長期の経腸栄養患者でも、血清セレン値が基準値内なら心筋障害は起きないと思っていませんか。実は炎症があるだけでセレン値は最大50%低く見える可能性があり、正常値でも欠乏が進行しているケースがあります。
日本臨床栄養学会「セレン欠乏症の診療指針2024」では、症状を大きく6カテゴリに分類しています。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
| カテゴリ | 代表的な症状・所見 |
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| 爪・皮膚 | 爪の白色化・変形、皮膚炎、脱毛・毛髪の変色 |
| 心筋障害 | 心筋症、虚血性心疾患、不整脈、頻脈 |
| 筋症状 | 下肢の筋肉痛、筋力低下、歩行困難 |
| 血液症状 | 赤血球の大球性変化、大球性貧血 |
| 検査所見 | T3低値、AST・ALT上昇、CPK上昇 |
| 心電図変化 | ST低下、T波陰転化 |
爪の白色化は比較的軽度の症状です。重要なのは、軽症サインが見えているうちに介入することで、心筋障害への進行を防げるという点です。
心筋障害は一度発症すると不可逆性となる可能性が高く、国内では少なくとも4例の死亡が報告されています。 「まだ動けている」からといって経過観察を続けることは、非常に危険なアプローチです。 fujimoto-pharm.co(https://www.fujimoto-pharm.co.jp/jp/iyakuhin/aselend/pdf/as-for_medical_staff.pdf)
また、寝たきりで意思疎通が困難な患者では、筋肉痛などの自覚症状を適切に訴えられないため、大球性貧血のみが主たる所見となるケースもあります。 「貧血があるのにB12・葉酸は正常」という場合、セレン欠乏を疑う視点が必要です。 seikoh-hp.or(https://seikoh-hp.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/02/k_029.pdf)
つまり、症状は患者ごとで全く異なると理解することが基本です。
参考:日本臨床栄養学会「セレン欠乏症の診療指針2024」では、症状・診断基準・治療法を詳細に解説。医療現場で欠かせない一次資料です。
セレン欠乏が見逃されやすい最大の落とし穴が、炎症時の血清セレン値の低下です。セレン欠乏と炎症は切り離して考えられがちですが、実はCRPが上昇しているだけでセレン値は著しく低下します。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
具体的には、次の3段階で低下します。
- CRP 1.0〜4.0 mg/dL:血漿セレンが15〜25%低下
- CRP 4.1〜8.0 mg/dL:血漿セレンが約35%低下
- CRP 8.0 mg/dL超:血漿セレンが約50%低下
炎症が重い患者では、真のセレン状態は測定値の2倍近い欠乏に相当している可能性があります。これは大きな問題です。
たとえばCRPが高い敗血症患者や術後患者で「血清セレン10µg/dL」と出た場合、実際の欠乏度はさらに深刻かもしれません。炎症の程度に応じて補正が必要であるにもかかわらず、この補正を行っていない施設は少なくありません。
欠乏の見逃しを防ぐためには、血清セレン値と同時にCRPを確認し、炎症補正を意識的に行うことが重要です。また、3〜6か月に1回を目安に定期モニタリングを続けることが診療指針でも推奨されています。
これが原則です。
参考:厚生労働省「統合医療」情報発信サイト(医療関係者向け)では、セレンの摂取基準とリスクについて詳しく解説しています。
セレニウム(セレン)医療者向け情報(厚生労働省 統合医療サイト)
「甲状腺機能低下症なのにTSH・T4は正常値」というケースに遭遇したことはないでしょうか。これは見落とされがちですが、セレン欠乏による低T3症候群の可能性があります。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
甲状腺ホルモンのT4は、セレノプロテインであるヨードチロニン脱ヨウ素化酵素(DIO1、DIO2)によって活性型T3へ変換されます。セレンが不足するとDIOの活性が低下し、T4からT3への変換が滞ります。 fujimoto-pharm.co(https://www.fujimoto-pharm.co.jp/jp/iyakuhin/aselend/pdf/as-for_medical_staff.pdf)
臨床的にみると、以下の場面でセレン欠乏に起因する低T3を疑う必要があります。
- 長期静脈栄養・経腸栄養施行中の患者でT3低値
- 肝硬変・慢性腎臓病・悪性腫瘍でT3のみが低値
- ステロイド使用中にT3低値が遷延するケース
意外ですね。通常、低T3症候群は「生体防御反応」として処理されがちですが、セレン欠乏が介在している場合はセレン補充で改善する可能性があります。
また、神経性やせ症(思春期やせ症)の患者でも、フランスの調査ではセレン欠乏の頻度が20.5〜53.6%に達したと報告されています。 摂食障害患者の管理では、セレンを含む微量元素チェックが不可欠な視点です。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
