フラッシング配管の水が院内感染リスクを左右する理由

医療施設の配管フラッシングは「水を流すだけ」と思っていませんか?実は1週間使用しない配管にはバイオフィルムが形成され、レジオネラ菌などの院内感染リスクが急増します。正しい知識と手順を知っていますか?

フラッシングで配管の水を管理する方法と医療現場の注意点

たった数日の放置で、きれいに見える配管の水が院内感染の感染源に変わります。


この記事の3つのポイント
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フラッシングとは何か

配管内の滞留水を流し出し、塩素濃度・温度を適正に保つ操作。医療施設では全蛇口を対象に週1回以上の実施が推奨されています。

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放置するとどうなるか

1週間使用しない配管にはバイオフィルムが形成され、レジオネラ菌・緑膿菌・非結核性抗酸菌が増殖。院内感染アウトブレイクの原因になります。

医療従事者がすべき具体的対策

フラッシング頻度・温度管理・塩素濃度確認の3本柱を理解し、自動水栓特有のリスクと歯科ユニット水管理の落とし穴を知ることが重要です。


フラッシングとは何か:配管と水の基本的な仕組み


フラッシングとは、配管内に溜まった滞留水を一定時間放流することで、管内の水を新鮮な水に置き換える操作です。医療施設では「蛇口から水を出す」という日常動作に見えますが、その目的は塩素濃度の回復・温度の正常化・微生物の洗い流しという、感染管理上の重要な意義を持っています。


医療施設の水は、まず自治体の上水道から建物内の受水槽・貯水槽へ流入し、そこから長い給水配管を通って各病室・手洗いシンク・処置室の蛇口へと届きます。この配管の総延長は大型病院ともなれば数百メートルから数キロメートルに及ぶこともあります。問題は、使われない蛇口や使用頻度の低い配管の末端では、水の流れが止まってしまう点です。


流れの止まった水の中では、残留塩素が徐々に揮発・消費され、消毒効果が失われていきます。給水末端の塩素濃度は水道法上0.1 mg/L以上の維持が義務づけられていますが、滞留した配管では数時間〜数日でこの基準を下回ることがあります。つまり「見た目はきれいな水道水」でも、塩素が消えた時点で微生物の増殖が始まっています。


つまり、フラッシングは「汚れた水を流す」ではなく「水を常に動かして清潔を保つ」操作です。この違いを正確に理解することが出発点です。


管理ポイント 基準値・目安 フラッシングとの関係
遊離残留塩素濃度(給水末端) 0.1 mg/L 以上 滞留で消失する→フラッシングで回復
給水系温度 25℃以下(全配管) 温度上昇でレジオネラ増殖→冷水供給で管理
給湯系温度(蛇口末端) 55℃以上 熱湯放流がそのまま消毒効果を持つ
貯湯槽温度 60℃以上(推奨70〜80℃) 高温維持が前提・蛇口末端まで温度確認が必要


参考:給水・給湯管理に関する具体的な基準とQ&Aは以下が詳しいです。


東京都健康安全研究センター「Q&A 給水・給湯管理」


フラッシングをしないと配管の水はどう汚染されるのか

1週間使用しない配管には、微生物が増殖しバイオフィルムを形成する」。東京医科大学病院感染制御部の中村造医師が日本環境感染学会誌(2019年)に報告した内容です。これは新築・改修直後の配管でも例外ではありません。医療従事者の多くは、水道水の清潔さを信じているかもしれません。しかし、それは健康な一般人への基準であり、免疫が低下した入院患者にとっては話が変わります。


バイオフィルムとは、微生物が配管内壁に形成するぬめり状の膜です。シンクの排水口にできるヌメリをイメージするとわかりやすく、配管の内側にも同様のものが形成されます。バイオフィルムの厄介な点は、通常の塩素消毒では内部まで消毒薬が浸透しにくいため、一度形成されると除去が非常に難しいことです。


