泡立ちが良い石けんほど患者の肌に優しいとは限りません。
石けんの「洗浄成分」の正体は、高級脂肪酸とアルカリが結びついた化合物です。石けん系洗顔料に使われる主な高級脂肪酸は、ラウリン酸・ミリスチン酸・パルミチン酸・ステアリン酸・オレイン酸の5種類です。
この5種はそれぞれ炭素鎖の長さが異なり、炭素数が少ないほど水に溶けやすく、泡立ちが良くなる傾向があります。ラウリン酸は炭素数12(C₁₂)で、この5種の中で最も炭素鎖が短い飽和脂肪酸です。
泡立ちが良いのがラウリン酸の特長です。1955年に日本油脂が実施した泡立ち試験(Ross&Miles法)では、ラウリン酸ナトリウムセッケンの起泡直後の泡の高さは217mm、5分後も208mmを維持しました。一方でステアリン酸ナトリウムセッケンは直後25mm、5分後21mmにとどまり、起泡力では大きな差があります。
つまり泡立ちが良い=刺激が少ない、ではないということです。
かずのすけ(有機化学者・美容化学YouTuber)は、洗顔料の成分解析で長年「ラウリン酸は皮膚刺激がある石けんの原料」であることを指摘し続けています。高価格帯ブランドや低刺激処方の洗顔料ではラウリン酸を除去している製品が多く、それが品質の一つの指標になっているとも述べています。
医療従事者として患者のスキンケア相談に対応する場面では、この「泡立ちと刺激の逆説」を知っているかどうかが、的確な情報提供につながります。
参考:ラウリン酸Naの安全性・配合目的・皮膚刺激に関する詳細データ
化粧品成分オンライン:ラウリン酸Naの基本情報・配合目的・安全性
皮膚科領域で知っておきたい事実があります。石けん系脂肪酸の皮膚刺激の強さは、次の順番が知られています。
| 脂肪酸名 | 炭素数 | 皮膚刺激の強さ | 起泡力 | 洗浄力(冷水) |
|---|---|---|---|---|
| ラウリン酸 | C₁₂ | ⚠️ 最強 | ◎ | |
| ミリスチン酸 | C₁₄ | ⚠️ 強い | ◎ | ○ |
| パルミチン酸 | C₁₆ | △ 中程度 | △ | |
| ステアリン酸 | C₁₈ | △ 弱い | △ | ☓ |
| オレイン酸 | C₁₈(不飽和) | ✅ 最も穏やか | △ | ◎ |
ラウリン酸>ミリスチン酸>パルミチン酸>ステアリン酸の順で皮膚刺激が強い、というのが化粧品成分の専門的な見解です。
これは意外ですね。洗浄力で言えば逆に「ステアリン酸>パルミチン酸>ミリスチン酸>ラウリン酸」の順で強くなります。つまりラウリン酸は「洗浄力は低め・刺激性は最大」という特性を持ちます。
さらに、同じラウリン酸でもアルカリ塩の種類によって刺激が変わります。ラウリン酸カリウム(ラウリン酸K)はラウリン酸ナトリウム(ラウリン酸Na)より刺激が強く、石けん成分の中でラウリン酸K(カリウムセッケン)が最もスティンギング(チクチクした刺激感)が強いとされています(奥村秀信, 1998年報告)。
皮膚刺激に敏感な患者への洗顔料アドバイスには、このデータが参考になります。
また、ラウリン酸ナトリウムには別の注意点もあります。すすぎに使う水の硬度によって皮膚吸着残留量が変化することが明らかになっています。硬水(カルシウムイオン濃度が高い水)ですすぐと、ラウリン酸イオンがカルシウムイオンと結合して不溶性の塩を形成し、皮膚に残留します。この残留が皮膚のつっぱり感や肌荒れに関連すると示唆されています(藤原 延規, 他, 1992年)。日本の水道水は軟水なので通常問題は少ないとされていますが、硬水地域や井戸水を使用する患者では留意が必要です。
石けん系洗顔料の成分表示が難しいのは、同じ成分でも4通りの書き方があるからです。かずのすけはこれを長年ブログとYouTubeで解説してきました。知らずに「これは石けんではない」と判断してしまう患者さんや医療従事者も少なくありません。
4つのパターンは次の通りです。
③のパターンが現在最も広く使われています。たとえば成分表に「水、ステアリン酸、ミリスチン酸、水酸化K、ラウリン酸…」と書いてある場合、これは実質的に「ステアリン酸K・ミリスチン酸K・ラウリン酸K」という石けんです。
成分上位に「水酸化Na」や「水酸化K」があるのが判断のポイントです。通常の化粧品では強アルカリ成分が上位に配合されることはなく、石けんの場合にのみ原料表記として上位に記載されます。
医療従事者として患者の使用している洗顔料の成分を確認する際にも、この「水酸化K」「水酸化Na」の記載が目印になります。ラウリン酸やラウリン酸Kが成分上位にある場合は、皮膚刺激が高い石けんである可能性を念頭に置いたアドバイスが有効です。
