10mgで始めたそのまま、実は増量せずに十分な効果が出ない患者が2〜4割いると報告されています。
レクサプロ(一般名:エスシタロプラムシュウ酸塩)は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の一種です。脳内のセロトニントランスポーター(SERT)に結合し、シナプス間隙のセロトニン濃度を上昇させることで、うつ症状や不安症状を改善します。日本では2011年にうつ病・うつ状態で承認され、2015年に社会不安障害(SAD)の適応が追加されています。
同じSSRIである他の薬剤と比べたとき、エスシタロプラムにはひとつ大きな構造的特徴があります。それは「アロステリック結合」です。
エスシタロプラムは、SERTのプライマリーサイト(主結合部位)に結合するだけでなく、アロステリックサイト(補助結合部位)にも結合します。この二点結合によって、SERTへの結合がより安定し、セロトニン再取り込み阻害作用が持続しやすくなっています。また、投与中止後もSERT占有率の低下が血漿中濃度の低下より緩やかであることから、離脱症状が他剤より少ないとされるメカニズムにもつながっています。つまり、分子レベルでの「外れにくさ」が安全性の高さに直結しているということです。
もうひとつの特徴が、セロトニン以外の受容体への作用が極めて少ない点です。パロキセチン(パキシル)などは抗コリン作用やノルアドレナリン再取り込み阻害作用を持つため、口渇・便秘・眠気・性機能障害といった副作用が生じやすいです。一方、エスシタロプラムはSERT選択性が既存SSRIの中で最も高い薬剤とされており、他の受容体への「余計な作用」が最小限に抑えられています。これが実臨床での使いやすさを支えています。
この特性がよく表れているのが、MANGA studyと呼ばれる大規模ネットワーク・メタ解析(2009年、Cipriani et al., Lancet)です。12種類の抗うつ薬を「有効性」と「忍容性(副作用への耐容度)」の両軸で比較したこの研究では、エスシタロプラムは忍容性が第1位、有効性でも上位グループに位置すると評価されています。有効性・忍容性のバランスが最も優れた抗うつ薬のひとつという評価です。
| 比較項目 | エスシタロプラム(レクサプロ) | パロキセチン(パキシル) | セルトラリン(ジェイゾロフト) |
|---|---|---|---|
| SERT選択性 | 最高 | 中程度 | 高い |
| 抗コリン作用 | ほぼなし | 強い | 弱い |
| MANGA study忍容性 | 1位 | 下位 | 2位 |
| 離脱症状の頻度 | 比較的少ない | 多い | やや少ない |
| CYP相互作用 | 少ない | 多い(CYP2D6阻害) | 中程度 |
バランスが良い薬、という理解が基本です。ただし、「副作用が少ない」と「副作用がない」はまったく別の話であることに注意が必要です。
参考:MANGA study(エスシタロプラムと他の抗うつ薬の有効性・忍容性比較)について解説
ひだまりこころクリニック|MANGA studyの結果はどのようなものですか?
「飲み始めてすぐに効果が出ない」という患者からの訴えは、処方した医師・薬剤師が共通して直面する問題です。どういうことでしょうか?
エスシタロプラムの効果発現には時間がかかります。これは血中濃度の問題ではなく、SERTの長期的な占有によるシナプス可塑性の変化に起因するとされており、神経回路レベルでの適応が生じるまでに時間を要するためです。一般的に、効果を実感するまでに2〜4週間を要することが多く、十分な効果の評価には4〜8週間の投与継続が必要です。52週間の長期投与試験においても有効性が維持されたことが国内第III相試験で確認されています。
大切なのは用量の考え方です。エスシタロプラム以外のSSRIは、開始用量から徐々に増量して有効用量に到達するのが一般的です。しかし、エスシタロプラムは開始用量の10mgが、そのまま有効用量に相当するという特徴があります。これは他のSSRIにはない大きな強みです。
ただし、それは「10mgで全員が十分な効果を得られる」という意味ではありません。
10mgで反応が不十分な場合には、1週間以上の間隔をあけて20mgへの増量が可能です。日本の添付文書では、最大1日用量を20mgと規定しています。なお、高齢者・肝機能障害患者・CYP2C19のPoor Metabolizer(遺伝的に代謝酵素が欠損している患者)では、10mgを上限とすることが求められています。この患者群では血中濃度が健常者の約2倍に達することがあり、副作用リスクが高まるためです。
また、投与開始初期には「賦活症候群(アクチベーション・シンドローム)」が現れることがあります。これは抗うつ薬の治療開始直後に、不安・焦燥・興奮・衝動性・自殺念慮などが一時的に増悪する現象であり、特に24歳以下の患者では十分な注意が必要です。添付文書においても、24歳以下の患者では自殺念慮・自殺企図のリスクが増加するとの報告があることが明記されています。開始直後の定期的なモニタリングが原則です。
参考:用法・用量・用量調整の詳細(添付文書・医薬品インタビューフォーム)
KEGG MEDICUS|医療用医薬品:レクサプロ(用法用量・警告・禁忌の詳細)
日本における正式な適応疾患は、うつ病・うつ状態(2011年)と社会不安障害(2015年)の2つです。これが条件です。
しかし、処方現場では適応外であるにもかかわらず様々な疾患に用いられているのが実態で、医療従事者としてはそのエビデンスレベルを正確に把握しておく必要があります。
