タクロリムスを選んでいる患者の顔に、あなたはモイゼルトを使わず損をしているかもしれません。
PDE4(ホスホジエステラーゼ4)は、細胞内のセカンドメッセンジャーであるcAMP(サイクリックAMP)を分解する酵素です。アトピー性皮膚炎(AD)の患者では末梢血白血球のPDE4様活性が亢進し、結果として細胞内cAMP濃度が低下していることが報告されています。
cAMPが低い状態では何が起きるのでしょうか?炎症細胞が過剰に活性化され、TNF-α・IL-4・IL-13・IL-31などの炎症性サイトカインが大量に産生されます。これがアトピー性皮膚炎における皮膚炎症・掻痒・バリア機能障害の悪化サイクルを支えています。
ジファミラスト(モイゼルト軟膏)はPDE4、特にPDE4Bを選択的に阻害します。これにより炎症細胞および上皮細胞内のcAMP濃度が上昇し、種々のサイトカインおよびケモカインの産生が制御されます。つまりcAMPを上げることが基本です。ステロイド外用薬・タクロリムス(カルシニューリン阻害薬)・デルゴシチニブ(JAK阻害薬)のいずれとも異なる作用点を持つため、これらが効果不十分な場合や副作用が懸念される部位への選択として有力な候補となります。
2023年、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)の研究グループは、ジファミラストの標的細胞の一つとして「好塩基球」が存在することを世界で初めて明らかにしました。好塩基球は血中白血球の約0.5%しか存在しない希少な免疫細胞ですが、IgE刺激などによってIL-4を多量に産生し、アレルギー炎症に強く関与することがわかっています。ジファミラストはこの好塩基球からのIL-4産生を阻害することで、マウスのアトピー性皮膚炎症状を改善することが示されました。意外ですね。これは従来から想定されていたTリンパ球などへの作用に加え、新たな抗炎症経路が存在することを示唆する重要な知見です。
好塩基球を介した経路が臨床的にどの程度貢献しているかは今後の研究課題ですが、IL-4を標的とする既存の生物学的製剤(デュピルマブなど)との機序面での接点も理論的に議論され始めています。
参考:東京医科歯科大学プレスリリース「希少な免疫細胞の好塩基球がアトピー性皮膚炎治療薬の標的細胞であると判明」(2023年10月13日)
https://www.tmd.ac.jp/press-release/20231013-1/
アトピー性皮膚炎の非ステロイド系外用薬は現在大きく3種類に分類されます。カルシニューリン阻害薬(タクロリムス:プロトピック軟膏)、JAK阻害薬(デルゴシチニブ:コレクチム軟膏)、そしてPDE4阻害薬(ジファミラスト:モイゼルト軟膏)です。それぞれの違いを正確に把握しておくことが処方選択の鍵になります。
まず適応年齢の差が大きなポイントです。タクロリムスは0.1%製剤が16歳以上、0.03%製剤が2歳以上。デルゴシチニブは0.5%製剤が16歳以上、0.25%製剤が生後6ヶ月以上。ジファミラストは1%製剤が16歳以上、0.3%製剤が生後3ヶ月以上から使用できます。これは3剤のなかで最も低月齢から使用可能な製剤という点で臨床上の大きなアドバンテージです。
次に1回塗布量の制限に関して大きな違いがあります。タクロリムス(プロトピック0.1%)は成人で1回5gまでという上限が設定されています。デルゴシチニブ(コレクチム)も体表面積の30%以内という使用制限があります。一方、ジファミラストには1回塗布量の上限が設けられていません。皮疹の面積0.1m²あたり1gを目安とするものの、広範囲に皮疹がある患者にも制限なく使用できる点は、他剤にはない特徴です。
| タクロリムス(プロトピック) | デルゴシチニブ(コレクチム) | ジファミラスト(モイゼルト) | |
|---|---|---|---|
| <strong>作用機序 | カルシニューリン阻害 | JAK阻害 | PDE4阻害 |
| 最低使用年齢 | 2歳以上(0.03%) | 生後6ヶ月以上(0.25%) | 生後3ヶ月以上(0.3%) |
| 塗布量上限(成人) | 5gまで/回 | 体表面積30%まで | なし |
| 発売年 | 1999年 | 2020年(0.5%)、2021年(0.25%) | 2022年6月 |
| 使用回数 | 1日1〜2回 | 1日2回 |
タクロリムスは使用開始直後にほてりや灼熱感が出やすく、患者のアドヒアランスを下げる一因になりやすい場面があります。ジファミラストはそうした局所刺激感が少ないとされており、顔や眼瞼などの繊細な部位への使用でも許容されやすいという臨床的な評価が医師の間に広まっています。これは使えそうです。顔面のアトピーで長期のステロイドを継続している症例への切り替えを検討する際、ジファミラストは有力な選択肢になり得ます。
参考:一般社団法人日本皮膚科学会「ジファミラスト軟膏(モイゼルトⓇ軟膏0.3%・1%)安全使用マニュアル」
https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/difamilast_manual.pdf
ジファミラストの安全性を裏付けるデータとして、52週間の長期使用試験の結果は重要です。成人および小児(2歳以上)を対象とした国内の臨床試験において、52週間塗布を継続した結果、重篤な副作用は報告されませんでした。これが条件です。アトピー性皮膚炎の治療は長期にわたって継続されることを前提とした管理が求められるため、長期安全性が担保されていることは処方選択における重要な根拠となります。
副作用として0.5%以上の頻度で確認されたものは、適用部位の色素沈着障害(1.1%)・毛包炎(0.5%)・そう痒症などです。いずれも局所性のものであり、全身性副作用の報告は少なく抑えられています。皮膚萎縮・毛細血管拡張・酒さ様皮膚炎といったステロイドで懸念されるような長期副作用は報告されていません。
