「ダーゼン」を普通に処方し続けていた医師は、年間67億円分の"有効性未確認"の薬を患者に渡していました。
セラペプターゼ(セラチオペプチダーゼ)は、カイコ(*Bombyx mori*)の腸内に共生する細菌「*Serratia marcescens*」が産生するタンパク質分解酵素です。もともとカイコが繭(まゆ)を脱出する際に、絹タンパク(フィブロイン)を溶解するために使われる酵素として発見されました。
この点はやや意外に感じるかもしれません。炎症や疼痛に使われる薬の起源が「カイコの繭溶解」だったのです。
作用機序として最もよく知られているのは、炎症巣のタンパク質分解と粘液溶解です。具体的には、炎症部位に蓄積した変性タンパク、細胞壊死産物、フィブリンなどを分解し、患部の清浄化を促すとされています。また、気道における粘液の弾性・粘性を低下させることが複数の試験で確認されており、これが去痰効果の根拠となっています。
つまり、セラペプターゼは「炎症のもとになるタンパク質を文字どおり分解する」酵素です。
重要な製剤上のポイントとして、セラペプターゼは胃酸によって容易に失活するため、経口投与には腸溶性コーティング(腸溶錠・腸溶カプセル)が必須です。腸で放出されて初めて腸管から吸収されます。ただし、経口標準用量(10mg)での腸管吸収量は非常に少量であることが知られており、これが「効果が見えにくい理由の一つではないか」と研究者の間で指摘されています。インタビューフォームにも「本剤の体内での作用機序はなお解明されていない部分が多い」と記載されているほどです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 起源 | カイコ腸内細菌(Serratia marcescens)産生 |
| 酵素の種類 | タンパク質分解酵素(メタロプロテアーゼ) |
| 主な作用 | 炎症性タンパク質の分解・粘液溶解・バイオフィルム分解 |
| 製剤条件 | 腸溶性製剤が必須(胃酸で失活) |
| 通常用量 | 10~30mg/日、1日3回食後 |
ブラッドスポットやフィブリン塊のような「不要なタンパク質」が分解対象になることから、欧州では1970年代から心血管疾患領域でも研究が行われてきました。
日本において、セラペプターゼの先発医薬品として長年使われてきたのが武田薬品工業の「ダーゼン」です。1968年に製造承認を取得し、2009年度には年間売上約67億円を誇る大型消炎酵素製剤でした。
しかし、2011年2月、武田薬品工業はダーゼンを市場から自主回収することを発表しました。これは医療従事者にとって見過ごせない事実です。
回収の経緯は次のとおりです。1988年に再評価対象品目となり、1995年の中央薬事審議会で「過去の試験で有効性が示された効能に限定する」という条件付き継続となりました。その後、武田薬品は義務として慢性気管支炎(患者311例)・足関節捻挫(患者約280例)を対象とした計3つの無作為化二重盲検プラセボ対照試験を実施。しかし結果は、主要評価項目においていずれもプラセボ群との統計学的な有意差なし、というものでした。
2011年1月の薬事・食品衛生審議会医薬品再評価部会で内容が審議され、同年2月に有効性証明が困難と判断され自主回収に至りました。これが原則です。
40年以上使われ続けてきた薬が、現代の臨床試験水準では有効性を示せなかった——この事実は、「古くから使われているから効く」という経験則の限界を示す象徴的な事例です。医療従事者としてこの経緯を把握していることは、患者への適切な情報提供にもつながります。
なお、後発医薬品(オムゼン、アルカペなど)は一部で現在も流通しており、添付文書上の効能・効果(手術後・外傷後の腫脹、慢性副鼻腔炎、乳汁うっ滞)は維持されたままのものもあります。使用する際は、このエビデンスの経緯を念頭に置いた上で処方判断をすることが望まれます。
参考:武田薬品「ダーゼン」の有効性検証断念・自主回収に関する薬事日報の報告
【武田薬品】「ダーゼン」の有効性検証を断念‐自主回収へ|薬事日報
参考:厚生労働省・薬事食品衛生審議会医薬品再評価部会(2011年1月)議事録
薬事・食品衛生審議会 医薬品再評価部会 議事録(厚生労働省)
ダーゼンの自主回収によって「セラペプターゼには全く効果がない」と捉える医療従事者もいますが、それは正確ではありません。エビデンスの質は限定的ながらも、特定の領域では一定の有用性が示されています。
まず粘液溶解効果については、複数の試験で一貫した結果が得られています。慢性気管支炎患者を対象に4週間投与を行った試験では、咳嗽と粘液産生量が有意に減少したとの報告があります。粘液の粘弾性低下(ネバネバが減る)については研究間の整合性も高く、最も信頼性の高い効果の一つとされています。副鼻腔炎患者を対象とした初期の試験でも、投与3〜4日後に鼻閉・鼻漏・疼痛の有意な改善が報告されています。