セレン欠乏が疑われる場面では、T3・CRP・血清セレン値をセットで確認するのが実践的な進め方です。
参考:大塚製薬 栄養素カレッジのセレンページでは、一般向けにわかりやすくセレンの役割と欠乏・過剰症状が解説されています。
セレン欠乏は「長期TPN患者だけの問題」という認識は、2024年版の診療指針で明確に否定されています。 リスク対象が大幅に拡大されました。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
ハイリスク患者の主な分類は以下のとおりです。
- 経腸・静脈栄養使用者:セレンを含まない栄養剤では1カ月〜数年でセレン欠乏に至る
- 慢性腎臓病・透析患者:食事制限・透析液への漏出・消費亢進の三重リスク
- 肝疾患患者(肝硬変、B型・C型肝炎):血清セレン値の低下が肝性脳症と関連
- 神経性やせ症患者:欠乏頻度がフランス調査で最大53.6%
- 重症心身障害児(者):消化管機能障害による吸収低下
- 低出生体重児・未熟児:体重当たりの必要量が成人の約2倍
特に見落とされやすいのが、慢性腎臓病(CKD)患者です。CKD患者はHD(血液透析)患者よりも血清セレン値が低い傾向があるという報告があります。 透析が始まっていない段階から欠乏が進行しているケースがあります。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
これは使えそうです。外来でCKD患者を管理する際、透析導入前の段階からセレン値のモニタリングを検討する価値があります。
また、血清セレン濃度測定は2016年に保険収載されています(144点)。ただし、現状では「長期静脈栄養・経腸栄養患者などの条件」が設定されており、適応外の患者への測定については費用対効果を踏まえた判断が求められます。 fujimoto-pharm.co(https://www.fujimoto-pharm.co.jp/jp/iyakuhin/aselend/pdf/as-for_medical_staff.pdf)
参考:BML臨床検査項目「セレン(Se)」では、保険収載条件や検査方法、基準値が確認できます。
セレンは「必要量と中毒域の幅が比較的狭い」という点が、他の微量元素と大きく異なります。 適切な補充を行いながら、過剰にならないようモニタリングを続けることが基本です。 fujimoto-pharm.co(https://www.fujimoto-pharm.co.jp/jp/iyakuhin/aselend/pdf/as-for_medical_staff.pdf)
成人向けのセレン欠乏症治療の概要は以下のとおりです。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
- 投与量の目安:セレン100〜500 µg/日を静脈または経口投与
- 小児:2〜5 µg/kg/日を目安
- 保険収載製剤:アセレンド®注100 µg(亜セレン酸ナトリウム注射液)
- 耐容上限量:6.7 µg/kg体重/日(成人で約330〜420 µg/日)
- 増量幅の上限:12歳以上では1日50 µgずつ
注意が必要なのは、高齢者への大量投与です。健常高齢者への長期RCTでは、300 µg/日群で死亡率が高かったという報告があります。 高齢者に長期投与する際は、定期モニタリングと慎重な用量調整が必要です。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
過剰摂取の症状には、脱毛・爪の変形・嘔気・下痢・末梢神経障害などがあります。 これらはセレン欠乏の症状とも一部重複するため、症状だけで判断せず、必ず血清セレン値を測定してから投与方針を決定することが原則です。 hfnet.nibiohn.go(https://hfnet.nibiohn.go.jp/mineral/detail682/)
セレン欠乏の予防・治療を安全に進めるためのステップをまとめます。
1. リスク因子(長期栄養管理、CKD、肝疾患、摂食障害など)を確認する
2. CRPと血清セレン値をセットで測定し、炎症補正を考慮する
3. 診断基準(血清セレン値≦10.0 µg/dL for 19歳以上)を参照する
4. 補充開始後も3〜6か月ごとにモニタリングを継続する
5. 過剰にならないよう耐容上限量(6.7 µg/kg/日)を念頭に置く
セレン欠乏症の診断基準をすべて満たすものが「確定診断(Definite)」、補充前に症状・他疾患除外・血清値の3点を満たす場合は「推定診断(Probable)」として、補充治療の適応とされています。 確定診断を待たず、Probableの段階で早期介入することが、心筋障害の不可逆的進行を防ぐ鍵です。 jscn.gr(http://www.jscn.gr.jp/pdf/selen2016.pdf)
セレン欠乏はまだ診療の盲点になりやすい領域です。「こんな疾患でもセレンが低いのか」という視点を持ち続けることが、重篤な合併症を未然に防ぐことにつながります。
参考:国立健康・栄養研究所の「健康食品の安全性・有効性情報」でセレンの特性と過剰症について詳しく確認できます。
セレン|健康食品の安全性・有効性情報(国立健康・栄養研究所)