海外では、日本よりもはるかに広い疾患に対して承認が得られています。欧州(EU)ではうつ病・うつ状態のほか、パニック障害・社会不安障害・全般性不安障害・強迫性障害・月経前気分不快障害(PMDD)の6疾患に適応があります。米国(FDA)では大うつ病性障害・全般性不安障害に加え、12〜17歳の青少年にも適応が認められています。
国内で適応外使用として検討される疾患を整理すると以下のとおりです。
意外ですね。これだけ幅広い病態にエビデンスが積み上がっています。
適応外処方を行う際は、患者へのインフォームド・コンセントと診療録への記載が倫理的・法的観点からも不可欠です。また、保険請求のルールとの整合性も確認が必要であり、特定疾患(OCD等)での使用では査定リスクについても事前に把握しておくことが臨床上の現実的な対策となります。
参考:社交不安障害の薬物療法とSSRIの適応に関するガイドライン
日本神経精神薬理学会|社交不安症の診療ガイドライン(PDF)
「副作用が少ない」というレクサプロのイメージが、心電図モニタリングの省略につながってしまうことがあります。これは臨床上の落とし穴のひとつです。
エスシタロプラムは、用量依存的にQT間隔を延長させる作用を持つことが添付文書に明記されています。QT延長は心室性頻拍(Torsades de Pointes:TdP)を引き起こし、最悪の場合は心室細動から突然死に至るリスクがある危険な所見です。FDA(米国食品医薬品局)は2011年に安全性通知を発行し、エスシタロプラムの40mg以上の使用を禁止するとともに、心疾患患者や低カリウム血症患者への慎重投与を求めています(日本での最大用量は20mg)。
以下のような状況では、特に注意が必要です。
添付文書では「心血管系障害を有する患者に対しては、本剤の投与を開始する前に心血管系の状態に注意を払うこと」と記載されています。厳しいところですね。
実際の対応として、処方前に12誘導心電図でQTc間隔を確認すること、そして定期的な心電図フォローアップを実施することが適切なアプローチとなります。QTcの目安として、男性で450ms、女性で460ms以上は投与前に慎重な検討が必要とされます。500ms以上では原則として禁忌と考えるべきです。
なお、同じSSRIでもフルボキサミン(ルボックス/デプロメール)やセルトラリン(ジェイゾロフト)はQT延長リスクが相対的に低いとされており、心電図異常が懸念される患者では薬剤の選択肢となり得ます。ただし薬物相互作用の観点では、エスシタロプラムが最も少ないという点も考慮が必要で、一概に別薬剤が優れているわけではありません。
「離脱症状が少ない」というレクサプロの評価は正しいですが、「ない」わけではありません。これだけ覚えておけばOKです。
長期にわたって服用してきた患者が、突然レクサプロを中止または急激に減量した場合、以下のような離脱症状が現れることがあります。一般に、薬剤の血中濃度が低下し始める中止後1〜3日で症状が出現し、2週間程度で改善するケースが多いですが、月単位で続く患者も存在します。
特徴的なシャンビリ感は患者にとって非常に苦痛な症状であり、「薬がないと生きられない」という不安を生じさせることがあります。これはあくまで中断後の一時的な神経学的反応であって、依存症とは異なります。患者への適切な説明が医療従事者の重要な役割のひとつです。
減薬プロトコルとして推奨されるのは、段階的な漸減法です。実臨床では以下のようなステップが用いられます。
離脱症状が強い場合は、短時間型ベンゾジアゼピン系抗不安薬の頓服使用を考慮します。また、フルオキセチン(日本未発売)のような半減期の長いSSRIへの切り替えを行ってから漸減する方法もありますが、日本では処方環境の制限から実施が難しいケースが多いです。
患者に対しては、自己判断で服薬を中断しないよう、処方開始時から情報提供しておくことが重大なリスク回避につながります。痛いですね。
参考:SSRI離脱症状の特徴とその対処法(詳細な解説記事)
処方の質を左右するのは、薬剤の選択だけではありません。患者への指導内容がアドヒアランスを大きく左右します。これは使えそうです。
レクサプロのアドヒアランス不良が起こりやすい場面には共通したパターンがあります。最も多いのが、効果発現前の自己中断です。患者は「2週間飲んでも何も変わらない」と感じ、自己判断で服薬をやめてしまいます。医療従事者側から見れば、4〜8週間は最低限必要な評価期間であり、これを最初にきちんと伝えることが治療成否を分けます。
もうひとつ見落とされがちなのが、服薬タイミングです。添付文書の用法は「1日1回夕食後」ですが、実際には食事の有無による吸収への影響は少ないとされています。患者の生活リズムに合わせて、「毎日同じ時間に服用できる時間帯」に変更することが飲み忘れを防ぐ現実的な対策です。就寝前への変更が有効なケースも多く、眠気の副作用を逆手に取ることもできます。
また、初期副作用(悪心・眠気・ふらつき)が出やすい服薬開始後1〜2週間は、副作用の出方を患者とともにモニタリングする機会を設けておくことが、早期脱落の防止につながります。
さらに、医療従事者に特有の課題として「セルフ処方・同僚からの融通」を念頭に置いた服薬管理があります。特にバーンアウトや職業性ストレスによるうつを抱えやすい医療従事者では、適切な専門科への受診を奨励することが、健康管理の観点から重要です。
処方後のフォローアップ体制として、投与開始から4週時点での診察予約を組み込んでおくことが、適切な用量調整と治療継続を担保するうえで効果的です。電子カルテのアラート設定やチェックリストの活用によって、見落としを最小化できます。効果のモニタリングが鍵です。
参考:レクサプロ(エスシタロプラム)の効果・副作用・服用時の注意点(医師向け解説)
日経メディカル|レクサプロ錠10mgの基本情報(薬効分類・副作用・添付文書など)