ステロイド外用薬を塗るほど、黄色ブドウ球菌の定着率が下がるという研究データがあります。
アトピー性皮膚炎(AD)の患者皮膚では、健常人と比較して黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の定着率が著しく高く、皮膚炎の重症度と正の相関を示すことが複数の研究で明らかになっています。健常人の皮膚における黄色ブドウ球菌の検出率が約5〜30%であるのに対し、AD患者では病変部で70〜100%、非病変部でも約30〜50%に定着が認められるとされています(Leyden JJ et al., 1974)。この数字は、菌の単なる「存在」が問題なのではなく、菌が産生する多種多様な毒素・酵素が皮膚炎症を直接的に増幅していることを示しています。
黄色ブドウ球菌が産生する主な病原因子としては、ぶどう球菌超抗原(staphylococcal superantigens:SEA、SEB、SECなど)、デルタトキシン(δ-toxin)、V8プロテアーゼ、スフィンゴミエリナーゼなどが挙げられます。これらの中でも超抗原は特に重要で、T細胞を非特異的に大量活性化させ、IL-4・IL-13・IL-31などのTh2系サイトカインの産生を促進します。つまり免疫の過剰応答を引き起こします。IL-31は掻痒誘発に直接関与するサイトカインであるため、患者の「かゆみ」という愁訴の背景にも黄色ブドウ球菌が深く関与しているといえます。
さらに、黄色ブドウ球菌が産生するV8プロテアーゼはフィラグリン(filaggrin)を直接分解します。フィラグリンは皮膚バリア機能の中心を担うタンパク質であり、その喪失は経皮水分蒸散量(TEWL)の増加を招き、アレルゲンや病原体の侵入をさらに容易にします。これが悪循環のサイクルです。加えて、菌そのものが皮膚常在菌叢のバランスを乱し、本来皮膚を守る役割を持つコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(特にS. epidermidis・S. hominis)の割合を低下させることも報告されています。この菌叢の変化がADの慢性化に寄与していると考えられており、近年の皮膚マイクロバイオーム研究の注目点の一つになっています。
参考:日本皮膚科学会によるアトピー性皮膚炎診療ガイドライン(病態解説セクション)
日本皮膚科学会 アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021
皮膚バリア機能の低下と黄色ブドウ球菌の定着促進は、双方向性の関係にあります。注目すべきは「抗菌ペプチド(antimicrobial peptides:AMPs)」の問題です。
健常皮膚では、βディフェンシン(hBD-2・hBD-3)やカテリシジン(LL-37)といった抗菌ペプチドが、病原体に対する最初の防衛ラインを形成しています。これは知られていない方も多い事実です。ところがAD患者の皮膚では、Th2優位の炎症環境下でIL-4・IL-13・IL-10が抗菌ペプチドの産生を抑制することが示されており、健常皮膚と比較してhBD-2・hBD-3・LL-37の皮膚内濃度が有意に低下していることが確認されています(Ong PY et al., 2002, NEJM)。これは健常人の皮膚が当たり前のように持っている「菌を自ら殺す力」が、AD患者では大幅に失われていることを意味します。AMPs低下が問題の核心です。
フィラグリン遺伝子変異(FLG変異)もこの問題を複雑にしています。FLG変異を持つAD患者では、皮膚内で産生されるコリン酸(urocanic acid)や乳酸などのバリア成分が減少し、皮膚表面のpHが上昇します。通常、皮膚表面は弱酸性(pH 4.5〜5.5程度)に保たれており、この酸性環境自体が黄色ブドウ球菌の増殖を抑制する防御機構の一つです。しかし皮膚pHが6〜7程度に上昇すると、黄色ブドウ球菌の定着・増殖に有利な環境となります。pHの管理も実は重要です。
臨床的な含意として、バリア機能修復を目的とした保湿剤(エモリエント)の積極的な使用が、単なる「乾燥対策」を超えて黄色ブドウ球菌の定着そのものを抑制する可能性を持っています。特にセラミド配合保湿剤の使用で皮膚バリアが改善し、菌定着が減少したとの報告もあり(Danby SG et al., 2017)、早期からの積極的な保湿ケアは医学的根拠のある介入と位置づけられます。
黄色ブドウ球菌が慢性炎症部位で形成する「バイオフィルム」は、アトピー性皮膚炎の難治化に深く関与していながら、臨床現場では見落とされやすい問題の一つです。これは意外ですね。
バイオフィルムとは、菌が産生する多糖体マトリックス(ポリサッカライドインターセルラーアドヘシン:PIA)の中に多数の菌が包まれた構造体で、外用抗菌薬や消毒薬に対する耐性が通常の浮遊菌と比較して10〜1000倍に達することがあります。外用抗菌薬が効きにくくなります。アトピー患者の慢性病変部においてバイオフィルム形成が確認されており、この状態では通常量の外用抗菌剤を継続しても菌の根絶が困難となり、炎症の慢性化・難治化につながります。
さらに問題なのが、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の定着リスクです。AD患者はMRSAの保菌者となるリスクが一般集団より高く、特に入院歴のある患者や長期にわたり外用抗菌薬(フシジン酸・ムピロシンなど)を使用した患者では薬剤耐性株の定着が問題となります。日本国内の調査でも、AD患者のMRSA保菌率は数〜十数%に上るとの報告があり、軽視できません。MRSAには細心の注意が必要です。
