ロリクリンは周辺帯の70%を占めているにもかかわらず、完全に欠損しても大きな皮膚障害は生じません。
周辺帯(Cornified Cell Envelope:CCE)は、角層細胞の細胞膜を内側から裏打ちする、厚さ約15〜20nmの不溶性で極めて強靭な構造物です。物理的・化学的刺激から生体を守るとともに、体内水分の過剰な蒸散を防ぐバリアの中核として機能しています。
この周辺帯を構成する代表的タンパクが、インボルクリン(involucrin)とロリクリン(loricrin)の2つです。重要なのは、この2つが同じ層から発現するわけではないという点です。インボルクリンは有棘層の上層から発現し始め、ロリクリンはそれよりも遅れて顆粒層の上層で発現します。発現タイミングと部位が明確に異なります。
周辺帯の形成は大きく3段階で進みます。
まず開始段階として、有棘層上層で細胞内カルシウム濃度が上昇すると、エンボプラキン・ペリプラキン・インボルクリンが発現します。これらがトランスグルタミナーゼ1(TGase1)によって架橋され、細胞膜の内面全体を覆う薄い1分子層が形成されます。つまりインボルクリンが周辺帯の"骨格"を最初につくるわけです。
次に脂質エンベロープ形成の段階では、顆粒層の層板顆粒からセラミドが細胞外へ放出されます。このセラミドが細胞膜のリン脂質と置換し、TGase1の働きでインボルクリンなどのタンパクと架橋されます。周辺帯の外側5nmの「脂質エンベロープ層」がここで完成します。
最後の補強段階では、顆粒層上層でロリクリンが発現します。細胞質内のトランスグルタミナーゼ3(TGase3)がロリクリンとSPRs(small proline-rich proteins)を架橋してホモダイマー・ヘテロダイマーを形成し、TGase1によって既存の周辺帯に固定されます。これが原因です。
ロリクリンが基本です。周辺帯の内層10nmに存在するタンパク成分のうち実に70%をロリクリンが占めており、周辺帯の主体をなしています。グリシン・セリン・システインに富む不溶性の塩基性タンパクで、分子量は26kDa、315個のアミノ酸で構成されています。グリシンが並ぶ「グリシンループ構造」が特徴的で、これが架橋の足場となります。
一方インボルクリンは分子量68kDaの酸性・可溶性のロッド状タンパクで、585個のアミノ酸からなります。インボルクリンは皮膚だけでなく口腔粘膜・食道などすべての重層扁平上皮で発現しており、重層扁平上皮全体のマーカータンパクとして用いられることもあります。
| 項目 | インボルクリン | ロリクリン |
|------|--------------|----------|
| 発現部位 | 有棘層上層〜 | 顆粒層上層〜 |
| 分子量 | 68kDa | 26kDa |
| アミノ酸数 | 585個 | 315個 |
| 周辺帯に占める割合 | 少量(骨格形成の先行役)| 約70% |
| 発現する組織 | すべての重層扁平上皮 | 正角化する上皮に特異的 |
周辺帯の形成にはTGase1が必須です。TGM1遺伝子の異常は葉状魚鱗癬・先天性魚鱗癬様紅皮症の原因となります。また道化師様魚鱗癬はABCA12遺伝子異常により層板顆粒の形成が障害され、脂質エンベロープが形成できない状態です。これらを区別して理解することが周辺帯病理の整理につながります。
皮膚科専門医試験でも周辺帯の構造は繰り返し出題されています。2016年・2019年にも同テーマの問題が出ており、今後もTGase・ロリクリン・インボルクリンの詳細な関係を問う問題が予想されます。
皮膚科専門医試験2019年度 第15問:周辺帯の構造(解説あり)
多くの医療従事者は「乾癬は角化亢進の病気」とまず認識しています。しかし実際には、異常角化だからこそロリクリンの発現が低下・消失するという逆説的な状態が生じています。意外ですね。
乾癬の表皮では、ターンオーバーが正常の約28日から4〜5日へと著しく短縮されており、未熟な角化細胞が次々と角層へと押し上げられます。その結果、周辺帯の形成が不完全なまま角化が進行します。具体的には、乾癬病変部でロリクリンの染色性は低下したままであり、インボルクリンの抗原性が角層の上方まで持続して維持されるという特異なパターンを示します。正常では顆粒層にとどまるべきインボルクリンが、角層全体で異所性に発現し続けている状態です。
