温泉水スプレーを吹きかけた後に保湿しないと、かえって肌の水分を奪ってしまいます。
アトピー性皮膚炎(以下、AD)は、皮膚バリア機能の障害と免疫異常を主な病態とする慢性炎症性疾患です。国内では成人でも全体の約3〜4%が罹患しているとされており、かゆみと湿疹の繰り返しによって患者さんのQOL(生活の質)が大きく損なわれます。
標準治療はステロイド外用薬やタクロリムス軟膏、保湿剤による継続的なスキンケアが中心ですが、患者さんの中には「なるべく薬に頼りたくない」「自然由来のものでケアしたい」という希望を持つ方も少なくありません。こうした背景から、温泉水を使ったスキンケア、とりわけ温泉水スプレー(サーマルウォータースプレー)が補完的ケアとして注目されています。
フランスの南仏アベンヌ村に湧く温泉水(アベンヌウォーター)は、1943年から皮膚ケア施設での使用実績があります。日本でも草津温泉(pH1.5の強酸性泉)や豊富温泉(北海道)、蔵王温泉(山形県)などが昔からADの患者さんに対して湯治先として知られてきました。これらの温泉水をスプレー形式で日常的に活用する流れが、近年の市販製品の普及とともに広がりを見せています。
ただし「温泉水 = 安全で有効」という単純化は危険です。温泉水スプレーの効果と限界、そして正しい使い方を医療従事者として理解しておくことが、患者さんへの適切な情報提供につながります。これが重要な出発点です。
ライスパワー研究所:アトピー性皮膚炎に対する温泉効果と注意点(保湿・殺菌・温浴効果の詳細解説)
温泉水がアトピー性皮膚炎のケアに役立つ可能性があるとされる主な作用は、保湿効果、殺菌効果、そして血行促進・リラックス効果(温浴効果)の3点に整理できます。スプレーとして使う場合は、主に保湿効果と殺菌効果が焦点になります。
保湿効果については、温泉水に含まれるメタケイ酸(シリカ)がセラミドの働きを活性化し、角質層の水分保持力を高めると報告されています。塩化物泉や硫酸塩泉も、肌の保湿に貢献する泉質として環境省の「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」でも紹介されています。つまり保湿が基本です。
殺菌効果については、AD患者の患部には黄色ブドウ球菌(*Staphylococcus aureus*)が多く検出されることが古くから知られています。酸性泉(pH2〜3程度)やホウ酸濃度の高い中性泉は、この黄色ブドウ球菌を殺菌する力があることが研究データで示されています(四国新聞 科学環境 2004年5月)。草津温泉のpHは約1.5であり、これは胃液(pH1〜2)に匹敵するほどの強酸性です。殺菌力は高いですが、その分、皮膚への刺激も強い点が重要なポイントになります。
以下に、AD対応として注目される泉質の特徴を整理します。
| 泉質 | 主な成分・特徴 | ADへの期待効果 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 酸性泉 | pH2〜3(草津温泉など) | 黄色ブドウ球菌の殺菌 | 刺激強・入浴後は成分を洗い流す |
| 硫黄泉 | 硫化水素含有(霧島・鬼怒川など) | 殺菌+血行促進 | 皮膚乾燥リスク・刺激に注意 |
| 炭酸水素塩泉 | 重炭酸イオン(別府・南紀白浜など) | 角質軟化・美肌効果 | 刺激は比較的少ない |
| 塩化物泉 | 塩分(松之山・伊東など) | 保温・保湿効果 | 傷・炎症部位にはしみやすい |
| 単純温泉 | 成分薄・刺激少(あわら温泉など) | 敏感肌・小児に安心 | 効果は穏やか |
スプレー製品として市販されているアベンヌウォーターは、マグネシウム・カルシウム・二酸化ケイ素(シリカ)を含む弱酸性〜中性の深層ミネラル温泉水です。フランスでは1943年から皮膚ケア施設での使用実績があり、無添加で刺激が少ない製品として知られています。ただし日本国内でのアトピーへの臨床データは十分に公表されていないため、過信は禁物です。意外ですね。
細野クリニック:アトピーと入浴・温泉療法(湯治)−泉質別の使い分けと入浴後ケアの詳細)
ここが最も実践的かつ重要な内容です。温泉水スプレーを「かゆいときにシュッと吹きかけるだけ」で使っている患者さんは少なくありません。しかし、この使い方には大きな落とし穴があります。
ミスト状の水分は、皮膚表面に噴霧された後、蒸発する際に角質層内の水分まで一緒に引き出してしまいます。乾燥した空気の中では特にこの現象が起きやすく、スプレーを使った後に何もしないと入浴後よりも肌が乾燥してしまうことがあります。これは逆効果ですね。
したがって、温泉水スプレーを正しく活用するためには、以下の手順が鉄則です。
