混合診療が認められていないと思っているなら、あなたはすでに患者の選択肢を1つ奪っています。
患者申出療養は、2016年4月に健康保険法の改正によって新設された制度です。それ以前は、保険診療と保険外診療を組み合わせる「混合診療」は原則として禁止されており、患者が未承認の治療を希望しても、保険給付が全額外れるリスクがありました。この制度はその壁を一部取り除いたものです。
先進医療との最大の違いは「申請主体」にあります。先進医療は医療機関や企業が国に対して申請するのに対し、患者申出療養は患者本人(または家族)が臨床研究中核病院を通じて申し出る仕組みです。つまり患者が制度の起点になります。これは大きな違いですね。
保険診療と組み合わせることが認められているため、保険適用部分の費用は通常通り保険でカバーされます。患者が全額自己負担になるわけではない点は、医療従事者として正確に伝える必要があります。ただし、患者申出療養に係る費用そのものは全額自己負担です。
先進医療との比較を以下に整理します。
| 比較項目 | 患者申出療養 | 先進医療 |
|---|---|---|
| 申請者 | 患者(臨床研究中核病院経由) | 医療機関・企業 |
| 審査期間(原則) | 6週間(既承認技術は2週間) | 3〜6ヶ月程度 |
| 実施可能施設 | 臨床研究中核病院+連携医療機関 | 厚生労働大臣が承認した施設のみ |
| 費用負担 | 療養部分は全額自己負担、保険診療部分は通常通り | 同左 |
| 根拠法令 | 健康保険法第63条第2項第4号 | 健康保険法第63条第2項第3号 |
審査の迅速性が患者申出療養の特徴です。6週間という期間は、生命予後が限られた患者にとって非常に重要な意味を持ちます。
厚生労働省は患者申出療養の審査・承認状況を一覧として定期的に公開しています。この一覧は「患者申出療養の実績報告」および「評価会議資料」として厚生労働省のウェブサイトに掲載されており、医療従事者であれば定期的に確認しておくべき情報源です。
一覧には以下の情報が含まれています。
2024年時点の公開データによると、制度開始の2016年以来、累計の申出件数は決して多くありません。これが意外ですね。制度が存在していても、実際の利用が広がりにくい背景には、患者・家族が制度の存在を知らないケースが多いこと、そして申請窓口となる臨床研究中核病院へのアクセスに地理的・情報的な格差があることが挙げられます。
一覧の確認先は厚生労働省の以下のページが基本です。「患者申出療養に係る申出・審査状況」として定期更新されています。
厚生労働省:患者申出療養について(申出・審査状況の一覧を含む公式ページ)
承認一覧は定期更新されます。最新の承認状況を確認する際は、このページを直接参照してください。
申請フローを正確に理解しておくことは、患者から相談を受けた際に適切な情報提供を行ううえで不可欠です。流れはシンプルですが、関与機関が複数あります。
申請の大まかな流れを整理します。
臨床研究中核病院とは、文部科学省・厚生労働省が承認した特定機能病院の中でも、臨床研究の実施体制が整備された施設です。国際水準の臨床研究を主導できる機関として位置づけられています。申請窓口はここだけです。
2025年時点で指定を受けている臨床研究中核病院は、東京大学医学部附属病院、京都大学医学部附属病院、大阪大学医学部附属病院、慶應義塾大学病院、国立がん研究センター中央病院など、主に大規模な特定機能病院が中心です。地方の患者がアクセスするには連携医療機関の活用が現実的な手段となります。
連携医療機関とは、臨床研究中核病院が申出を行った療養について、実際に実施を担う施設です。承認後に連携医療機関として登録されることで、患者が居住地に近い施設で療養を受けられる可能性が広がります。これは使えそうです。
申請書類には「患者の同意書」「担当医の意見書」「療養の科学的根拠を示す資料」などが含まれます。書類の不備は審査期間の延長につながるため、担当医が事前に臨床研究中核病院の相談窓口へ確認しておくことが重要です。
厚生労働省:患者申出療養評価会議の資料・議事録(審査の透明性確認に有用)
制度の信頼性を担保するうえで、承認・不承認の傾向を把握しておくことは実務上の判断に役立ちます。承認率だけで制度を評価するのは早計です。
厚生労働省の公開データによると、患者申出療養として審査に付された件数は制度開始から2024年度末時点で累計数十件にとどまっています。先進医療の承認件数(100件超)と比較すると、患者申出療養の利用実績は少ない状況です。制度は存在するが活用されていない、というのが現状です。
不承認となるケースには一定のパターンがあります。
安全性と有効性の根拠が原則です。審査会議では「患者の重篤性」「代替治療の有無」「医学的合理性」の3点が特に重視されるとされています。この3点が条件です。
承認された事例としては、がん領域の未承認薬使用、難治性疾患への適応外使用などが中心です。一方、審査不通過となった申出の中には、同様の療養が後日先進医療Bとして承認されたケースも存在します。患者申出療養の申出が、新たな先進医療技術の検討を促す"起爆剤"として機能することもあるわけです。
医療従事者として患者から相談を受けた際、「申出をしても承認されないかもしれない」という先入観で制度利用を否定するのは避けるべきです。審査結果にかかわらず、患者が制度を通じて医療アクセスを求めることそのものに意義があります。
制度を知っていても、現場で活かせなければ意味がありません。ここでは、実際の臨床現場で患者申出療養の情報を提供・活用するための具体的な視点を整理します。
まず重要なのは、担当患者に制度の選択肢を伝えるタイミングです。標準治療が奏功しなくなった段階、あるいは治験・臨床試験の適格基準を満たさないケースで、患者が「他に手はないのか」と感じている場面が典型的です。そのタイミングで患者申出療養の存在を伝えることは、インフォームド・コンセントの質を高めることにつながります。
次に、院内での連絡体制を整備しておくことが現実的な準備として有効です。自施設が臨床研究中核病院でない場合、どの施設が最寄りの窓口になるかをあらかじめ確認しておくと、患者への案内がスムーズになります。国立がん研究センターや大学病院の患者相談窓口は、院外からの相談も受け付けています。
費用の問題も見落とせません。患者申出療養に係る費用は全額自己負担となりますが、高額療養費制度の対象外です。つまり、月額の自己負担上限が適用されない点は、経済的に余裕のない患者にとって大きなハードルになります。厳しいところですね。
この点について患者や家族と話し合う際には、費用の見積もりを事前に入手すること、民間の医療保険に「先進医療特約」として類似する補償が含まれているかを確認することを提案できます。ただし患者申出療養は先進医療とは別制度であるため、保険約款の適用範囲の確認が必要です(保険会社への問い合わせが確実です)。
さらに、実績報告のデータを診療の参考にする視点も有用です。厚生労働省が公開する年次の実績報告書には、承認された療養ごとに実施件数・有害事象の発生状況・中止・完了の別が記載されています。自分が関心を持つ領域の療養が承認されていないかを定期的に確認する習慣をつけるだけで、新たな治療選択肢の情報収集につながります。
厚生労働省:患者申出療養の実績報告(年次データ・承認技術の詳細確認に有用)
制度の存在を知っているだけでなく、患者に対して適切な文脈で伝えられるかどうかが、医療従事者としての情報提供能力の差になります。患者申出療養の一覧を定期的にチェックする習慣が、結果として患者の選択肢を広げることに直結します。これが基本です。