バイオフィルムの中で問題となる主な微生物を整理すると、次のようになります。


  • 🦠 <strong>レジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila):25〜45℃で急増殖し、エアロゾル吸引で肺炎を引き起こす。死亡率は10〜15%に達することもある重篤な病原体。
  • 🦠 緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa):蛇口・シンク周辺に定着しやすく、免疫不全患者への伝播が確認されている。抗菌薬耐性を持つ株が問題になることも多い。
  • 🦠 非結核性抗酸菌(NTM):シャワーヘッドの70%から検出されたという報告もあるほど水環境に広く分布している。
  • 🦠 ESBL産生クレブシエラ菌:シンク排水口に定着し、スプラッシュバック(水の跳ね返り)経由で患者や医療者の手指を汚染する事例が報告されている。


これらの微生物は、フラッシングを継続することで管内への定着を防ぐことができます。フラッシングが基本です。逆にいえば、使用頻度の低い水栓を放置することは、院内感染源を育てることと同義です。


神奈川県の病院でのレジオネラ感染事例では、フラッシング実施に伴い使用可能なベッド数が減少し、入院制限が生じたことも報告されています(神奈川県調査検証委員会報告書, 2022年)。水の管理が病床運営に直結するリスクを、数字が示しています。


参考:医療施設での水系感染症の実態と対策の詳細は以下をご確認ください。


日本環境感染学会誌「病院における Water Hygiene 管理」中村造(2019年)


フラッシング配管水の管理で医療従事者が見落としがちな自動水栓のリスク

院内の感染対策として普及している「自動水栓(タッチレス水栓)」。手指による蛇口レバーへの接触をなくすことで、院内感染リスクを下げる効果が期待されています。これは事実であり有効な対策です。しかし、自動水栓にはフラッシングの観点からみた見逃されやすいリスクが2つあります。


1つ目は「節水モードによる吐水量の少なさ」です。現在、日本で広く普及している自動水栓の多くは節水設定となっており、1回の使用で吐水される水量が最小限に抑えられています。その結果、蛇口の吐水口末端まで十分な塩素濃度を含んだ水が届く前に水が止まってしまうことがあります。蛇口末端の残留塩素が不十分になれば、微生物の定着に繋がります。


2つ目は「温度管理の問題」です。自動水栓には火傷防止のため、人肌に適した温度(概ね36〜38℃程度)に水温が自動調節されている製品が多くあります。しかし、レジオネラ菌が最もよく繁殖するのはまさにこの25〜45℃の温度帯です。フラッシングを目的とした「熱湯放流(55℃以上)による消毒」が、通常使用の状態では実施できないことを意味しています。


つまり、自動水栓はある意味でフラッシング効果が低くなりやすい構造です。この点を認識した上で、一定期間ごとに温度制御を解除して給湯によるフラッシングを行うか、自動タイマー式の排水装置を導入するといった追加対策が必要になります。東京医科大学病院の事例では、タイマー式自動排水装置を設置した蛇口で感染リスクの低減が確認されています。


水栓の種類 院内感染対策上の利点 フラッシング上のリスク
手動水栓 吐水量・温度を手動で調節可能 蛇口レバーへの接触汚染リスクがある
自動水栓(節水型) タッチレスで接触感染を低減 節水設定で末端塩素不足・温度管理が困難


自動水栓で院内感染対策を強化している施設では、フラッシングの観点から定期的な吐水量・水温の点検を設備担当者とともに確認することをおすすめします。


参考:自動水栓とフラッシングの関係は以下の論文に詳しく記述されています。


東京医療保健大学「医療施設における Water Hygiene 管理について」中村造(2023年)


歯科ユニット配管の水フラッシング:見落とされやすい院内感染リスク

歯科医療に携わる方にとって、歯科用ユニットの給水系配管は特に注意が必要な領域です。歯科ユニットの給水チューブは内径4mm前後と非常に細く、しかも全長は1台あたり数メートルに及びます。診療終了後に配管内に残留した水は、翌朝まで一晩静止したままです。


