PROの測定結果を無視した治療計画は、患者の生存率を最大15%低下させる可能性があります。
患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome:PRO)とは、患者本人が自分の健康状態・症状・機能・QOL(生活の質)について直接報告したアウトカムデータのことです。医師や看護師などの医療従事者による解釈や判断を介さず、患者自身の言葉・評価がそのまま指標となる点が最大の特徴です。
これは重要なポイントです。従来の臨床アウトカム(生存率、検査値、画像所見など)は医療者側が客観的に測定するものでしたが、PROはその主体が患者本人に移ります。つまりPROは「患者の視点で見た治療効果」を可視化するものです。
米国FDA(食品医薬品局)は2009年に「Patient-Reported Outcome Measures: Use in Medical Product Development to Support Labeling Claims」というガイダンスを発表し、PROを医薬品の承認審査における有効性評価の主要エンドポイントとして正式に認める立場を示しました。これ以降、PROは臨床試験・医療実践の両方で不可欠な概念として世界に広まりました。
PROが測定する内容は大きく3つに分類されます。
これが基本です。PROはあくまで患者本人の自己申告ですが、だからこそ医療者が見落としがちな「患者が実際に感じている苦しさ」を拾い上げることができます。
PROを測定するために用いる標準化された質問票・尺度をPROM(Patient-Reported Outcome Measure)と呼びます。PROとPROMは混同されがちですが、PROが「概念」であるのに対し、PROMは「測定手段(ツール)」を指します。この違いだけは覚えておけばOKです。
代表的なPROMには以下のものがあります。
これは使えそうです。PROMを選ぶ際には「測定したい概念に合った尺度か」「対象疾患・患者集団に妥当性が確認されているか」「回答負担が過大でないか」の3点を必ず確認してください。
また、近年ではePRO(electronic PRO)と呼ばれる電子デバイス(タブレット・スマートフォン)を使ったデータ収集が急速に普及しています。ePROは紙のPROMと比較して、入力ミスの減少・リアルタイムデータ収集・患者の利便性向上という3つのメリットが確認されています。特にがん化学療法中のモニタリングでは、ePROによるリアルタイム症状把握が有害事象の早期発見と生存期間延長につながるという報告が複数の無作為化比較試験で示されています。
参考:日本臨床腫瘍学会による患者報告アウトカム関連ガイドライン情報
日本臨床腫瘍学会(JSMO)公式サイト
PROが臨床的に重要な理由は、医療者の客観的評価と患者の主観的体験の間に大きなギャップが生じることが多いからです。意外ですね。
代表的な研究として、Baschら(2016年)がJAMAに発表したランダム化比較試験があります。この試験では、進行がん患者に対してePROを用いたリアルタイム症状モニタリングを行ったグループは、通常ケアグループと比較して全生存期間が約5カ月延長(中央値:31.2カ月 vs 26.0カ月)したことが示されました。生存期間延長に直結するデータです。
PROが臨床にもたらす意義は大きく4点にまとめられます。
つまりPROは、患者の「生きている実感」を医療の意思決定に組み込む架け橋です。これは医療の質向上と患者中心ケア(Patient-Centered Care)の実現に不可欠な概念といえます。
国際的な臨床試験では、PROは主要エンドポイントまたは副次エンドポイントとして組み込まれることが標準になりつつあります。これが原則です。
米国FDAのガイダンス(2009年)以降、欧州医薬品庁(EMA)も同様の方針を示し、新薬の添付文書に患者のQOLや症状改善に関するPROデータを記載することが求められるケースが増加しています。例えばオンコロジー領域では、全生存期間(OS)やPFS(無増悪生存期間)だけでなく、患者が報告する症状負担の軽減がエンドポイントとして採用される試験が増えています。
日本国内の状況はどうなりますか?PMDAは2020年代に入り、医療機器・医薬品の承認審査においてPROデータの活用を積極的に推進する姿勢を明確にしつつあります。ただし国内では、日本語に翻訳・文化的適応(Cultural Adaptation)されたPROMの整備がまだ十分ではなく、英語原版のPROMをそのまま使用することで生じる測定誤差が課題として指摘されています。
また、日本の外来診療では診察時間が平均3〜5分程度と短いため、PROMの記入・フィードバックを診療フローに組み込む体制整備が難しいという実態もあります。厳しいところですね。この課題への対応として、受付時にタブレットでPROMに回答し、電子カルテに自動連携する仕組みを導入した施設(がんセンターや大学病院)が少しずつ増えてきています。
PROの臨床試験への適切な組み込みについては、国際的なガイドラインであるSPIRIT-PRO(Standard Protocol Items: Recommendations for Interventional Trials – Patient-Reported Outcomes)やCONSORT-PROを参照することが推奨されています。これらは試験計画書・論文報告におけるPROの記載水準を国際的に統一するための指針です。
参考:PMDAによる患者向け情報・医薬品評価関連情報
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)公式サイト
PROの導入において、多くの医療機関が見落としているリスクがあります。それが「測定疲労(Measurement Fatigue)」です。
測定疲労とは、PROの回答負担が高くなることで患者の回答率が低下し、データの信頼性が損なわれる現象です。研究によれば、質問項目数が50項目を超えるPROMを継続的に使用した場合、6カ月後の回答完了率が初回比で約40%低下するというデータが報告されています。データが集まらなければ意味がありません。
この問題を防ぐための実践的な運用設計のポイントは3つです。
実際に回答率を高めるための工夫として、「PRO回答の目的を患者に事前に説明する」「回答後にパーソナライズされたフィードバックを提供する」という2点が特に効果的であることが複数の介入研究で示されています。
これは現場ですぐ使えます。PROMの導入を検討している施設では、まずパイロット運用として1疾患・1病棟に限定して試行し、回答率・スタッフの負担・フィードバックの質を6カ月間モニタリングすることをお勧めします。その結果を踏まえて全科展開するというステップが、現実的かつ持続可能な導入戦略です。
なお、電子版PROの運用プラットフォームとしては国内外でさまざまなSaaSが提供されています。選定にあたっては「電子カルテとの連携可否」「日本語対応PROMのライセンス取得状況」「患者データのセキュリティ基準(ISMS/HIPAA準拠)」の3点を必ず確認してください。
参考:国立がん研究センターによるQOL・患者支援関連情報
国立がん研究センター公式サイト
参考:日本医療研究開発機構(AMED)によるPRO関連研究情報
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)公式サイト