皮膚バリアは角質層だけで成立していると思うと、アトピー性皮膚炎の治療で行き詰まります。
タイトジャンクション(Tight Junction:TJ)は、上皮細胞同士が「ジッパーのように密着する」細胞間接着装置です。皮膚においては、表皮を構成する4層のうち、外側から2番目にあたる顆粒層の特定の細胞層(SG2層)にのみ存在します。つまり、表皮を構成する基底層・有棘層・顆粒層・角質層のうち、TJが実際にバリア構造を形成しているのは顆粒層第2層(SG2)の1層だけです。
これは意外に思われるかもしれません。顆粒層はSG1・SG2・SG3の3つの細胞層から成りますが、慶應義塾大学医学部皮膚科学教室の研究によれば、TJを形成しているのはSG2細胞だけであることが明らかになっています。SG2より下層の細胞ではクローディンというTJ構成タンパク質が発現していても、TROP2などの膜タンパク質と結合した「待機状態」に保たれており、TJを形成していません。SG2に到達した段階でRho-ROCK経路が活性化され、酵素マトリプターゼがTROP2を切断することで、初めてクローディンが解放されてTJが形成されます。
顆粒層より下の細胞でTJが形成されてしまうと、上の層に向けた水分・栄養素の供給が遮断されてしまいます。そのため、SG2のみでTJを形成する仕組みは、正常な分化と皮膚恒常性を守るために精密に制御されているのです。つまり「顆粒層=TJがある」ではなく、「顆粒層の中でも1層のみ」が原則です。
TJはいくつかの分子が集まって構成されています。主役は「クローディン(Claudin)」というタンパク質で、現在ヒト・マウスで合計27種類のクローディンファミリーが報告されています。皮膚ではクローディン1とクローディン3が主に発現し、このうちクローディン1がTJバリアの中心的な役割を担うとされています。
クローディンのほかに、TJには「オクルディン」や「JAM(Junctional Adhesion Molecule)」などの膜貫通タンパク質も存在します。これらは細胞骨格であるアクチンと「ZOファミリータンパク質」を介して連結しており、TJの機械的安定性を支えています。これらが一体となって機能することで初めて、TJは細胞間の物質移動を制限するバリアとして働けます。
特に重要なのがクローディンの「種類と量」です。大阪大学の研究グループ(月田早智子教授ら)は、クローディン1の発現量を6段階に変化させた遺伝子改変マウスを用いた実験で、発現量が野生型の約50%以下に低下するとTJバリア機能が指数関数的に急落することを示しました(PNAS, 2016)。これは非常に重要な知見です。
クローディン1を完全にノックアウトしたマウスは生後1日以内に脱水で死に至りますが、発現量が半分以下になっても急激にバリア機能が低下する——この事実は、遺伝子の「ある/なし」だけでなく、「発現量の微妙な変化」がすでに臨床的に意味を持つことを示しています。クローディン1の発現量低下がアトピー性皮膚炎患者の皮膚で実際に確認されているという点でも、これは臨床的な意義があります。
JST|クローディン1の量依存的なバリア機能変化とアトピー性皮膚炎との関係(大阪大学・月田教授グループ)
皮膚のバリア機能は「角質層で担われている」という理解が長らく主流でした。しかし現在では、角質層バリアとTJバリアの2つが相補的に機能するという「2層バリアモデル」が標準的な理解となっています。これは基本です。
この2つのバリアは、役割の方向性が異なります。角質層バリアは主に「外から内へ」の異物侵入を防ぐ第1の壁として機能します。TJバリアは「内から外へ」の水分・保湿成分の蒸散を防ぐとともに、「外から内へ」角質層を通り抜けた抗原がさらに体内深部に侵入するのを防ぐ第2の防壁です。角質層と顆粒層TJという異なるレイヤーが、それぞれ独立しつつも連携してバリアを維持しているのです。
重要なのは、この2つのバリアの機能が相互依存的であるという点です。角質層に主要構成タンパク質「フィラグリン」の遺伝子変異が生じると、角質層バリアが弱まり、その影響でTJバリアの機能にも異常を来すことがあります。逆に、TJバリアが脆弱化すると、角質層形成にも障害が生じることが最新研究で確認されています。両者は独立ではなく、相互作用する動的なシステムです。
