健康的と思っていた味噌や麹を食べることで、喘息患者の症状が悪化した症例報告があります。
「アスペルギルス(Aspergillus)」と聞くと、多くの医療従事者は肺感染症や免疫不全患者の侵襲性アスペルギルス症を連想するかもしれません。しかし日常生活においても、このカビ(真菌)は非常に身近な存在です。
アスペルギルス属は、地球上のほぼあらゆる場所に生息している糸状菌です。土壌・コンポスト・空気中のほこり・建物内部に普遍的に存在し、その種類は150〜200種に及ぶとされています。健康なヒトは毎日何百もの胞子を吸い込んでいますが、通常は免疫系が処理するため問題になりません。
そして見落とされがちなのが、<strong>食べ物との深いつながりです。
アスペルギルス属は発酵食品の製造に欠かせない存在でもあります。代表的な種と使われる食品を整理すると以下のとおりです。
| 菌種 | 関与する食べ物・用途 |
|---|---|
| A. oryzae(オリゼー) | 味噌・醤油・みりん・日本酒・甘酒・酢 |
| A. sojae(ソーエ) | 味噌・醤油 |
| A. tamarii(タマリ) | たまり醤油 |
| A. awamori(アワモリ) | 泡盛 |
| A. kawachii(カワチ) | 焼酎 |
| A. glaucus / A. repens | 鰹節(本枯節) |
| A. flavus / A. fumigatus | 汚染食品(ピーナッツ・ナッツ類・穀類) |
つまり、日本人が毎日のように口にする食べ物の多くが、アスペルギルス属と直接関わっています。これは重要な事実です。
「喘息があって治療中なのに咳が続く患者さん」への問診では、食習慣まで掘り下げることが診断精度を上げることにつながります。発酵食品の摂取量や、麹を扱う職場・家庭環境なども問診に加えるべき情報になりうることを覚えておきましょう。
参考:アスペルギルスとアレルギーの関係、発酵食品との関連をわかりやすく解説しているページ
クミタス:真菌(カビ、酵母)とアレルギーについて
アスペルギルスと食べ物のリスクは、大きく「発酵食品由来」と「汚染食品由来」の2方向から理解する必要があります。
① 発酵食品由来のリスク
A. oryzae(コウジカビ)を使って作られる味噌・醤油・みりんなどの発酵食品は、通常の食事では呼吸器系のアスペルギルス症を引き起こしません。これは原則として問題ありません。
しかし例外が存在します。
醸造業・麹を扱う職場に従事する人が、大量の麹の胞子を吸入する環境に長期間さらされると、職業性喘息やアレルギー性疾患を発症した事例が日本国内で複数報告されています。2016年に報告された症例では、味噌醸造を家業とする兄弟がそれぞれ麹吸入時の呼吸困難と、摂食後2時間での腹痛・嘔吐を発症し、自家製麹のプリックテストが強陽性だったことが確認されています(臨床アレルギー学会誌, 2016)。これは「食べること」と「吸うこと」が組み合わさったケースです。
② 汚染食品由来のリスク
もう一方のリスクとして、A. flavus(フラバス)や A. parasiticus(パラシティカス)が産生するアフラトキシンがあります。アフラトキシンはIARC(国際がん研究機関)がグループ1(ヒトへの発がん性あり)と分類する非常に強力なカビ毒です。
汚染されやすい食べ物は以下のとおりです。
アフラトキシン汚染は目視では判断できません。保存状態が悪い食品(高温多湿・長期保管)でリスクが高まります。患者指導では「開封後の保管環境」まで踏み込むことが重要です。
また、別の角度からのリスクとして、腸内真菌バランスの乱れも近年注目されています。糖質過多の食事が続くと腸内でカビが増殖しやすい環境になり、免疫の過敏反応が促進されるという仮説があります。アスペルギルスを含む真菌は糖をエネルギー源とするため、「甘いものが多い食生活」がアレルギー体質の背景因子になりうる可能性が指摘されています。数字で裏付けられた強固なエビデンスはまだ限定的ですが、問診の一要素として食生活の甘さ傾向を確認する価値はあるでしょう。
参考:アフラトキシンの主な汚染食品と食品安全上のリスクについて
東京都保健医療局:アフラトキシンについて
食べ物との関係を理解したうえで、アスペルギルスによる最も重要なアレルギー疾患であるABPA(Allergic Bronchopulmonary Aspergillosis:アレルギー性気管支肺アスペルギルス症)の病態を整理します。
