塗り薬を処方すると、頭部白癬が悪化して瘢痕性脱毛が残ることがあります。
頭部白癬(とうぶはくせん)、通称「しらくも」は、白癬菌(皮膚糸状菌)が頭皮や毛髪に感染して起こる真菌性疾患です。臨床現場では、その視覚的な所見が他疾患と紛らわしいことから、初診時の誤診が問題になるケースが少なくありません。実際に文献(皮膚病診療 47巻3号)では、初回KOH検査が陰性でステロイドを処方したところ症状が悪化し、ケルスス禿瘡・瘢痕性脱毛に至った症例が報告されています。画像所見をしっかり把握することが、適切な診断への第一歩です。
症状を大きく整理すると、発症初期・中等症・重症の3段階に分けて考えると理解しやすくなります。初期には、頭皮の軽度なかさつきや少量のフケ(鱗屑)、わずかな発赤が現れます。この段階は日常的な頭皮トラブルと区別がつきにくく、見落とされやすい時期です。
中等症になると、円形または楕円形の境界明瞭な脱毛斑が出現します。この脱毛斑のなかで特に注目すべきなのが「黒点(ブラックドット)」所見で、感染で弱くなった毛幹が毛孔直上で折れ、毛穴に黒い点として残っている状態です。これは頭部白癬に比較的特有なサインであり、画像でも確認しやすい重要な徴候です。毛髪脆弱化も同時に進み、触れただけで折れる毛が増えてきます。
| 進行度 | 主な視覚的所見 | 毛髪・頭皮の変化 |
|---|---|---|
| 初期 | わずかな発赤、少量の鱗屑 | 切れ毛が数本、細い毛 |
| 中等症 | 明瞭な円形脱毛斑、黒点所見 | 毛髪脆弱化、大量の落屑 |
| 重症(ケルスス禿瘡) | 盛り上がった膿疱・痂皮形成、リンパ節腫脹 | 広範囲脱毛、毛包破壊 |
重症型の「ケルスス禿瘡(kerion celsi)」は、白癬菌に対する強い免疫反応が引き金となって生じます。頭皮が数センチ単位でドーム状に盛り上がり、複数の膿疱が融合して痂皮を形成します。発熱や頸部リンパ節腫脹を伴うこともあり、重篤な見た目から細菌感染と誤認されることもある点に注意が必要です。
重症化させないことが大原則です。
参考:こばとも皮膚科による頭部白癬の症状・検査の詳細解説(皮膚科専門医・医学博士監修)
頭部白癬(しらくも)の症状・検査・治療 | こばとも皮膚科
臨床でしばしば問題になるのが、視覚的所見だけでは判断しにくい類似疾患との鑑別です。頭部白癬の症状は複数の疾患と重複するため、「見た目が似ている=同じ疾患」という判断は非常に危険です。つまり、画像(視診)はあくまでもスクリーニングにすぎないということです。
最も誤診が多いのが円形脱毛症との混同です。どちらも境界明瞭な円形脱毛を呈しますが、円形脱毛症では脱毛斑の表面が滑らかでフケや落屑は少なく、「感嘆符毛(!毛)」という毛根側が細く毛先が太い特徴的な毛が見られます。一方、頭部白癬では黒点・毛髪脆弱化・鱗屑の付着が特徴的なサインとなります。
次いで混同されやすいのが脂漏性皮膚炎です。こちらもフケ・かゆみ・頭皮の発赤を呈しますが、皮脂分泌が多い部位(生え際・頭頂部)にびまん性に広がりやすく、明確な境界を持つ円形脱毛は基本的に生じません。マラセチア菌関連疾患であり、真菌検査で白癬菌は検出されません。
意外な盲点となるのが、トリコフィトン・トンズランス(T. tonsurans)による頭部白癬です。この菌種は柔道・レスリング・相撲など接触スポーツ選手に多く見られ、2000年代以降に日本でも急増しました。通常の白癬菌とは異なり、炎症が強い割に菌量が少ないため、KOH直接鏡検で偽陰性になりやすいという特徴があります。全日本柔道連盟のガイドでも「常に感染リスクにさらされている」と明示されており、スポーツ選手の頭皮症状を診る際には必ずこの菌種を念頭に置く必要があります。
これは使えそうです。
参考:全日本柔道連盟によるトンズランス感染症の選手向け注意喚起資料
あなたはトンスランス感染症を知っていますか?|全日本柔道連盟(PDF)
画像・視診だけでは確定診断は下せません。日本医事新報社の専門記事でも「病変部に真菌が存在することを証明することが必須であり、見た目の臨床像だけでの診断は困難」と明記されています。では、具体的にどの検査をどの順番で行うべきでしょうか。
KOH直接鏡検は、頭部白癬診断のもっとも基本かつ重要な検査です。感染が疑われる部位から毛髪・鱗屑を採取し、10〜20%水酸化カリウム(KOH)液を滴下、加熱処理後に顕微鏡で菌糸・胞子を観察します。迅速に結果が得られるのが強みですが、採取部位や技術によって偽陰性になることがある点に注意が必要です。特にトンズランス菌では菌量が少なく検出率が低いため、1回の陰性で除外してはいけません。
| 検査法 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| KOH直接鏡検 | 迅速・簡便・第一選択 | 偽陰性あり、採取部位に注意 |
| ウッド灯検査 | 小胞子菌では黄緑色蛍光を発する | トンズランス菌は蛍光を発しない |
