褥瘡の保湿がなぜ必要か皮膚バリア機能から学ぶスキンケア

褥瘡予防に保湿がなぜ重要なのか、皮膚バリア機能やセラミドの役割、保湿剤の種類と選び方、塗り方の注意点まで医療従事者向けに徹底解説。あなたの現場のケアは本当に正しいですか?

褥瘡の保湿がなぜ必要か:皮膚バリア機能とスキンケアの根拠

ドライスキンにワセリンを塗ると、水分補給どころか鱗屑(りんせつ)を生じさせることがあります。


この記事の3つのポイント
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保湿は「予防」と「治療」の両輪

褥瘡ケアにおける保湿は、褥瘡が発生していない段階の予防的スキンケアと、発生後の治療的スキンケアの両方に不可欠です。皮膚バリア機能を維持することが褥瘡発生リスクを下げる直接的な根拠となっています。

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保湿剤の種類を誤ると逆効果になる

エモリエント剤(ワセリン系)とモイスチャライザー剤(ヘパリン類似物質・セラミド含有)は効果が異なります。皮膚の状態を正しくアセスメントせずに選ぶと、皮膚浸軟や鱗屑を招く可能性があります。

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塗り方・タイミング・使用量にエビデンスがある

入浴・清拭後15分以内の塗布、皮溝に沿った横方向への塗り広げ、1日2回以上の実施が効果的とされています。「なんとなく塗る」から「根拠に基づいて塗る」ケアへのアップデートが求められています。


褥瘡の保湿がなぜ必要か:皮膚バリア機能の仕組みを理解する


褥瘡予防におけるスキンケアの中心に「保湿」が置かれる理由は、皮膚そのものが持つバリア機能と深く結びついています。皮膚のバリア機能とは、体内の水分が外へ逃げないようにすると同時に、外部からの細菌・アレルゲン・物理的刺激を遮断するはたらきのことです。このバリア機能の主役を担っているのが、表皮最外層にある「角質層」です。


角質層の保湿を維持している因子は主に3つです。


  • 🧱 <strong>細胞間脂質(セラミドが約50%を占める):角質細胞と細胞の間を埋めるモルタルのような役割を果たし、水分を外へ逃がさない。
  • 💦 天然保湿因子(NMF):角質細胞の内側に存在し、水分と結合して保持する吸水性の高い成分群。
  • 🫧 皮脂膜:皮膚表面を覆うpH4.5〜6.0の弱酸性の膜で、抗菌作用も持ちながら水分蒸散を防ぐ一次バリアとして機能する。


これら3つのどれかが失われると、バリア機能は急速に低下します。角層が乾燥してひび割れると、隙間から細菌や異物が侵入しやすくなります。これが「バリア機能の破綻」であり、感染リスクや褥瘡発生率が高まる直接的な原因です。


特に医療現場で注目すべきなのは、高齢者の皮膚では老化によってセラミドの合成量が減少し、ターンオーバー(表皮の再生周期)が延長するという変化です。古くなった角質細胞が蓄積して角層が厚くなる一方で、内部の水分保持力は低下します。表面は乾燥してひび割れた状態になりますが、これは水分が豊富なわけではなく、むしろ水分の出し入れのコントロール機能が壊れているサインです。


近年、この状態を「スキンフレイル(皮膚の虚弱)」と呼ぶようになっています。スキンフレイルとは、加齢・乾燥・栄養不足・疾患・薬剤などが複合的に作用して皮膚の脆弱性が高まった状態を指します。スキンフレイルに陥ると、軽微な圧迫や摩擦でも褥瘡が発生しやすくなり、いったん発生した褥瘡が治りにくくなるため、予防的スキンケアの介入が非常に重要になります。


皮膚バリア機能が低下した状態は、確かに「感染リスクが上がる」ということです。褥瘡予防のためには、圧迫の排除と並んで、保湿によるバリア機能の維持を継続的に行うことが根拠のあるアプローチといえます。


参考:褥瘡の予防的スキンケア・治療的スキンケアについてエビデンスをもとに解説しています。


褥瘡の予防的スキンケア・治療的スキンケア|まるわかり褥瘡ケア(ディアケア)


褥瘡の保湿で使う保湿剤の種類:エモリエントとモイスチャライザーの違い

保湿ケアを実践するうえで、「どの保湿剤を選ぶか」という判断は治療の質に直結します。保湿剤は大きく2種類に分けられます。


  • 🔵 エモリエント剤:油脂性の成分が皮膚表面に被膜を形成し、皮膚内からの水分蒸散を物理的に防ぐタイプ。代表例はワセリン(白色ワセリン)、プロペトなど。塗布直後の保湿効果は比較的低いが、徐々に効果が高まる。
  • 🟢 モイスチャライザー剤:水分そのものを含む成分が角質層に補水するタイプ。代表例はヘパリン類似物質含有製剤(ヒルドイドなど)、セラミド含有製剤など。塗布直後は高い保湿効果を示すが、時間の経過とともに効果が急激に低下するものもある。