ABPAとは、アスペルギルス属(主に A. fumigatus)に対する過剰な免疫反応によって気管支・肺に慢性的な炎症が起こる疾患です。喘息患者の約1〜2%、日本国内で約1.5万人の患者が存在すると推計されています(メディカルノート, 2024)。嚢胞性線維症患者でも発症頻度が高いとされています。
重要なのは「喘息として治療中なのに改善しない」症例の中に、ABPAが隠れているケースがある点です。これは見逃し注意の疾患です。
ABPAの発症メカニズムを整理すると以下のようになります。
約半数の患者で再発が報告されており、治療が遅れると肺の変化は不可逆的になります。「治りにくい喘息」「吸入ステロイドで効果が薄い咳・痰」の患者を前にしたとき、ABPAのスクリーニングを念頭に置くことが予後改善に直結します。
典型的な症状は以下のとおりです。
「治療薬の効きが悪い喘息」が1つのキーワードです。
参考:日本呼吸器学会によるABPA/ABPMの病態・診断・治療の概説
日本呼吸器学会:アレルギー性気管支肺アスペルギルス症/真菌症
ABPAの診断は、症状だけでは確定できません。複数の検査を組み合わせて総合的に判断します。
主要な診断項目を整理します。
| 検査 | 注目する所見 | ABPAでの特徴 |
|---|---|---|
| 血清総IgE | 基準値:170 IU/mL以下 | 通常1000 IU/mL以上に上昇(著明高値) |
| アスペルギルス特異的IgE | ImmunoCAP法 | 0.70 kUA/L以上がABPAスクリーニング閾値(2025年報告) |
| 末梢血好酸球数 | 通常500/μL未満 | 500/μL以上に増加することが多い |
| 胸部X線・CT | 浸潤影・粘液栓 | 肺上葉を中心とした浸潤影・粘液栓による気管支陰影 |
| 喀痰検査 | 菌の同定・好酸球 | アスペルギルスの検出・過剰な好酸球 |
2025年9月に報告されたデータによると、成人喘息患者におけるABPAスクリーニングにはアスペルギルス特異的IgEの閾値として0.70 kUA/Lが診断性能を最適化することが示されています(academia.carenet.com, 2025)。従来の1.0 kUA/Lよりも低い閾値が推奨されており、見逃し防止に役立つ知識です。
診断が特に難しいのは、「アスペルギルスへの単純な感作」と「ABPAの確定」を区別する点です。喘息患者のアスペルギルス皮膚テスト陽性だけでは、ABPAとは診断できません。血清IgEの著明な上昇(特に1000 IU/mL以上)と画像所見、好酸球増加を組み合わせることが診断の条件です。
また、βDG(β-Dグルカン)の血中値も、ABPAにおける菌体量と疾患活動性を間接的に反映する補助マーカーとして注目されています(日本呼吸器学会誌, 2025)。治療効果の判定指標としても有用性が示唆されており、今後のモニタリングに応用できる可能性があります。
診断後の経過観察では、IgE値と好酸球数の推移をモニタリングします。治療により両者が低下していれば病勢コントロールが良好である証拠であり、再上昇は急性増悪の初期サインとなります。数値の変動を丁寧に追うことが再発の早期発見につながります。
ABPAの治療の柱は薬物療法と生活環境の改善の両立です。薬だけでは不十分なケースが少なくありません。
薬物療法
ABPAの標準治療は以下のとおりです。
長期のステロイド投与が必要な患者では、骨密度測定・眼科検査・血糖モニタリングを定期的に組み込むことが推奨されます。これはステロイド長期投与の原則です。
食生活指導のポイント
食べ物に関する患者指導として、以下の点を押さえておきましょう。
住環境・生活環境の改善
食べ物と同様に、住環境の改善もアスペルギルスアレルギーの管理には欠かせません。エアコンフィルターの定期清掃・換気・除湿が推奨されます。室内の湿度を60%以下に保つことを一つの目安として患者に伝えると、具体的な行動に落とし込みやすくなります。
治療が成功しても再発は約半数で起こります。薬物療法・食事指導・環境整備の3本柱を継続的に管理することが予後改善の条件です。医療従事者が患者にこの3点をセットで伝えることが、再発リスクの低減に直結します。
参考:ABPAの診断と治療に関する詳細な解説(MSD Manuals 医療従事者向け版)
MSD Manuals:アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)