「吸水」という名前なのに、滲出液の多い創面には使えません。
吸水クリームは日本薬局方に収載された軟膏基剤であり、医療用医薬品として調剤現場で幅広く使用されています。かつては「吸水軟膏」という名称で知られていましたが、2015年の日本薬局方における日本名命名法の変更に伴い、「吸水クリーム」に改称されました。「吸水軟膏=吸水クリーム」という関係が成立するため、旧名称のまま処方せんや記録に残っているケースも多く、名称の混同には注意が必要です。
日本薬局方に基づく吸水クリームの組成(100g中)は以下の通りです。
| 成分 | 配合量 |
|---|---|
| 白色ワセリン | 40g |
| セタノール | 10g |
| サラシミツロウ | 5g |
| ソルビタンセスキオレイン酸エステル | 5g |
| ラウロマクロゴール | 0.5g |
| パラオキシ安息香酸メチル | 0.1g |
| パラオキシ安息香酸プロピル | 0.1g |
| 精製水 | 適量 |
外観は白色で光沢があり、わずかに特異なにおいを持つ半固形の製剤です。主成分は白色ワセリン(40%)であり、乳化剤としてソルビタンセスキオレイン酸エステル、防腐剤としてパラオキシ安息香酸エステル類が含まれています。
この組成からわかるように、吸水クリームは油脂性の外観をベースに精製水を含んだ乳剤性基剤です。特に添付文書に「軟膏面(外相)が油相であるため、皮膚によく密着し、塗布しやすい」と記載されている点は実務上も重要です。
効能・効果は「軟膏基剤として調剤に用いる。また、皮膚保護剤として用いる。」の2つに限られています。単剤として使用するというより、他の薬剤と混合して基剤調整に使う場面が多いです。製剤の特性として重要なのは、吸水能力が高く、薬品の水溶液も配合できるという点で、主薬が水溶液の場合でもブレンド可能なことが調剤現場での活用価値を高めています。
つまり、基剤そのものの性質をしっかり把握することが第一歩です。
参考:吸水クリーム「ニッコー」添付文書(JAPIC)
https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00065186.pdf
吸水クリームを正しく使うためには、まず乳剤性基剤の分類を整理する必要があります。乳剤性基剤は水と油を界面活性剤で混合したもので、外相が水・内相が油の「水中油型(O/W型)」と、外相が油・内相が水の「油中水型(W/O型)」の2種類に大きく分かれます。
吸水クリームはW/O型(油中水型)乳剤性基剤に分類されます。これは添付文書にも明記されており、薬剤師国家試験でも繰り返し出題される重要事項です。ここで多くの医療従事者が誤解しやすいポイントがあります。
「吸水」という名称から、滲出液を吸収するイメージを持たれがちです。しかし実際には、W/O型の乳剤性基剤である吸水クリームには滲出液を積極的に吸収する能力はありません。文献には「吸水軟膏は名称と効果が異なり、吸水効果はもたない」と明記されています(厚生労働科学研究より)。水分の吸収吸着が主な役割なのは、マクロゴール軟膏のような水溶性基剤であり、吸水クリームではありません。
これは意外ですね。
名称の「吸水」は、製造工程において水相を吸い込んで乳剤を形成する性質に由来するものです。つまり、薬剤の製造時に水分を取り込めるという特性であって、塗布後の創面から水分を吸い取るという臨床的な意味ではないのです。このことを正確に把握しないまま使用すると、滲出液の多い褥瘡などに吸水クリームを塗布してしまう誤りにつながります。
基剤の性質が「保湿」か「吸水」かは、皮膚の状態に応じた外用薬選択の基本中の基本です。以下に基剤ごとの機能をまとめます。
| 基剤の種類 | 代表例 | 主な機能 | 適した創面 |
|---|---|---|---|
| 油脂性基剤 | 白色ワセリン、プラスチベース | 保湿・保護 | 上皮化期・乾燥面 |