| 真菌培養検査 | 菌種同定が可能 | 結果まで1〜3週間かかる |
| 真菌PCR検査 | 高感度・短期間で菌種同定 | 実施できる施設が限られる |
ウッド灯検査は補助的に利用されます。小胞子菌(Microsporum属)では明るい黄緑色の蛍光が見られるため有用ですが、日本で増加しているトンズランス菌(Trichophyton tonsurans)は蛍光を発しないため、ウッド灯陰性=白癬菌なし、とはなりません。ウッド灯陰性でも他の検査は必須です。
培養検査は菌種同定に不可欠で、治療薬の選択や感染経路把握(ペット由来か、スポーツ感染か)に役立ちます。結果まで1〜3週間かかるため、臨床判断は他の検査所見や問診と組み合わせて行います。感染源の特定が治療効果と再発予防の両方に直結するため、培養まで行う意義は大きいです。
KOH鏡検が基本です。
参考:日本皮膚科学会 皮膚真菌症診療ガイドライン2019(診断・治療の推奨度が明記された公式ガイドライン)
日本皮膚科学会 皮膚真菌症診療ガイドライン 2019(PDF)
ここが非常に重要なポイントです。頭部白癬の治療において、外用薬(塗り薬・シャンプー)だけでは治癒しません。これは足白癬(水虫)の治療と根本的に異なる点であり、理由は白癬菌が毛包(毛根を包む組織)の深部まで侵入しているため、外用薬の有効成分が届かないからです。
MSDマニュアル専門版でも「治療には経口抗真菌薬を使用する」と明記されており、日本皮膚科学会ガイドライン2019でも頭部白癬への内服療法は推奨度「A(強く勧める)」と評価されています。
現在使用される主な内服薬は以下の2剤です。
小児への投与では、いずれの薬剤も注意が必要です。テルビナフィンは小児での安全性が十分に確立されていない側面があり、イトラコナゾールは有益性があると判断された場合に限り使用可能とされています。体重に応じた用量調整と、副作用の慎重なモニタリングが求められます。
補助的な外用薬として、ケトコナゾール含有シャンプー(ニゾラール®シャンプーなど)や抗真菌ローション(ルリコン®液など)が使用されることもありますが、あくまでも内服薬の補助です。シャンプーは環境中の菌量を減らし、周囲への感染拡大を抑える目的でも有用です。
なお、炎症が強い場合にステロイド外用薬を短期間併用するケースもありますが、安易な単独使用は真菌感染を悪化させる恐れがあります。ステロイドは免疫を抑制するため、感染拡大を招くリスクがあることを念頭に置いてください。ステロイド単独は禁忌に近い選択です。
参考:マルホ医療関係者向けサイトによる白癬の治療方針(内服薬・外用薬の使い分け)
頭部白癬は「小児の疾患」というイメージを持つ医療従事者は少なくありません。しかし現在の日本では、成人、特に格闘技選手や高齢者でも発症が増えており、この認識は改める必要があります。
感染経路は大きく2つに分かれます。まず動物由来感染は、猫・犬などのペットに寄生するミクロスポルム属の菌が直接皮膚接触によって感染するもので、小児に多いパターンです。次にヒト間感染は、感染者との直接接触や、タオル・帽子・枕カバーなどの間接接触、さらにマット・畳などの環境感染が経路となります。
成人発症で近年特に注目されているのが、トリコフィトン・トンズランス(T. tonsurans)による感染です。この菌は2000年代初頭から柔道・レスリング・相撲など接触スポーツ選手の間で急速に広まり、「マット菌」とも呼ばれています。足には感染しにくく、頭部・顔・頸部・上半身などに症状が出やすいのが特徴で、一般の白癬菌より感染力が強いとされています。
| 感染パターン | 主な原因菌 | 主なリスク集団 |
|---|---|---|
| ペット由来 | Microsporum属 | 小児・ペット飼育家庭 |
| ヒト→ヒト接触感染 | Trichophyton tonsurans | 格闘技選手・集団生活者 |
| 自己感染(水虫から波及) | Trichophyton属 | 足白癬・爪白癬の既往がある成人・高齢者 |
| 免疫低下による発症 | Trichophyton属 | 高齢者・糖尿病・免疫抑制療法中の患者 |
見落とされやすいもう一つのパターンが、自己感染です。足白癬や爪白癬を長期間放置した成人が、足から手指を介して頭皮に菌を移してしまうケースがあります。「頭部白癬は子どもがかかるもの」という先入観から成人患者への確認が後回しになり、診断が遅れることがあります。これは大きな注意点です。
高齢者や糖尿病患者、免疫抑制療法中の患者では免疫機能が低下しており、白癬菌が増殖しやすい環境が整ってしまいます。このような患者背景を持つ方が頭皮症状を訴えた場合、頭部白癬を積極的に疑い、KOH鏡検に進む判断を早めることが重要です。
問診で動物との接触歴・スポーツ歴・水虫の既往・免疫抑制の有無を必ず確認することが、的確な診断への近道です。
参考:MSDマニュアル プロフェッショナル版(医療従事者向けの頭部白癬の詳細情報)
頭部白癬(しらくも)|MSDマニュアル プロフェッショナル版