2025年3月には、花王と大阪工業大学の共同研究グループが「トリセルラータイトジャンクション」(細胞3つの接点を封じる特殊なTJ構造)が減少すると、顆粒層バリア機能の低下だけでなく正常な角質層形成も妨げられることを新たに発見しています。TJは角質層とも密接に連動しているということですね。
佐藤製薬|TJバリア機能低下が角質層バリアにも異常をきたすメカニズムの解説
TJバリアには、見落とされがちな重要な役割がもう一つあります。表皮内の感覚神経線維をTJの内側に「封じ込める」機能です。これは使えそうな知識です。
健常皮膚の表皮内では、神経線維は基底層から顆粒層にかけて伸びていますが、TJバリアの外側(角質層側)には原則として突出していません。理化学研究所の研究グループ(岡田峰陽チームリーダーら)は、表皮神経がダイナミックに伸縮しながら、新しいTJが形成されるタイミングで「剪定(pruning)」されることを生体イメージングで世界で初めて直接観察しました(Scientific Reports, 2019)。
この剪定機構が失われた状態がアトピー性皮膚炎の病変部で起きていることを同研究は示しています。TJバリアが弱まると、神経がTJを貫通して外側へ突出し、TRPA1というイオンチャネルを介した異常な神経活性化が起こります。この異常活性化こそが、アトピー性皮膚炎の頑固な掻痒を引き起こす末梢神経レベルのメカニズムの一つです。
さらに花王のスキンケア研究所は2025年9月に、敏感肌においてはTJの構成分子「クローディン3」の遺伝子発現量が有意に低下しており、この低下によって神経線維が角層深部まで伸長しやすくなることを確認しました。そのアンケート調査では、TJ機能強化素材(γ-アミノ-β-ヒドロキシ酪酸)を含む製剤を8週間連用した群の8割以上が「チクチク・ヒリヒリ感が軽減した」と回答しています。TJバリアの補強が感覚神経の恒常性維持にも直結するという、臨床応用に直接つながる知見です。
理化学研究所|皮膚バリアと感覚神経の関係を可視化(TJ内側への神経保持メカニズム)
花王|敏感肌の知覚過敏とクローディン3・TJバリア機能低下の関係(2025年研究発表)
TJバリアは単なる物理的障壁ではありません。免疫系との精巧な連携においても中心的な役割を担っています。
表皮内には「ランゲルハンス細胞」と呼ばれる抗原提示細胞が常駐しています。ランゲルハンス細胞は活性化すると、TJバリアの外側(角質層側)に向けて長い樹状突起を伸ばし、角質層を通り抜けてきた抗原やアレルゲンを積極的に捕捉することが、慶應義塾大学の久保亮治らのグループによって初めて明らかにされました(J Exp Med, 2009)。つまり、TJはランゲルハンス細胞が樹状突起を伸ばす「足場」でもあります。
このメカニズムは、アトピー性皮膚炎や食物アレルギー、喘息などの「経皮感作」の一因と考えられています。アトピー性皮膚炎の病変部皮膚では、TJバリアの外側に樹状突起を伸ばすランゲルハンス細胞の数が正常皮膚より増加していることも確認されており(JACI, 2014)、TJの脆弱化が免疫系の過剰応答を助長している可能性があります。
ここで押さえておきたいのは、バリア機能の低下と免疫応答の亢進が「同時に」起きているという点です。角質層バリアの異常 → TJバリアを越えた抗原侵入の増加 → ランゲルハンス細胞の過剰な抗原捕捉 → 経皮感作の亢進、というカスケードがアトピー性皮膚炎の発症・増悪に寄与しています。TJバリアの評価と強化は、皮膚免疫系の制御という観点からも臨床的に重要です。
なお、九州大学の池ノ内順一教授らのグループは2025年7月、TJが「Rho-ROCK–マトリプターゼ–EpCAM/TROP2–クローディン」という一連の分子カスケードによって迅速に再建されるメカニズムを解明しました(eLife, 2025)。これにより、将来的にはRho-ROCK経路やマトリプターゼを標的とした、アトピー性皮膚炎などへの新たなバリア修復療法の開発が期待されています。