ある調査によると、フラッシング前のハンドピース排出水に含まれる従属栄養細菌数は約150,000 CFU/mLに達することが報告されています(山田ら、日本歯科医師会雑誌)。これは飲料水基準(100 CFU/mL以下)の1,500倍に相当する菌数です。意外ですね。


しかし、毎朝のフラッシングを実施することで雑菌を約1/50まで減少させられることが確認されています。「1/50」は数字だけでは実感しにくいですが、50人の患者さんが一列に並んでいるうちの1人だけが残るイメージです。


ただし、重要な注意点があります。一旦給水系チューブ内にバイオフィルムが形成されてしまうと、毎朝フラッシングを行っても除去は不可能です。これはフラッシングの限界を示しています。フラッシングはあくまでバイオフィルムの「形成を防ぐ予防策」であり、「除去手段」ではありません。形成後の除去には過酸化水素系の専用消毒液を使用した化学的洗浄(ショック処理)の併用が必要です。


  • 🦷 フラッシング前の細菌数:約150,000 CFU/mL(飲料水基準の1,500倍)
  • 🦷 毎朝のフラッシング後:細菌数は約1/50に減少
  • 🦷 バイオフィルム形成後はフラッシングだけでの除去は不可能
  • 🦷 非外科処置用給水の細菌数目標値:200 CFU/mL以下(ガイドライン推奨値の一例)


このリスクに対する対策として、KaVo社など一部のメーカーは過酸化水素系消毒液を自動循環させる感染管理機能を搭載したユニットを提供しています。フラッシングと定期的なショック処理を組み合わせることで、水質目標値の維持が可能です。新規ユニット導入時や買い替え時に、感染管理機能の有無を確認することを選択肢の一つとして検討してください。


参考:歯科ユニット給水系の微生物汚染と対策について詳細に記述されています。


日本環境感染学会誌「歯科診療用ユニット給水系中の微生物汚染に関する検討」


医療施設での配管フラッシングと水管理を実践するための具体的な確認事項

知識を日常の感染対策に落とし込むには、実践的なチェックポイントを把握しておくことが重要です。欧米では「Water Safety Team(WST)」として、感染管理専門家・設備管理者・微生物専門家・清掃スタッフなど複数の職種が連携した水管理チームの組織化が進んでいます。日本では対応が遅れているのが現状ですが、東京医科大学病院では独自の Water Safety Plan を策定し、以下のような頻度管理を実践しています。


管理項目 実施頻度 確認内容
蛇口の微生物検査 4か月ごと 1フロアあたり10か所程度
給水末端の塩素濃度確認 4か月ごと 0.2 ppm(0.2 mg/L)以上
給湯末端の温度確認 4か月ごと 55℃以上
貯湯槽の温度確認 毎日 60℃以上維持
陽性蛇口のフラッシング 毎日 検査陽性となった蛇口を徹底的に放流


医療従事者として日常で実践できる最小限の行動は、①使用頻度が低い蛇口を週1回以上数分間放流すること、②所属する施設の設備担当者と連携して不使用水栓の撤去を検討すること、③フラッシング記録を残す仕組みを整備すること、の3点です。記録が重要です。


なお、レジオネラ菌汚染が確認された際のフラッシング対応として、「給湯配管内に70℃以上の湯温を5分間以上放流する」という高温フラッシングが有効とされています(神奈川県立病院機構調査検証委員会報告書)。これは日常的なフラッシングとは別の緊急対応であり、実施時には使用可能ベッド数が減少するリスクも念頭に置いた施設全体の調整が必要です。


感染管理担当の看護師や感染制御チーム(ICT)のメンバーが設備管理者や院内の水質管理記録を定期的に確認する習慣を持つことが、見えないリスクを可視化することにつながります。施設内の Water Hygiene 対策に不安を感じた場合は、日本環境感染学会のガイドラインや各都道府県のレジオネラ症防止対策指針を参照することをおすすめします。


参考:病院でのレジオネラ症発生事例と感染拡大防止の実際の対応が詳述されています。


神奈川県立病院機構「レジオネラ肺炎発症に係る調査検証委員会報告書」(2022年)




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