入浴後の保湿については、「5分以内」というのが従来の常識でしたが、最新の研究では入浴1分後と1時間後とで保湿剤の効果に有意差はなかったとの報告もあります(持田製薬 皮膚科情報)。つまり厳密な時間よりも「継続して保湿すること」の方が重要だということです。温泉水スプレーも同じ考え方で、こまめにスプレー→保湿のセットを繰り返すことが有効なケアにつながります。
また、使用する温泉水スプレーの泉質によっては皮膚刺激が生じることがあります。特に酸性泉・硫黄泉由来のスプレーを直接患部に使用すると、炎症部位の悪化リスクがあります。患部にじゅくじゅくした滲出液がある状態、あるいは急性期の強い炎症時には使用を控えさせ、皮膚科医への相談を促すことが適切です。
持田製薬:乾燥肌の方に知ってほしい入浴時のポイントと入浴後のスキンケア(保湿剤のタイミング研究データあり)
医療従事者として患者さんへ温泉水スプレーを説明する際には、過大評価も過小評価もせず、「補完ケアとしての位置づけ」を正確に伝えることが求められます。
まず重要なのは、温泉水スプレーには炎症そのものを改善する医学的エビデンスが確立されていないという点です。温泉療法(バルネオセラピー)は補完医療として注目されていますが、現時点では「皮膚炎を治す効果がある」と医学的に断定されていません。ライスパワー研究所の情報でも「あくまでスキンケアや悪化因子の対策の一つとして役立てるものです」と明示されています。これが原則です。
次に、泉質選択の誤りが症状悪化につながるリスクです。患者さんが「温泉はアトピーにいい」という情報だけで酸性泉・硫黄泉由来の製品を選んでしまうと、炎症部位にダメージを与える恐れがあります。刺激が強いと感じた場合は即座に使用を中止するよう、事前に指導しておく必要があります。
さらに、市販の「温泉の素(入浴剤)」には注意が必要です。これらには硫黄分が含まれていることが多く、皮膚を乾燥させる作用があるため、ADには使用しない方が良い場合があります(東小金井うえだ皮ふ科 ブログ情報)。温泉水の源泉100%スプレーと成分が異なることを、患者さんに区別して説明しましょう。
患者指導のポイントをまとめると以下の通りです。
また、患者さんが「温泉水スプレーで治った」という情報をネットや口コミで得てきた場合、それが個人差によるものである可能性を冷静に説明する必要があります。実際に温泉水スプレーが有効に機能するのは、乾燥が主体の軽〜中等症の維持期ケアが中心であり、急性期の強い炎症には対応できません。厳しいところですね。
ライスパワー研究所:温泉が炎症そのものを治す効果は医学的に断定されていないとする根拠と解説
一般的な記事では触れられていないアプローチを1つ紹介します。温泉水スプレーをかゆみそのものの緩和に使うのではなく、「かいてしまう衝動を止める行動置換ツール」として活用する方法です。
ADの患者さんが皮膚を掻き壊してしまう大きな理由のひとつは、「かゆい→掻く」という反射的な行動パターンが形成されてしまうことです。この習慣的な掻き行動は、HRT(習慣逆転法)などの行動療法でも対象とされており、「掻く代わりに別の行動をする」という置換訓練が有効とされています。
ここでスプレーを活用します。かゆみを感じた瞬間に「掻く」のではなく「温泉水スプレーをシュッと吹きかける」という行動に置き換えるよう患者さんに提案するのです。これは使えそうです。
具体的には次の通りです。
このアプローチにより、物理的な皮膚保護だけでなく、掻き壊し防止という心理・行動面のケアにも機能します。ステロイドや免疫抑制薬では対応できない「行動面のアプローチ」として、医療従事者が提案できる付加価値です。
温泉水スプレーを「患者さんの手元に置かせるアイテム」として指導に取り込む視点は、患者さんの自己管理を高める上でも有用です。特に夜間のかゆみが強い小児AD患者の親御さんに対して、「掻いてしまう前にスプレーしてあげてください」という指導は、非常に実践的な提案になります。
なお、温泉水スプレーを選ぶ際は、源泉100%かつ無添加・低刺激のものを選ぶことが基本条件です。防腐剤やアルコールが添加されていない製品は、ADの敏感な肌に適しています。代表的なものとしては、アベンヌウォーター(南仏アベンヌ村・弱酸性)、南紀白浜温泉水スプレー(炭酸水素塩泉)、豊富温泉由来製品(含油成分)などがあります。それぞれ刺激の強さと保湿力が異なるため、患者さんの症状ステージに合わせて提案することが望まれます。
細野クリニック:かゆみ対策と行動面のアプローチ(掻き壊し防止・クールダウン法の実践的解説)

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