術後・外傷後の腫脹軽減についても、コルチコステロイドには及ばないものの小〜中程度の抗炎症効果が報告されています。VASスコア(10点満点)で約1ポイントの疼痛軽減という試験データもあります。鼻腔手術後の顔面腫脹への使用においては、比較的エビデンスの質が高い結果が出ています。
これは使えそうですね。
ただし、関節リウマチ、変形性関節症、手根管症候群、骨粗鬆症、炎症性腸疾患、糖尿病への効果については、現時点で「エビデンス不足」とされています。注意が必要です。
また、喉頭肉芽腫に対してはレバミピドとの2剤併用で9例中5例(56%)の消失を確認した国内の報告(日本気管食道科学会誌、2004年)があります。症例数は少ないものの、耳鼻咽喉科領域での使用根拠の一つです。
参考:喉頭肉芽腫に対するレバミピドとセラペプターゼ内服の効果(J-Stage)
「消炎酵素製剤は安全性が高い」と思い込んでいる医療従事者は少なくありません。しかし、セラペプターゼの添付文書には見落とせない重大な副作用が記載されています。
最も重篤なのは間質性肺炎・PIE症候群(好酸球性肺炎)です。発熱、咳嗽、呼吸困難、胸部X線異常、好酸球増多を伴う症状が現れた場合は直ちに投与を中止し、適切な処置を行う必要があります。頻度は0.1%未満とされていますが、発症した場合は生命にも関わります。
また、皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)・中毒性表皮壊死症(TEN/Lyell症候群)も重大な副作用として挙げられています。これらは他の非ステロイド系抗炎症薬との併用時に発現リスクが高まるとされています。厳しいところですね。
出血リスクについては特に注意が必要です。セラペプターゼには血液凝固を妨げる作用があるため、抗凝固剤・抗血小板薬(ワルファリン、アスピリン、クロピドグレル、ヘパリンなど)との併用では出血リスクが増大します。手術前の少なくとも2週間は使用を中止することが推奨されています。サプリメントとして患者が自己購入・摂取している場合も想定されるため、術前問診での確認が重要です。
副作用リストをまとめます。
「短期間(4週間以内)の経口服用は成人に対して概ね安全」とされていますが、長期投与の安全性データは不十分です。長期に使用するリスクとベネフィットを天秤にかけた慎重な判断が原則です。
参考:セラペプターゼ(旧ダーゼン)の医薬品インタビューフォーム(副作用情報)
ダーゼン添付文書(副作用情報含む)
臨床エビデンスが限定的な一方で、近年の基礎研究においてセラペプターゼの新たな可能性として注目されているのがバイオフィルム分解作用です。
バイオフィルムとは、細菌が表面に付着して形成する集合体で、抗生物質に対して通常の10〜1,000倍の耐性を示します。院内感染の主要因の一つであり、従来の抗菌薬治療が奏効しない症例の根本原因として知られています。
2023年にSpringer誌に掲載された研究では、セラペプターゼが*Staphylococcus aureus*(黄色ブドウ球菌)のバイオフィルムを破壊し、抗生物質感受性を高めることが報告されました。また2025年に*PMC(PubMed Central)*に掲載された研究では、大腸菌のバイオフィルムを形成するカーリー線維(Curli fibers)とリポ多糖(LPS)を分解するメカニズムが解明されています。
これは使えそうです。
ただし現時点では、これらはいずれも試験管内(in vitro)または動物モデルにおける基礎研究です。ヒトにおける臨床試験でのエビデンスは確立されていません。経口投与での体内吸収量の問題もあり、そのままヒトに当てはめることはできません。バイオフィルム関連感染症に対する有効性を主張するには、さらなる臨床研究が必要です。
医療従事者として意識しておくべきことがあります。セラペプターゼをサプリメントとして自己摂取している患者が、「バイオフィルムに効く」「感染症が治る」と思い込んでいるケースが増えています。現時点ではそのような患者への説明を明確にし、正しい抗菌薬治療の妨げにならないよう注意する必要があります。
参考:Serrapeptase impairs biofilm of S. aureus(Springer Applied Microbiology and Biotechnology, 2023)
参考:セラチオペプチダーゼのバイオフィルム抗菌活性(科学的根拠)
セラチオペプチダーゼ(セラペプターゼ)の効果・副作用の科学的根拠|効果副作用.com