医療従事者として注意すべき点は、バイオフィルム形成や薬剤耐性の問題があるからといって、闇雲に強力な抗菌薬を外用・内服させることが正解ではないという点です。細菌培養・感受性試験を定期的に行い、菌の状態を確認した上で介入方法を選択することが、難治性ADの管理では特に重要です。必要に応じて菌種・薬剤感受性の確認を行う習慣を持つことが、長期的な患者管理の精度を大きく向上させます。
エビデンスに基づく具体的な介入を整理します。医療現場での実践が鍵です。
希釈次亜塩素酸ナトリウム入浴療法(ブリーチバス) は、米国皮膚科学会(AAD)が推奨する代表的な非薬物的抗菌介入法で、家庭用漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム濃度5〜6%)を浴槽(約150〜200L)に対して小さじ1杯(約5mL)程度を加えて希釈した浴水に5〜10分浸かる方法です。週2〜3回の実施で皮膚上の黄色ブドウ球菌数を有意に減少させ、AD症状を改善させる効果が報告されています(Huang JT et al., 2009, Pediatrics)。希釈濃度の管理が重要で、誤った濃度で使用すると皮膚刺激が生じるため、患者への指導は具体的かつ丁寧に行うことが求められます。
外用抗菌薬の使い分けについては、ムピロシン(バクトロバン®)軟膏が鼻腔・皮膚の黄色ブドウ球菌除菌に広く使用されます。しかしムピロシン耐性菌の出現が世界的に問題となっており、長期・反復使用は推奨されません。フシジン酸(フシジンレオ®)もグラム陽性菌に有効ですが、同様に耐性化リスクがあります。抗菌薬外用は短期集中が原則です。
近年注目されているのが、プロバイオティクス由来抗菌ペプチドの応用です。
S. epidermidisが産生するエピデルミン(epidermin)やその類縁物質が黄色ブドウ球菌を選択的に抑制することが明らかになり、皮膚常在菌叢を利用した新しいアプローチとして研究が進んでいます。これは使えそうです。将来的には、患者の皮膚マイクロバイオームを正常化することで黄色ブドウ球菌定着を根本的に抑制する治療法が実用化される可能性があります。
なお、デュピルマブ(デュピクセント®)などの生物学的製剤によるIL-4/IL-13経路の遮断が、Th2環境を改善させることにより抗菌ペプチド産生を回復させ、結果として黄色ブドウ球菌の定着を減少させるという副次効果も報告されています。生物学的製剤は炎症制御と菌定着の両面に作用するという点で、重症ADの総合的管理における重要な選択肢です。
参考:ブリーチバスに関する患者向け・医療者向け解説(国内皮膚科専門機関)
日本小児皮膚科学会 公式サイト
従来の「いかに黄色ブドウ球菌を殺菌・除菌するか」という視点から一歩踏み込んだ、皮膚常在菌叢(スキンマイクロバイオーム)の再構築という視点は、AD治療における新しいパラダイムです。この視点は重要です。
健常皮膚ではS. epidermidis・S. hominis・S. capitisなどのコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CoNS)が優勢を占め、これらが産生する抗菌ペプチドや有機酸が黄色ブドウ球菌の定着を自然に抑制しています。ところがAD皮膚では炎症により菌叢のダイバーシティが著しく低下し、黄色ブドウ球菌が異常増殖した状態が形成されます。
Nakatsuji et al.(2017, Science Translational Medicine)は、AD患者から分離したS. epidermidis・S. hominis株を培養・増殖させ、同じAD患者の皮膚に外用した結果、黄色ブドウ球菌の定着が著しく低下したことを報告しました。この研究は5名という少数例ではありますが、「正常菌叢を移植する」というコンセプトの実証として非常に注目されています。菌叢の移植という発想は意外なアプローチです。
臨床的な現時点での応用は限られていますが、医療従事者として押さえておきたい点は以下の通りです。まず、過剰な消毒・抗菌処置が皮膚常在菌叢全体を破壊し、黄色ブドウ球菌の再定着をむしろ促進させるリスクがあることです。消毒のしすぎも問題があります。アルコール消毒や抗菌石けんの頻回使用によって有益なCoNSが減少し、空いたニッチに黄色ブドウ球菌が定着する「競合排除の逆効果」が起きる可能性が指摘されています。スキンケア指導の際は「殺菌・除菌」だけでなく「常在菌叢の保護」という視点も含めた包括的なアドバイスが、患者の長期的な皮膚健康に寄与します。
保湿剤・エモリエントの選択においても、皮膚常在菌叢への影響を考慮したものが理想的とされています。特定の防腐剤(メチルイソチアゾリノンなど)を含む製品は皮膚常在菌叢へのダメージが大きいという報告もあり、成分表示を確認した上での製品選択と患者への情報提供が、医療従事者の付加価値を高めるポイントです。
参考:皮膚マイクロバイオームとアトピー性皮膚炎に関する最新研究動向
| 介入方法 | 主なターゲット | エビデンスレベル | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 希釈次亜塩素酸Na入浴(ブリーチバス) | 病変部の黄色ブドウ球菌数減少 | RCTあり(中等度) | 濃度管理必須・皮膚刺激リスク |
| ムピロシン外用(短期) | 鼻腔・皮膚の除菌 | エビデンスあり | 耐性化リスク・長期使用不可 |
| セラミド系保湿剤 | バリア機能修復・pH正常化 | 観察研究・症例報告 | 継続使用が必要 |
| デュピルマブ(生物学的製剤) | Th2抑制→AMP産生回復→菌定着低下 | 大規模RCTあり | 高額・適応基準あり |
| 皮膚常在菌叢再構築(研究段階) | 黄色ブドウ球菌の競合排除 | 小規模研究段階 | 現時点では臨床応用未確立 |