| 乳剤性基剤(W/O型) | 吸水クリーム、ヒルドイドソフト | 保湿 | 滲出液が適正な乾燥型の創 |
| 乳剤性基剤(O/W型) | 親水クリーム、ゲーベンクリーム | 補水 | 滲出液の少ない乾燥面 |
| 水溶性基剤 | マクロゴール軟膏、ユーパスタ | 吸水 | 滲出液の多い創面 |
この表が基本です。吸水クリームの正確な位置付けを把握し直すことが重要です。
参考:剤形からみた基剤の分類と特徴(マルホ医療関係者向けサイト)
調剤の現場で特に混同されやすいのが「吸水クリーム」と「親水クリーム」の2剤です。名称が似ており、同じ乳剤性基剤という大分類に属するため、慣れない医療従事者が誤って取り違えるケースは珍しくありません。しかし、両者の型はまったく異なります。
吸水クリームがW/O型(油中水型)であるのに対し、親水クリームはO/W型(水中油型)の乳剤性基剤です。この違いは単なる形式上の分類にとどまらず、臨床での適応や使い方に直結します。
両者に共通している重要な注意事項があります。乳剤性基剤は吸水性があるため、「滲出液の多い湿潤面」には吸水クリームも親水クリームも使用すべきではありません。これは乳剤性基剤全般に当てはまる原則です。湿潤面には水溶性基剤(マクロゴール軟膏など)を選択するのが原則です。
また、名称変更の経緯も把握しておく必要があります。かつての「吸水軟膏」→「吸水クリーム」、「親水軟膏」→「親水クリーム」という名称変更が2015年に行われています。処方せんの記載や在庫管理の際に旧名称が残っているケースがあり、同一薬剤の別名として正しく対応できるようにしておきましょう。
さらに、乳剤性基剤は乳化剤や防腐剤(パラオキシ安息香酸エステル類など)を含むため、皮膚刺激性は油脂性基剤と比べて高くなります。びらんや潰瘍などの損傷皮膚面への使用は適しません。吸水クリームの添付文書上の副作用として「接触皮膚炎(頻度不明)」が記載されており、使用中に発疹・かゆみ・かぶれの症状が現れた場合は使用を中止する必要があります。
乳剤性基剤の違いを一言で言えば「W/O型は保湿、O/W型は補水」が原則です。
参考:基剤の種類と特徴(管理薬剤師.com)
https://kanri.nkdesk.com/hifuka/hosi1.php
吸水クリームを含む外用薬の混合は、調剤薬局・病棟薬剤業務・在宅医療など多くの場面で行われます。しかし、混合する基剤の組み合わせを誤ると、乳化が破壊されたり分離が起きたりして薬剤の品質や効果が著しく損なわれます。
基剤の混合可否について整理すると、以下のルールが基本です。
ただし、現場では例外的な応用があります。褥瘡治療に精通した古田勝経先生が提唱する「フルタ・メソッド」では、「吸水クリームソルベース」として吸水クリーム3:マクロゴール軟膏7の比率で混合したブレンド軟膏が用いられています。これは古田ブレンドとも呼ばれ、上皮化を促す目的で活用されており、弱い吸水性を持ちながら治癒期間の短縮に寄与すると報告されています。
このブレンドが機能する理由として、マクロゴール軟膏(水溶性基剤)の比率が多く(7割)、系全体の極性が水溶性側に傾いているため分離が起きにくい配合比となっている可能性があります。ただし、こうした応用はあくまで専門家の知見に基づくものであり、根拠なく独自の比率で混合することは危険です。
もう一点、乳剤性基剤に共通する注意事項として、混合によって保存剤(防腐剤)の濃度が低下するリスクがあります。吸水クリームにはパラオキシ安息香酸エステル類が含まれており、これが希釈されることで微生物汚染のリスクが高まります。混合製剤は長期保存に不向きで、一般に混合軟膏の使用期限は4〜8週間が目安とされています。
また、液滴分散型軟膏(タクロリムス軟膏など)との混合は、基剤の種類にかかわらず液滴の合一が起きるため不可です。混合前には必ず製薬会社に配合変化の有無を確認する習慣をつけることが大切です。
混合の可否は基剤の水油分類で判断するのが基本です。
参考:外用基剤の混合の可否について(日本薬剤師会)