ロリクリンは正角化する上皮に特異的です。乾癬のように角化が異常に速い条件では、ロリクリンの発現が十分に誘導される前に細胞が角化してしまいます。その結果、周辺帯の主成分(70%を占める)であるロリクリンが不足した"不完全な周辺帯"が形成され、バリア機能が低下します。
一方、アトピー性皮膚炎ではまた別の機序でロリクリンとインボルクリンの発現が影響を受けます。Th2系炎症の中心を担うIL-4・IL-13はケラチノサイトに働きかけてフィラグリンの発現を低下させることが広く知られていますが、同時にロリクリン・インボルクリン・フィラグリンの三者いずれの発現も減少させることが報告されています(西日本皮膚科71巻4号)。角化の指標となるこれら3タンパクが同時に低下することで、機能的に不完全な角層が誘導され、バリア機能破綻の悪循環が生じます。
痛いですね。この悪循環をイメージすると、バリア機能の低下→アレルゲン感作の増大→Th2炎症の増悪→ロリクリン・インボルクリン発現のさらなる低下、という自己強化サイクルが回り続けることになります。アトピー性皮膚炎における保湿外用剤の積極的な使用や、ステロイド・タクロリムスによる早期の炎症制御がこのサイクルを断ち切るために重要である理由の一つがここにあります。
なお、乾癬の治療においては活性型ビタミンD3製剤(マキサカルシトールなど)がインボルクリンmRNAの発現を促進することで表皮角化細胞の分化を正常化し、異常角化を改善する効果を持つことが示されています。タピナロフ(AhRモジュレーター)もロリクリン・インボルクリンを含むバリア機能関連分子の発現を亢進させる作用を持ちます。これは使えそうです。
臨床現場では、ロリクリン・インボルクリンの発現状態が、乾癬とアトピー性皮膚炎の病態の深刻さを反映する一指標にもなりえます。組織学的な免疫染色でこれらの局在パターンを確認することは、鑑別や病態評価における補助情報となりえます。
乾癬表皮におけるCornified Cell Envelope形成機構の研究(科研費):乾癬でのロリクリン染色性低下・インボルクリン異所性発現の根拠
ロリクリン角皮症(Loricrin Keratoderma)は、LOR遺伝子(ロリクリン遺伝子)の変異により発症する常染色体優性遺伝の遺伝性角化異常症です。結論は稀少難病です。
従来は臨床症状に基づき「指端断節型角化症(Vohwinkel症候群変異型)」や「進行性紅斑角皮症」として分類されていた疾患の一部が、近年LOR遺伝子変異の同定により「ロリクリン角皮症」として独立した疾患カテゴリーに整理されています。日本皮膚科学会の掌蹠角化症診療の手引きでも、LOR遺伝子変異による場合は「全身皮膚に魚鱗癬を伴う」と明記されており、古典的なGJB2変異によるVohwinkel症候群(聴力障害を伴う)とは明確に区別されます。
これまでに世界で報告された家系数は限られており、過去の文献では8家系、変異は3種類のフレームシフト変異が同定されています。いずれもロリクリン遺伝子のC末端側に1塩基の挿入変異があり、本来終止コドンとなるべき位置で読み枠がずれた結果、新たな塩基配列が付加された異常なロリクリンが細胞内に蓄積します。この異常タンパクが周辺帯の正常形成を障害し、皮膚バリア機能に重篤な影響を与えます。
臨床所見として特徴的なのは、生後まもなく(あるいは出生時)から始まる全身皮膚の高度乾燥・魚鱗癬様変化、手掌・足底の顕著な過角化、そして様々な程度の紅斑です。外見的・機能的にも日常生活に大きな支障をきたす難病です。子どもへの遺伝率は50%と高く(常染色体優性)、遺伝カウンセリングが重要な疾患でもあります。
診断においては、臨床所見だけでは先天性魚鱗癬様紅皮症(CIE)などとの鑑別が困難なことも多く、全エクソームシークエンス(WES)を含む遺伝子解析が確定診断に必要となるケースが報告されています。「ロリクリン角皮症を疑う≠LOR遺伝子変異が確定」であることに注意が必要です。
治療は現時点では対症療法が中心です。保湿外用剤・角質軟化薬・ステロイド外用薬などによる症状の緩和にとどまっています。根本的な治療法がない状態が長く続いていました。
