併用)について解説
除去食試験を実施する上で飼い主への指導として最も重要なのが、「フード以外のものを一切与えない」という徹底したコンプライアンスの確保です。おやつ・歯磨きガム・デンタルガム・サプリメント・人間の食べ物の食べこぼし・同居犬のフードへのアクセス、これらすべてが試験を無効化するリスクとなります。一口でも別のものを食べた時点で試験はリセットされると考えてください。
特に見落とされやすいのが予防薬です。チュアブルタイプのフィラリア予防薬やノミ・マダニ予防薬は、嗜好性を高めるために牛・豚・大豆・乳製品などが添加されている製品があります。試験中もフィラリア予防を継続しなければならない場合、これらのフレーバー入り製品をそのまま使用すると試験の信頼性が失われます。除去食試験中は錠剤タイプ・スポットオンタイプ・注射薬などに切り替えることが推奨されます。厳しいところですね。
また、家族全員に試験のルールを事前に共有することも欠かせません。ある調査によれば、食物除去試験の実施において飼い主の教育・コンプライアンス管理・再負荷試験の実施が課題として浮き彫りになっており、再負荷試験を実際に行った飼い主はわずか10%にとどまっていました。試験が適切に実施されているかどうかを定期的に確認するフォローアップが、試験の成功率を高める上で重要です。
さらに注意すべき点として、食糞や拾い食いも試験を無効化させます。散歩中に他の犬の糞を食べたり、外出先で食べ物のカスを拾い食いしたりしないよう、飼い主への指導を徹底することが必要です。同居動物がいる場合は、食事の場所・食器を完全に分けることも徹底します。
ワンペディア(アイペット損保)|食物除去試験・食物負荷試験の注意事項の一覧と実施ステップについて解説
除去食試験で症状が改善した後、多くの飼い主は「このフードを続ければ大丈夫」と考えて試験を終了してしまいがちです。しかし、アレルゲンとなっている具体的な食材を特定するためには食物負荷試験(provocation test)が不可欠です。除去食試験はあくまでも「食物アレルギーが関与しているかどうか」を確認するもの。具体的な原因食材を絞り込むのが負荷試験の役割です。
負荷試験では、除去食以前に与えていた食材を1品目ずつ再導入し、症状が再発するかどうかを観察します。初日はごく少量から開始し、3〜7日かけて徐々に増量します。アレルギー反応(陽性)は通常、投与開始から7〜14日以内に現れることが多く、特に3日以内に初期症状が現れるケースが多い傾向があります。指間・肉球周囲・腋窩・耳介など反応が出やすい部位を丁寧に観察することが重要です。
症状が再発した場合は直ちに負荷試験を中止し、必要に応じてステロイド剤・抗掻痒剤を短期間使用して鎮静化した上で、次の品目の負荷試験に移ります。
確かに負荷試験には手間と時間がかかります。ただし、獣医用療法食は一般フードと比べて価格が高く、長期的な継続が経済的に負担となる飼い主も少なくありません。負荷試験によって安全に食べられる食材を特定することで、市販フードへの切り替えが可能になり、飼い主の管理負担と経済的コストを大幅に下げられます。これがメリットです。
負荷試験を実施した場合、症状の再発パターンとして24時間以内に現れたケースが12.5%、1〜3日が37.5%、4〜7日が25%、8〜14日が25%という報告があります(カナダの調査研究より)。この時間幅の広さは、飼い主が「問題なかった」と早合点して次の食材に進まないための指導の根拠として有用です。1品目あたり最低でも2週間の観察期間を設けることが推奨されます。
EBM獣医学 journal club|飼い主の食物アレルギーに関する知識と行動を調べた論文(カナダ研究)のEBM解説。除去食試験・再負荷試験のコンプライアンス実態が詳細に記述されている
除去食試験を適切に実施しても改善が見られない場合、または改善が不完全な場合、見落としがちな視点があります。それは食物アレルギーとアトピー性皮膚炎の併発、あるいは腸内環境の乱れが症状の持続に関与しているケースです。
アレルギー性皮膚炎の約30%は食物アレルギーとアトピー性皮膚炎が同時に存在していると報告されています。この場合、除去食だけでは痒みが完全には収まらず、「食物アレルギーでなかった」と誤判定されるリスクがあります。「やや改善したが残存」という結果パターンに出くわしたとき、まず疑うべきは併発です。アトピー性皮膚炎に対しては別途、環境アレルゲンのコントロールや抗掻痒薬の長期管理が必要になります。
また見逃されやすいのが、食物アレルギーにおける腸内フローラの関与です。腸内環境が乱れた状態では免疫バランスが崩れ、本来反応しないはずのタンパク質に対しても過敏反応が起きやすくなる可能性があります。腸内環境の改善を目的としたプロバイオティクスの補助的活用は、除去食試験の効果を底上げする手段として研究が進んでいます。現時点では補助的な位置づけにとどまりますが、長期にわたる消化器症状が並存する症例ではとくに検討の余地があります。
さらに、血液検査を用いた食物アレルギー検査(リンパ球反応検査)を先行的に活用することで、「除去すべき食材」と「試験に使える候補タンパク源」を事前に絞り込むアプローチも近年広がっています。確定診断には除去食試験が必要ですが、リンパ球反応検査の結果を参考にフードを選択することで、試験の成功率が高まる利点があります。
ただし、この方法も万能ではありません。リンパ球反応検査はあくまでも参考値であり、結果がフード選択の絶対的根拠にはなりません。「検査陰性でも食べると症状が出る」ことも実臨床ではしばしば経験されます。検査と試験を組み合わせながら、症状・食歴・生活環境を総合的に評価することが欠かせません。つまり組み合わせが条件です。
武蔵野まりん動物病院|除去食試験の進め方と判定パターン(改善・残存・不変)の解説。皮膚科認定医によるコメントも収録