https://www.jpwa.or.jp/kinyaku/siryo/gekkan/gekkan201106.pdf
褥瘡(床ずれ)治療において、外用薬の選択は治癒経過に直結します。しかし、「どの状態の創にどの基剤を当てるか」を正確に把握できている医療従事者は多くないのが実情です。吸水クリームは単独での使用頻度は比較的少ないものの、ブレンド基剤として活躍する場面が多く、その特性を理解することは褥瘡ケアの精度を上げることに直結します。
褥瘡の外用薬選択で最初に考えるべきことは、創面の「滲出液の量」です。滲出液が多い場合は水溶性基剤が適しており、滲出液がほぼない乾燥型の創であれば油脂性基剤や乳剤性(W/O型)基剤が選択肢に入ります。吸水クリームはW/O型乳剤性基剤として保湿性を持つため、滲出液が適正〜少ない創面における皮膚保護・上皮化の補助として機能します。
実際の臨床応用でよく参照されるフルタ・メソッドでは、創の状態をDESIGN-R® 2020スコアで評価し、各段階に応じた外用薬の選択基準を設けています。吸水クリームをマクロゴール軟膏と混合した「ソルベース(吸水クリーム3:マクロゴール軟膏7)」は、上皮化を促す目的で用いられ、安価かつ治癒期間が短いという特徴が認知症患者や在宅患者への応用例でも報告されています。
外用薬の塗布量と方法も見落とされがちなポイントです。浅い褥瘡には創面から少なくとも3mm程度の厚さで塗布することが推奨されており、薄く伸ばすだけでは湿潤環境の維持が不十分になります。また、発汗・滲出液により薬剤が流れるため、原則1日1回以上の塗り直しが必要です。
これは時間をかけてでも習得したい知識です。
褥瘡予防・管理ガイドライン(第5版)では、皮膚潰瘍治療薬全般を褥瘡の大きさ縮小に対して「推奨の強さ1B」で推奨しています。外用薬はそれぞれの基剤・主薬の特性を活かして使用することが前提であり、吸水クリームを含む基剤の知識は現場での判断精度を高める重要な基礎です。
参考:在宅褥瘡への外用薬の使い方(ディアケア)
https://www.almediaweb.jp/pressureulcer/maruwakari/part6/02.html
参考:進化し続ける「フルタ・メソッド」の「極意」(ディアケア)
https://www.almediaweb.jp/expert/feature/2410/
皮膚外用剤には、製品名から基剤の型を正しく読み取れない「名称トラップ」が数多く存在します。吸水クリームはその代表格です。現場では、名称から直感的に得た誤った先入観がそのまま処方・調剤・患者指導に影響するケースがあり、これが静かな医療事故リスクになります。
たとえば、「アクアチム軟膏1%」は製品名に「軟膏」と付いていますが、実際の基剤は油中水型クリーム(W/O型乳剤性基剤)です。「5-FU軟膏5%」も名称は軟膏ですが、水中油型クリーム(O/W型乳剤性基剤)に分類されます。このような製品は医療用医薬品だけでも複数あり、名称と実際の基剤特性が一致しない例は珍しくありません。
マルホが公開している医療従事者向けの資料によれば、「現在の医療用医薬品は製品名から基剤や剤形が判別できない製品が数多くあるので注意が必要」と明示されています。これはすべての医療従事者が認識すべき重要な注意点です。
こうした「名称トラップ」を回避するための実践的な対処法を整理します。
「名前で分かる」という思い込みが、実は最も危ういです。乳剤性基剤の種類とその特性は、皮膚外用剤に関わるすべての職種(医師・薬剤師・看護師・ケアスタッフ)が基本として持つべき知識です。チームで情報を共有し、外用薬の選択・混合・指導を適切に行う体制を整えることが、患者の治癒促進と安全な医療実践につながります。
知識のアップデートが患者ケアの質を上げます。
参考:外用薬が褥瘡に効くメカニズム(ディアケア)
https://www.almediaweb.jp/pressureulcer/maruwakari/part6/02.html