PUPPPは「妊娠中の病気だから薬は一切使えない」と思い込むと、患者を不必要に苦しめてしまいます。
PUPPP(Pruritic Urticarial Papules and Plaques of Pregnancy)は、日本語で「妊娠性掻痒性蕁麻疹様丘疹」と訳され、多形妊娠疹(PEP:Polymorphic Eruption of Pregnancy)とも呼ばれる妊娠に特異的な皮膚疾患です。1979年に提唱された疾患名であり、それ以前は複数の病名で呼ばれていたものが、この名称に統一されました。
発症頻度は妊婦の約0.5%前後、すなわち約200〜300件の妊娠に1人の割合とされています。これは一見まれな疾患に見えますが、妊娠に特異的に合併する皮膚疾患の中では最も頻度が高い部類に入ります。単胎妊娠に比べ、双胎や三胎などの多胎妊娠では発症リスクが8〜12倍にも上昇するという報告があります。
つまり、多胎妊娠の管理に関わる医療従事者は特に意識しておくべき疾患です。
英語名の略称「PUPPP(ぴーゆーぴーぴーぴー)」は、日常臨床では「プップ」とも読まれますが、日本語の文献では「多形妊娠疹」「PEP」と表記されることも多く、同一疾患を指しています。医療従事者として文献を参照する際には、双方の表記に慣れておく必要があります。
妊娠時にかゆみを生じる瘙痒性皮膚疾患(皮膚科医・永井弥生先生監修):PUPPP・妊娠性痒疹・AEPの分類と治療について詳述した専門的解説
PUPPPの皮疹は、妊娠後期(多くは妊娠32〜36週ごろ)に腹部の妊娠線(伸展線条)の周囲から蕁麻疹様の浮腫性紅斑や丘疹として始まります。ここが最大の特徴です。
その後、皮疹は体幹・大腿部・臀部・上肢へと拡大しますが、臍周囲は侵されない傾向があります。これは診断上の重要なヒントになります。顔面への波及はほとんど見られません。皮疹は蕁麻疹様の紅色丘疹・浮腫性紅斑が基本ですが、小水疱を伴ったり、多形紅斑に類似した多彩な皮膚所見を呈することもあります。そのため「多形妊娠疹(polymorphic eruption)」という別名がついています。
かゆみの強さが本疾患の大きな特徴であり、夜間も眠れないほどの激しい掻痒を訴える患者が少なくありません。掻破による二次感染や皮膚損傷のリスクもあります。
経過については、大半の場合は分娩後数日以内に速やかに消退します。次回以降の妊娠での再発率は最大5%とされており、再発リスクは比較的低いといえます。これが重要です。
| 特徴 | PUPPP(多形妊娠疹) | 妊娠性痒疹 |
|---|---|---|
| 好発時期 | 妊娠後期(32〜36週〜) | 妊娠初期〜中期(3〜4か月) |
| 好発対象 | 初産婦・双胎・体重増加大きい | 2回目以降の妊娠・アトピー素因 |
| 皮疹の始まり | 腹部の妊娠線周囲(臍は侵されない) | 四肢伸側・体幹(痒疹結節型) |
| 胎児への影響 | なし | |
| 分娩後経過 | 数日以内に速やかに消退 | 出産後2〜3か月で改善(長引くこともある) |
PUPPPの原因は現時点では明確に解明されていません。これが難しいところです。ただし、いくつかの仮説が提唱されており、医療従事者として把握しておく価値があります。
最も支持されている説の一つが、腹壁の過伸展による皮膚組織への機械的ストレスです。妊娠によって皮膚が大きく引き伸ばされることで、真皮のコラーゲン線維が損傷し、これが炎症反応のトリガーになると考えられています。妊娠線(伸展線条)の周囲から皮疹が始まるという臨床的特徴が、この仮説を裏付けています。
また、胎盤の父方抗原に対する免疫反応が関与するという説もあります。初産婦に多い点、双胎では発症リスクが8〜12倍に上昇する点は、胎児側の要因が母体の免疫系に影響している可能性を示唆しています。体重増加の大きな妊婦に多いという疫学データも、腹壁への物理的負荷という観点から説明できます。
妊娠に伴う性ホルモンの変化(エストロゲン・プロゲステロンの急激な増加)が皮膚の免疫応答に影響する可能性も指摘されています。ただし、いずれも推測の域を出ておらず、複数の因子が複合的に関与していると考えるのが自然です。
原因不明ということですね。それだけに、患者への説明には丁寧さが求められます。
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PUPPPの診断は、基本的には臨床的所見から行います。妊娠後期に腹部妊娠線周囲から始まる強い掻痒を伴う蕁麻疹様丘疹・紅斑という組み合わせが揃えば、診断はほぼ臨床的に可能です。皮膚科への紹介を行う際も、この情報を的確に伝えることが診断の精度向上につながります。
ただし、鑑別を要する疾患を見落とすことは大きなリスクになります。これは必須の知識です。特に以下の疾患との鑑別が重要です。
特に注意が必要なのはICPとの鑑別です。ICPは総胆汁酸値(TBA)が40μmol/L以上で胎児リスクが上昇し、100μmol/L以上では死産リスクが有意に高まるとされています。妊娠後期に強いかゆみを訴える妊婦には、皮疹の有無にかかわらず、肝機能と総胆汁酸の確認を検討する姿勢が重要です。
にしじまクリニックブログ「PUPPP」:治療で使用するステロイドの具体的なクラス・製品名と鑑別診断の整理に役立つ実践的な解説
PUPPPの治療で最も重要なポイントは、「妊娠中だからといって薬が使えないわけではない」という認識です。適切な治療介入なく放置することで、夜間の睡眠障害・掻破による皮膚損傷・精神的疲弊を招くことは、患者の健康にとって確実なデメリットになります。
第一選択はステロイド外用薬です。Strongクラス(ステロイドⅢ群)以上のものが推奨されており、リンデロン-V®(ベタメタゾン吉草酸エステル)、メサデルム®(デキサメタゾン吉草酸エステル)などが代表的な製品です。通常の使用量・使用法であれば、胎児への影響はないと考えられています。これが基本です。
大規模な研究では、ステロイド外用薬の使用と口唇口蓋裂・早産・新生児死亡との間に有意な相関は認められていません。皮膚から吸収される量はごくわずかであり、さらに胎盤を通過して胎児に届く量は非常に少ないため、通常使用であれば安全性が確保されています。
かゆみが強く、外用薬のみではコントロールが不十分な場合は、抗ヒスタミン薬の内服を追加します。ロラタジン(クラリチン®)やセチリジン(ジルテック®)など、妊娠中の使用実績が多く安全性が比較的確立された薬剤が選択されます。第一世代の抗ヒスタミン薬は眠気に注意が必要です。
さらに症状が激しい場合には、プレドニゾロン(PSL)5〜20mg程度の短期内服を考慮します。この段階の重症例では、高次施設での管理を推奨することも選択肢です。
患者から「薬は飲まない方がいい?」と質問されるケースは多いでしょう。医療従事者として根拠を持って「適切な薬は安全に使えます」と伝えることが、患者の不安軽減と適切な治療継続につながります。
浦和皮膚科「妊娠性痒疹・多形妊娠疹の解説」:妊娠中のステロイド外用・抗ヒスタミン薬の安全性と具体的な薬剤名について皮膚科専門医が解説