日本皮膚科学会「掌蹠角化症診療の手引き」:LOR遺伝子変異によるロリクリン角皮症の診断基準と鑑別の根拠
遺伝性疾患は原則として自然治癒しない、というのが医学常識です。ところがロリクリン角皮症では、2019年に北海道大学の研究グループがこの常識を覆す発見を世界で初めて報告しました。LOR遺伝子変異を持つ患者の皮膚に、肉眼的・組織学的に「正常に見える領域」が点在することが確認され、その部分ではロリクリン遺伝子の変異が「体細胞組換え(somatic recombination)」というDNA修復機構によって消失していたのです。
体細胞組換えとは、DNAに生じた損傷を修復する際の相同組換えが体細胞レベルで生じる現象で、生殖細胞以外での遺伝子変異の消失を可能にします。これは原則外です。今回の知見では、変異の消えた細胞が正常なロリクリンを発現できるようになると、周囲の変異細胞よりも増殖能・コロニー形成能が有意に高くなることが細胞実験でも確認されました。生存競争に勝ちやすい性質を持つ正常細胞が優勢になることで、正常皮膚領域が拡大し、数年以上にわたって維持されるという"自然選択"の現象が皮膚で起きていることが明らかになりました。
この発見は単にロリクリン角皮症への治療応用に留まりません。体細胞組換えを人為的に誘導する技術が実現すれば、他の遺伝性皮膚疾患、ひいては皮膚以外の遺伝性難病治療への応用も期待されます。まさに次世代の遺伝子治療の端緒となりうる発見です。
現在でも対症療法しか存在しない点を考えると、この自然治癒機序の解明は「治す手がかりすらなかった難病」を「治療戦略の検討が始まった疾患」へと転換させた意義ある成果といえます。医療従事者として、「ロリクリン角皮症は体細胞組換えで部分的に自然治癒する」という事実を念頭に置いておくことは、今後の新しい治療法の登場を早期に把握するうえで重要です。
論文はLife Science Alliance誌(2019年2月4日オンライン公開)に掲載されており、DOI: 10.26508/lsa.201800284として確認できます。
北海道大学プレスリリース(2019年2月20日):ロリクリン角皮症における体細胞組換えによる自然治癒機序の世界初解明
医療現場では「皮膚バリア機能の評価=TEWLやNMF測定」と捉えられがちです。しかし実際には、ロリクリンとインボルクリンの発現状態を免疫組織化学染色で確認することが、バリア破綻の部位・深刻さを層別に可視化できる補助手段として注目されています。これは覚えておけばOKです。
正常皮膚では、インボルクリンは有棘層上層から顆粒層・角層の一部にかけてきれいに層状発現し、ロリクリンは顆粒層上層に限定的に発現します。この「正常なパターン」からの逸脱が疾患を反映します。乾癬ではロリクリンの低下とインボルクリンの異所性持続発現という特異パターンを示し、アトピー性皮膚炎では両者が全般的に低下します。これらのパターンの違いは、炎症の質(Th1優位かTh2優位か)とも対応しており、病態の評価に役立てられる可能性があります。
さらに研究領域では、ロリクリン・インボルクリンは角化細胞の分化状態の指標(分化マーカー)として広く用いられています。試験的治療薬や外用薬の有効性評価において、これらの発現回復を評価指標とする研究も多く存在します。臨床試験のエンドポイント設定にこれらのマーカーが組み込まれることも増えています。
また、IL-37がロリクリン・インボルクリン・フィラグリンと顆粒層で共在するという報告(KAKEN研究報告書)も興味深い知見です。抗炎症性サイトカインであるIL-37がバリア関連タンパクと共局在することは、炎症制御とバリア維持が単なる並列関係ではなく、相互調節しあっている可能性を示唆します。
臨床的に応用できる視点として、乾癬患者への活性型ビタミンD3外用剤の効果を評価する際、インボルクリンmRNAの発現回復を確認するアプローチが既に試みられています。こうした分子マーカーの動態を把握することで、治療効果の予測や早期評価に役立てる可能性があります。
いずれにせよ、ロリクリンとインボルクリンは「周辺帯の構成タンパクの名前を覚える」だけで終わらせるにはもったいない情報量を持っています。発現の異常が何を意味するか、どの疾患でどのように変化するかを理解していることが、皮膚科診療における解釈の深さにつながります。