かずのすけが特に指摘しているのは「ラウリン酸を見落としやすい③の表記パターン」です。脂肪酸名が並んでいるだけだと、石けんだと気づかない読者や消費者が多い。この成分の読み方を知っているだけで、患者へのスキンケア指導の精度が大きく変わります。
参考:かずのすけによる石けん成分の読み方解説(ブログ)
かずのすけ公式ブログ:意外と難しい?!【石けん】の成分の読み方について
ラウリン酸が多くの石けんに含まれている背景には、原料コストの問題があります。ラウリン酸を豊富に含む代表的な天然油脂が「ヤシ油(ヤシ油・コプラ油)」です。ヤシ油の脂肪酸組成でラウリン酸は約50%を占めており、ヤシ油をベースにするとどうしてもラウリン酸比率が高くなります。
ヤシ油は非常に安価で大量生産しやすい油脂です。このため市販の低価格帯石けん・ボディソープ・シャンプーの多くがヤシ油ベースで作られています。つまり、価格が安い石けんはラウリン酸を多く含む可能性が高いということです。
かずのすけはこの点について、「④の成分表記(油脂+アルカリ表記)で確認する場合は、ヤシ油以外が主成分のものを選ぶのが低刺激石けん選びのコツ」と述べています。例えばオリーブ油・コメヌカ油・アルガンオイル・パーム油(パーム油はラウリン酸含量が少ない)などが主成分になっているものは、相対的にラウリン酸含有量が少なくなります。
ただし注意点が一つあります。ラウリン酸は皮膚刺激が高い一方で、石けんの「泡立ち」に大きく貢献する成分でもあります。完全にラウリン酸を除去すると泡立ちが悪くなるため、多くのメーカーでは少量残しているのが実情です。低刺激をうたいながらも泡立ちを確保するために、ラウリン酸をわずかに配合している製品は珍しくありません。
これが条件です。「ラウリン酸ゼロ」よりも「ラウリン酸が成分表の上位にない」ことを確認することが現実的な指針になります。泡立てネットを使用するなどして物理的に起泡を補う方法も、患者への有用なアドバイスとなります。
参考:かずのすけによる優しい石けん選びの解説(ブログ)
かずのすけ公式ブログ:優しい石けん教えます。【低刺激性・泡立ち・コスパ・洗浄力】
ここでは検索上位の記事では語られにくい「医療従事者としての視点」を加えます。
皮膚科・アレルギー科・形成外科・皮膚疾患ケアに関わるすべての医療従事者にとって、洗顔料・ボディソープの選択は患者のQOLに直接影響します。例えばアトピー性皮膚炎の患者に「泡立ちがよくて安価な石けん」をすすめてしまうと、ラウリン酸含有量が多い製品を選ばせてしまうリスクがあります。
「泡立ちが良い=肌に負担が少ない」という誤解が患者に広まっているケースが非常に多いです。これは逆の関係です。
アトピー性皮膚炎の肌はバリア機能が著しく低下しており、外部刺激への感受性が高い状態にあります。ラウリン酸は短時間の洗い流し用途であれば通常使用では問題とされることが少ない成分ですが、すすぎが不十分な場合や硬水を使用している場合、または皮膚のバリア機能が著しく低下している場合には刺激になりうると考えられています。
患者指導において有効なアクションは一つです。「洗顔後に皮膚がつっぱる・赤みが続くという患者には、使用中の洗顔料の成分表の上位にラウリン酸(または水酸化Kとラウリンまたはヤシがセットで記載されている)がないか確認してみてください」と伝えることです。
また、かずのすけが指摘する「カリ含有石けん」という選択肢もあります。通常の石けん素地(水酸化Naで作った固形石けん)やカリ石けん素地(水酸化Kで作った液体石けん)のそれぞれのメリット・デメリットをカバーするために、両者を混合した「カリ含有石けん素地」が使われている製品があります。価格帯は1個2,000円〜5,000円程度が多く、市販の低価格帯石けんと比べると高額ですが、皮膚への配慮が施されている製品が多い傾向があります。
これは使えそうです。「低刺激の洗顔料を探している患者には、成分表の最初の成分が"カリ含有石けん素地"と記載されているものをひとつの目安にする」という具体的な指針として提供できます。
さらに石けん自体を使わないアプローチも存在します。かずのすけ自身は普段、石けんではなくアミノ酸系洗浄成分(ピロリドンカルボン酸塩・グルタミン酸系界面活性剤など)を配合したアイテムを使用していると述べており、石けんよりも低刺激で弱酸性に近い洗顔料が存在することも、患者に伝えられる情報です。アトピー肌や極度の敏感肌の患者に対しては、石けん系ではなくアミノ酸系洗浄成分の製品を選択肢として提示することも一考に値します。
参考:化粧品成分の安全性評価・皮膚刺激性に関する学術的情報
化粧品成分オンライン:ラウリン酸の基本情報・配合目的・安全性