ここで医療従事者が特に注意すべきポイントがあります。


ドライスキンの状態にある皮膚に対して、エモリエント剤であるワセリンだけを塗布すると、被膜が形成されるものの、角質層の水分量が不足したままになります。結果として、パラフィン薄膜のような鱗屑(りんせつ)が生じることがあります。ドライスキンが確認された場合は、まずモイスチャライザー剤で水分を与えてから、その上からエモリエント剤で蓋をするという2ステップが有効です。


また、尿素製剤は高齢者の肥厚した角質層に対して浸透力が高く、水分補給に適しています。ただし、高い浸透圧作用により皮膚への刺激が強く、菲薄(ひはく)した脆弱な皮膚や化学療法・放射線療法後の皮膚には使用を避けるべき場合があります。一方、ヘパリン類似物質製剤は血行促進・抗炎症作用を持ちますが、出血傾向のある患者には使用できない禁忌があります。


近年、注目されているのがセラミド含有の保湿剤です。セラミド配合製品は角質細胞間脂質の主要成分を補充する形で作用し、持続効果があります。ローションタイプは伸展性が良く使用感も良好なため、介護者や医療スタッフの負担軽減にもつながります。現在は市販品でも多く流通しており、入手しやすい環境が整っています。


保湿剤の選択は状況によって変わります。乾燥の程度、皮膚の厚さ、疾患・治療歴、失禁の有無などを総合的にアセスメントしたうえで選択することが原則です。


参考:ナース専科による保湿剤の種類と選択の詳しい解説です。


【褥瘡】皮膚が乾燥すると何がいけないの?|ナース専科


褥瘡の保湿ケアの実践:タイミング・塗り方・使用量のエビデンス

「保湿剤さえ塗れば良い」という認識は、実は不十分です。いつ塗るか、どう塗るか、どの程度の量を塗るかによって、保湿の効果は大きく変わります。


① タイミング:入浴・清拭後15分以内が目安


皮膚のバリア機能は、洗浄によって皮脂膜が一時的に失われます。そのため、入浴や清拭後は皮膚が乾燥しやすい状態になっています。皮膚表面の水分が蒸発しきる前に保湿剤を塗布することで、角質層に水分を封じ込める効果が高まります。マルホ株式会社の推奨では、清拭後「できれば10分以内」に保湿剤を塗布するよう指示されており、在宅でも「15分以内」が有効とされています。


ただし、タイミングが少し遅れることよりも、「塗らないこと」のほうが圧倒的に問題です。在宅現場ではマンパワーが不足することもありますが、多少時間が経過しても保湿ケアを継続することを優先しましょう。継続が原則です。


② 塗り方:皮溝に沿って横方向に、摩擦をかけない


保湿剤の塗布は「擦る」ものではありません。などの四肢は皮溝(皮膚のシワ)が横方向に走行しているため、横に滑らせるように塗り広げることで成分が角質層に吸収されやすくなります。背中・腹部では中心から横方向に広げる塗り方が推奨されています。


特に高齢者の皮膚は菲薄化しているため、縦方向の強い摩擦でもスキン-テア(皮膚裂傷)を引き起こすことがあります。少量を両手に薄く伸ばし、押さえるようにやさしく馴染ませる塗布が、保湿効果を高めながら皮膚損傷を防ぐ正しい方法です。


③ 使用量:皮膚がしっとり光る程度が適量


多すぎる塗布量も問題です。ワセリン系エモリエント剤を過剰に塗布すると、汗腺が塞がれて水分蒸散が妨げられ、「皮膚浸軟(角層がふやけた状態)」を引き起こします。浸軟が起きると角層のバリア機能が低下し、びらんや感染リスクがかえって高まります。適量の目安は「皮膚がてかる程度」であり、ティッシュペーパーを当ててゆっくりはがれ落ちる程度が適切です。


④ 塗布回数:1日2回以上が保湿効果を高める


研究では、1日2回以上の保湿スキンケアを行うと保湿効果が高まると示されています。特にスキン-テアの既往がある患者では、1日2回の保湿ケアを習慣化することが推奨されています。在宅で1日1回しか実施できない場合でも、毎日継続することのほうが優先されます。