2024年には、生後3〜24ヶ月の日本人乳児41名を対象とした第3相臨床試験の中間報告が公開されました。0.3%製剤を1日2回塗布した結果、EASI75(湿疹面積・重症度スコアが75%以上改善)の達成率は1週目で47.5%、4週目では82.9%に達しました。4週間で約8割の乳児が症状の75%以上を改善したというのは、臨床的にかなり印象的な数字です。中間報告時点でも78.1%と高い水準を維持しており、有効性と忍容性の両面が確認されています。
副作用として報告されたのは主に鼻咽頭炎(70.7%)・胃腸炎(22.0%)でしたが、これらは薬剤との関連は認められず、投与中止に至った事例もありませんでした。乳幼児のアトピー治療においてアレルギーマーチ(アトピー→食物アレルギー→喘息→アレルギー性鼻炎という進展)を予防する観点からも、生後早期の適切な皮膚炎コントロールが重要とされており、生後3ヶ月から使用できるジファミラストはその視点でも注目に値します。
参考:小児アレルギー科医・ほむほむ先生のブログ「生後3ヶ月以上の乳児のアトピー性皮膚炎に対するジファミラスト軟膏の治療効果:第3相臨床試験の中間報告」(2024年11月10日)
https://pediatric-allergy.com/2024/11/10/difamilast-5/
ジファミラストの効能効果はアトピー性皮膚炎に限定されています。他の皮膚疾患における有効性・安全性は検討されていないため、アトピー性皮膚炎の診断が確定した患者にのみ使用するのが原則です。
重症度の観点では、ジファミラストは主に軽症〜中等症のアトピー性皮膚炎に位置づけられます。急性増悪期にステロイドで炎症をしっかり抑えたのち、寛解維持を目的としてジファミラストに切り替えるか、あるいはプロアクティブ療法に組み込む使い方が想定されます。
以下のような患者には、特に積極的な使用が検討されやすいです。
成人(15歳以上)には1%製剤を使用し、治療開始4週間以内に改善が認められない場合は使用を中止します。小児には0.3%製剤を基本とし、症状に応じて1%製剤を使用できますが、症状が改善した場合は0.3%製剤への変更を検討することとされています。
症状が改善した場合は継続の必要性を検討することが原則です。漫然と長期使用し続けることは推奨されていません。ただし、アトピー性皮膚炎はそもそも寛解・増悪を繰り返す慢性疾患であるため、症状の再燃を見ながら個々の患者に合った使用スケジュールを設計することが重要です。
妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与は、原則として望ましくないとされています。動物実験では胎盤を通過すること・乳汁への移行が確認されており、ヒトでのデータが不十分であるためです。妊娠可能な女性には投与中および投与終了後一定期間(目安として約2週間)は適切な避妊を指導する必要があります。
参考:PMDA「ジファミラストの特定の背景を有する患者に関する注意等」
https://www.pmda.go.jp/files/000265613.pdf
ジファミラストが持つ大きな特徴の一つは、その分子量の小ささです。約446という分子量はタクロリムス(分子量約822)と比べて著しく小さく、皮膚からの吸収が起こりやすいことを意味します。これは安全性を考える上で見過ごされがちな点です。
日本人健康成人男性を対象とした第I相臨床試験では、1%製剤を背部1,000cm²に1日2回・2週間反復塗布した際の血中最高濃度(Cmax)は0.795±0.208 ng/mLと報告されています。通常の用法・用量の範囲では全身性副作用のリスクは低いとされていますが、びらん面への塗布・密封療法・亜鉛華軟膏を用いたリント布貼付などによって経皮吸収が増加する可能性があります。こうした使い方は行わないことが安全使用マニュアルにも明記されています。
また、PDE4を阻害することは免疫細胞の活性化を抑制することでもあるため、皮膚感染症が発生しやすくなる可能性が想定されます。皮膚感染症を伴う患者に対しては感染部位を避けて使用することが原則で、やむを得ず使用する場合には適切な抗菌剤・抗ウイルス剤・抗真菌剤による治療を先行させるか、これらと併用することとされています。カポジ水痘様発疹症・伝染性膿痂疹・白癬・疥癬などの合併が疑われる場合は特に注意が必要です。感染症に注意すれば大丈夫です。
皮膚リンパ腫などの悪性腫瘍との鑑別も重要です。アトピー性皮膚炎に類似した皮疹を呈する疾患は多く、ネザートン症候群や魚鱗癬症候群などでは皮膚バリア機能が著しく低下しているため経皮吸収が増加し、全身性副作用のリスクが高まります。これらの疾患を除外した上でアトピー性皮膚炎の診断を正確に確定してから使用することが、安全使用マニュアル(日本皮膚科学会)の核心的な要点です。
また光線療法との同一部位での併用については、現時点でデータがなく安全性が不明であるため避けることが推奨されています。一方、生物学的製剤(デュピルマブ等)や経口JAK阻害薬との併用についても使用経験が乏しく、免疫抑制作用が強く出る可能性が否定できないため慎重な判断が求められます。
これらは処方時に患者に伝えるだけでなく、カルテへの記録・問診票での確認という形で医療機関として組織的に対応することが、医療安全上の観点から求められます。皮膚感染症・妊婦・経皮吸収の増加につながる使い方の3点は必須の確認事項です。
参考:大塚製薬 医療関係者向けサイト「モイゼルト軟膏 適正使用について(RMPm)」
https://www.pmda.go.jp/RMP/www/180078/74be8050-bc08-48a3-88dc-7aea9f261d11/180078_26997A3M1024_02_002RMPm.pdf