参考:マルホ医療関係者向けサイトに、スキンケアの具体的手順が詳しく掲載されています。


褥瘡の保湿ケアの落とし穴:ワセリンの「なんでも使い」は危険

在宅・施設現場において、「褥瘡ケアといえばワセリン」という慣習が根づいている場面があります。ワセリンは確かに安価で入手しやすく、皮膚保護効果が高い薬剤です。しかし、何でもワセリンで対応するという姿勢には、複数のリスクが潜んでいます。


リスク①:ドライスキンへのワセリン単独使用は鱗屑の原因になる


乾燥が強い状態(ドライスキン)の皮膚に対してワセリンだけを塗ると、水分が不足したまま油分の被膜だけが形成されます。その結果、パラフィン薄膜のような白い鱗屑が剥がれ落ちる状態が生じます。これはワセリンの「被膜形成作用」が角層の水分補給なしに働いてしまうからです。ドライスキンが確認されたら、まず水分補給系のモイスチャライザーで対応し、その後にエモリエント(ワセリン)で蓋をするステップが必要です。


リスク②:塗りすぎは皮膚浸軟を招く


ワセリンを厚く塗り過ぎると、汗腺が塞がれ水分蒸散が妨げられます。角層に水分が過剰に貯留すると浸軟(角質がふやける状態)が発生し、バリア機能と組織耐久性がかえって低下します。びらん・感染のリスクが増加するため、ワセリン塗布は「薄く塗る」が絶対的な原則です。


リスク③:褥瘡の状態に合わせた外用薬の使い分けができていない


褥瘡の創部には、感染を抑制する薬剤、滲出液を調整する薬剤、肉芽形成を促進する薬剤など、目的ごとに使い分けが必要な外用薬が複数存在します。ワセリンはあくまで保護・保湿の目的で使用するものであり、治療目的で使用できる場面は限られています。適切な薬剤選択ができていない場合、一見ケアしているように見えても褥瘡が1年以上変化しないまま放置されることもあります。


この問題への対策として、施設や訪問看護ステーションでは、皮膚・排泄ケア認定看護師(WOC認定看護師)への相談や、定期的な多職種カンファレンスへの参加が非常に有効です。


参考:在宅でのワセリン使用について注意点を含めた詳細な解説があります。


訪看さんは「なんでもワセリン」—褥瘡ってそれで本当に治るの?|ディアケア


褥瘡の保湿ケアを現場で継続するための独自視点:「保湿を習慣化させるデザイン」という発想

保湿の必要性と方法を理解していても、現場でケアが継続されないという問題があります。特に在宅現場では、高齢の介護者が1人で全身の保湿ケアを担う場面が少なくありません。疲労・時間不足・手技の不安から、保湿ケアが省略される事態は珍しくないのが現状です。


そこで重要になるのが「保湿を続けやすくする仕組みのデザイン」という視点です。これは個々の患者・利用者の生活環境に合わせて、スキンケアのハードルを下げる工夫を組み込むことを意味します。


①剤型の選択でケアの負担を下げる


軟膏・クリーム・ローション・フォームという4種の剤型にはそれぞれ特徴があります。朝の忙しい時間帯には短時間で塗れるフォームやローション、夜の余裕がある時間には保湿力が高い軟膏やクリームという使い分けが有効です。ケアを行う介護者の体力や利き手の機能も考慮すると、継続性が上がります。


②保湿効果のある入浴剤の活用


全身への保湿剤塗布が難しい場合、保湿効果のある入浴剤を浴槽に入れることで、入浴そのものが保湿ケアになります。これは入浴剤で全体的な保湿ベースラインを高め、その後の個別部位への保湿剤塗布の回数・量を減らすことを可能にします。


③「ながらケア」でルーティン化する


体位変換やおむつ交換のタイミングで、骨突出部や好発部位の皮膚観察と保湿ケアをセットにするという方法があります。これにより、「保湿のためだけに時間をとる」という高いハードルがなくなり、すでにあるケアルーティンに組み込む形で継続が可能になります。


④家族や介護職への視覚的な手順の共有


医療職以外が保湿ケアを担う場合、「どこに」「どのくらい」「どう塗るか」を視覚的に示したケアシートを作成することが有効です。絵や写真を使った手順書が1枚あるだけで、ケアの質と継続率は上がります。


これらの工夫は、日本褥瘡学会が提唱する「褥瘡予防・管理ガイドライン」においても、継続的なスキンケアの実践が予防に直結するとされていることと一致しています。保湿ケアの「知識」と「継続するための仕組み」の両方を整えることが、褥瘡発生率の低下につながる実践的なアプローチといえます。


参考:スキンケアの継続性・在宅での実践のポイントについて詳しく解説しています。




J.of CLINICAL REHABILITATION(クリニカルリハビリテーション)脊髄損傷者の褥瘡予防─リハ医が積極的に関与するために 2023年9月号 32巻10号[雑誌](CR)